鬼に成る者

なぁ恋

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継鬼

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空を流れる雲の狭間から見える太陽。

春。
太陽は暖かく人々を照らす。

だが、それも夏の熱過ぎる太陽の時は、太陽熱を雲のカーテンが優しく暖かな温もりに変える。
そして、
吹く風は暑さに耐えられる様、雲を冷やし、
雲もまた、暑くなり過ぎた地上を潤す涙を流す。

秋。
風は冷たくなり始め、
太陽熱は程よく地上を照らし出す。

冬。
雲は冷たい空気を蓄え、太陽は、それを溶かす様に雲を照らし、雪を降らす。



どんなものにも“思いやり”が伴い、
そこには“優しさ”が生れる。
 



継鬼~つぐおに~


***



 
ばぁちゃんの家の縁側でぼーっと考える。

あの時、まほろばと一体に成った感覚。

頬杖付いて、空を見上げる。
あの空を飛んで、“過去”から“現在”を視た。


暖かい風が体をくすぐって通る。
ボクには風を操る能力と、魂を統べる能力がある。

すべてが“前世”から“今世”へ漂う内に魂が身に付けた事。


手を翳し、太陽を見る。
太陽の陽射しで透けて見える手の血管。
暖かい陽の光が体を包み、気持ち良い。
でも、
まほろばの温かさの方が優しくて好きだ。

もうすぐ夏が来る。


「ライ」

愛しい人がボクを呼び、頭上から顔を覗かせる。

「まほろば」

まほろばの表情に何か違和感を感じて、立ち上がる。

「お腹が、空いたらしいんだ」

「え? じゃあすぐに―――」
 
ボクの“血”を。
    
「いや。んだ」

まほろばの表情が崩れる。
言っている意味が判って驚いた。

文字通り、お腹が空いてるんだ!

「待ってて! 何か作るから!」

何が良いかな?
久し振りの食べ物。胃が驚かない様にお粥にしよう!

考えながら台所に立つ。

お米を研いで、土鍋に入れる。火を点けて……知らぬ間に流してた涙が手の甲に落ちて、泣いている事に気付いた。

「ふぅ……」

気付いたら声がもれた。涙が止まらない。

まほろばが、“食事”をする。
ボクの血じゃなくて、“食べ物”を。

「どうした?」

いつの間にか側に来ていたまほろばが、そっと、本当にそっとボクを包み込む。

「……嬉しく……て」

まるで“前世の罪”から開放された様な、そんな気持ちで喜びにココロが締め付けられた。
 
 
コトコト土鍋の蓋が音を立て始めた。

ボクはただ黙って、まほろばの胸に顔を埋めて声を殺して涙する。

まほろばは優しく背中を擦ってくれて……。

クゥ。

何だろう?
まほろばから聞えた音。

「お腹が鳴った」

無表情に言うまほろばがおかしくて、思わず笑う。

「ふふ」

そして今度は泣き笑い。

コトコト蓋の音に、湯気立つ土鍋。

「―――はぁ……。もう、良いかな」

泣いて目はしょぼしょぼするし、鼻の奥はツーンとなってた。

それでも、火を止めて、冷蔵庫から出した梅干しを乗せて、土鍋をテーブルに置いた。

まほろばはイスに座り、大人しく待っていた。

「さあ、どうぞ」

ボクの言葉に、生真面目に手を合わせて頭を下げたまほろばが、

「いただきます」

と言って、レンゲを手に持った。

そうしていきなり口に運ぶ。

驚いた。
熱いんじゃないかと。案の定、無言でコップを手に取り水を一気に飲み干した。

「食べ物の熱さを、忘れていた」

まほろばは、そう言って笑った。





ボク達の時間が動き出した瞬間。

どこか現実離れしていたボク達の関係が、しっかりと固まって、“まほろばとライ”の、留まったままでいた時間が動き出した。

そんな気がした。


「ねぇ。まほろば?」

「ん?」

「もうすぐ夏だね」

開けたままの縁側へ続くガラス窓から風が吹き抜ける。

「今度、風鈴を買おうかな」

ボクの言葉に頷きながら、まほろばはお粥を平らげていた。

「ごちそうさま」

「おそまつ様でした」

一緒に食卓を囲む喜び。
ボクは、溢れ出る笑みを止める事が出来なかった。
 
 
それからはゆるやかに月日が流れた。

ばぁちゃんの家で生活を始め、バイトもみつけて、倍になった食費は嬉しいばかりで。

チリーンと、涼やかな風鈴の音が家中を癒していた。
この地に帰郷して、二度目の夏が訪れたある日、連絡が来た。


「どうしたの?」

受話器の向こうで元気が溜め息を吐く。

『すまない。まほろばとこっちに来てくれないか?』

切羽詰まった感に只事ではないと判る。

「何があったの?」

『生まれないんだ。樹利亜の、赤ちゃんがさ』

あれからだから。
赤ちゃんは十月十日とつきとおかで生まれて来るのが常識だよね?

「それって?! 一年過ぎてる??」

『うん。お腹もかなり大きくてさ。
えと。鬼の子だから病院にも行けなくて。
俺が受診してたんだけど……』

「うん」

『異常はないんだ。
だけど、樹利亜が不安がってさ……。
だからさ、申し訳ないんだけど、まほろばと来てくんないかな?』

そう言われては断る事なんて出来ない。
断るなんて絶対しないけど。
二つ返事で承諾し、その日の夜に市松家に向かった。全速力で。







夜が白々と明けて来た頃、懐かしい市松の家の前に居た。

「一年。もうそんなに経つんだね」

その家は変わらずそこに在り、温かい気持ちになった。

ボクの家は、ばぁちゃんが護ってる。

この家は市松の祖先が守護しているのが、今ならはっきりと感じられた。

と言うか、家全体がざわついていた。

「これは……まほろば。急いで入ろう!」

このざわつき様は、生れるんじゃないかな?

まほろばと急いでその門をくぐった。
 
 
「あぁああ!!」

玄関を開けると、甲高い叫び声が響いて来た。

「樹利亜?!」

「産気づいてるな」

まほろばが素早く声の聞こえた方へと走る。

そこは、市松祖父の和室。

布団の上で、大きなお腹をした樹利亜が横たわり、叫んでいた。

「まほろば! 良かった」

おろおろとした元気が樹利亜の右手を握って顔面蒼白になっていた。

「おぉ。二人共ありがたい」

左手を握った龍太郎さんが見るからにホッとしてこちらを見ていた。

「んっ……あぁ―――!!」

額に玉の様な汗を吹き出しながら辛そうに叫ぶ樹利亜。

思わず側に寄り、声をかけた。

「樹利亜?! 大丈夫??」

樹利亜はうっすらと目を開けてボクを見た。
そして唸る様に吐き捨てた。

「大丈夫……な訳ないでしょ! 心配するなら……変わってよ!!」

言いながら、また高い悲鳴を上げた。
同時に両手を強く握り、元気と龍太郎さんがその握力の強さに顔をしかめる。

「樹利亜」

まほろばが名前を呼んで、大きく蠢くお腹に手を置いた。

「赤子も頑張っている。もう少しで誕生するだろう」

まほろばの静かな喋りに、唇を震わせた樹利亜が頷いた。

「そうね。この子も、頑張ってるのよね……」

また、顔を歪める。

「でも……もう。限界よぉ!」

苦しげに息を荒げる樹利亜が涙を流す。

「何時から産気づいている?」

「俺が電話した後くらいからかな」

元気の答えにまほろばが、

「大丈夫だ」

安心させる様に頷いて見せて、お腹を下へ下へと優しく撫で続けた。

「もう! まだ悪鬼と戦ってる時の方が楽だわっ! くっ」

荒い息で捲し立てた言葉にそこに居た誰もが思わず笑ってしまった。
 

 
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