鬼に成る者

なぁ恋

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画伯鬼

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*ライside*

幸い父の家は隣近所と離れた山手に在ったので、他者に被害は及ばず、火の上がった家を見た近所の人が消防車を呼んで居た。

全壊した家はどうする事も出来ず、それから半日は諸々の用事に追われた。

臣咲と母親は身体に異常はなかったが、大事をとって入院。
現在、夜も更けた時間。

病院に程近いホテルに宿をとっていた。

そして、話さなければならない事があると、父さんが目の前に座って居る。

まほろばは静かに腕を組んで、窓辺にたたずんでボクを見守ってくれて居た。


「母さんは、不思議な能力があって、それを仕事にして居た」

頷いて、先を促す。

「私は残念ながらそれを受け継がなかったが、母さんの仕事を誇りに思っていた。
親子関係も良好だった。

ただ、母さんがずっと言っていた事があって、物心付いた頃からだったと記憶している。

“こうしてまた生を受ける事が出来たのは、鬼様のお陰。お前が再び息子として生まれて来た事も定めだと感じて居る”

意味は判らなかった。

母さんは鬼神山に帰依して居て、そこの鬼神に恩を返さなければならない。と、祈りの様に繰り返し呟いて、その時の神懸かった姿が忘れられない」

鬼神とは、まほろばの事だろう。
昔から“鬼神”についての口伝は伝わっていたからばぁちゃんが知っていても不思議じゃない。

ばぁちゃんの言葉から、父さんとの関係は輪廻の話だと解る。
けど、まほろばに“恩”って何だろう?

「母さんはずっと探して居ると言ってた。
何を? と訊くと、恩人であるその人。と小さく笑うだけ」

父さんは、深く息を吸う。

「母さんの事は信じてたし、無条件で受け入れてた」

けど、と、父さんは哀しい顔をした。
 
 
「奈美とは二年付き合って居た。それは母さんも知って居たのに……。
ある日いきなり、お前の母親、優子ゆうこを連れて来た。
そして“お前達は結婚し子を成せ”そう言った」

父の告白は衝撃的で信じ難く、息が止まったみたいに苦しくなった。
告白は続く。

「そんな気はなかったから断るつもりだったのに、いつの間にか……まるで操られた様にそうなっていたんだ。
自分が信じられなかった。奈美には、母が断りをいれたと涼しい顔で言われ、この時程、母を憎く思い、恐ろしいと感じた事はなかった。

もう、母さんを信じられなかった」

父さんは辛そうに眉根を寄せ、ソファに座り直すと顔を両手で覆う。

「その時に、奈美は流産したと、後になって知ったんだ」

「たくみ」

「そうだな。可哀想な息子。たくみ」

ふう。と息を吐く。
父は一言一言を噛み締める様に、慎重に話していた。

「お前はそうして生まれたんだ。
私は優子の事を何も知らないまま、彼女も私の事を知る事もなく、それでも、出来た命に罪は無いからと、努力した。
家族になろうと頑張ったが、無理だった。

三人で居るとおかしくなりそうで、何で一緒に居るのか解らなくなって、限界が来た時、お前を母さんに返せば良いんだと答えが出た。
それを母さんに伝えた時、やっと楽になった。
開放されたみたいに、優子と別れる事が出来たんだ」

それは、言霊の力。
ばぁちゃんはそれだけ強い霊力を持って居たんだ。

何で?
ばぁちゃんは何でそんな事を……。

「母さんとはお前が出来てから、せめてもの反抗で、会う事をしなかった。
だがな“礼”と言う名は決まっていたし、まるでお前は母さんが造った様な気がして……お前は、冷めて居る私達夫婦を見て居たからか、喜怒哀楽が乏しい子どもだった。愛して居ない訳ではなかったが、何を考えてるか解らないお前が、気味が悪くて―――」
 
 
“気味が悪い”キツい言葉だ。
でも、正直な気持ちなのだと分かる。

互いに初対面で子どもを作れと言霊で操った祖母。
それは、父さんと母さんにしてみれば、人生を左右する出来事で、ボクに会いたくなかったのも頷ける。

愛の無い二人からしたらはじめから、“いらない子”だったんだ。
夏木 礼と言う人間は。

「礼……すまない」

父さんの謝罪の言葉に我に返る。
父さんのすまなそうな顔。

隣りにまほろばが来ていて、そっと頬を擦られた。
それではじめて涙を流してる事に気付いた。

哀しい訳じゃない。
本当にそんな気持ちは現れてない。
なのに何で涙が流れるのか解らない。

耐えられなくて、隣りに座ったまほろばの胸に顔を埋める。
理解出来ないまま流れる涙。

訊けるなら、ばぁちゃんに事の真相を尋ねたい。

確かに愛されてた。
ばぁちゃんにはボクへの愛が溢れてた。

幼い礼にはそれが救いだった。
それが全てだった。

ねぇ、ばぁちゃん。
ボクをどうして造ったの?

「俺と再会する為に生まれて来たんだ」

まほろばがボクを抱き締めて頭上から声が落ちて来る。
 
。俺は、お前と言う魂を愛している」
    
ボクの中のが泣いて居た。

感情を表に出す事が下手だった礼は、どんな時も泣かなかった。
否、泣けなかったんだ。

哀しい時は泣いても良いんだと、最初に教えてくれたのはばぁちゃん。
ばぁちゃんが死んだ時、哀しくて泣いた。

まほろばと過ごして、凍ったココロは溶けて、愛を知った。

愛し、愛される喜びを知った。
 
 
*まほろばside*

俺にすがり付いて泣くライは、“人間の礼”。
父親と再会し話す内に、現在と幼い昔の記憶が混濁し、動揺して泣きじゃくる幼い礼だ。

あやす様に背中を撫でる。

父親の落ち着かない様子に俺の背後に現れたモノに気付く。


「礼を愛して居るならば、理由を述べよ」

家の守護者。
礼の祖母。

『鬼神様。申し訳ございません』

丁寧に膝を着いて土下座する老女。

「母……さん?」

息子が信じられないといった顔をして、母親を見る。

能力を受け継がなかった。と、しきりに言って居たが、“視る瞳”は持っていた。
だから、息子が家に訪ねて来た時、守護者は姿を隠したのか。


「ばぁちゃん……?」

俺の肩越しから体を伸ばし後ろを覗き見た礼の声が震える。

『礼。悲しませてしまったね』

瞬時に側に寄った老女は礼の頬を流れる涙を擦り謝罪する。

「母さん!」

息子の呼び掛けにそちらを見ると、

『久し振りだの。朗之さえの

そうして、息子と礼の間の机の上に座する。

『不作法をお許し下さい』

と、頭を下げる。

「ばぁちゃん……」

礼が、目を零れ落ちそうな程見開いて、恋しがっていた相手を見る。
       
『はいよ。礼……本来の姿を取り戻したのだな』

その惑わない言い方に、知らない筈なのに、知っている気がした。

「ボクの事を知ってたの?」

老女はただほほ笑み、

『貴方様に助けられた者です』

そう言うと、魂が輝き、その形が変化する。
 
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