鬼に成る者

なぁ恋

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画伯鬼

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臣咲はそのまま膝を着いて頭を抱えて唸る。

「痛い……。また、嫌だ……描か、なきゃ」

「判った。判ったよ。部屋へ行こう」

父さんが肩を抱き、臣咲の部屋へ連れて行く。
後に着いて、開かれたドアから見えた室内に、大きな絵画。
等身大の女性の絵。

「彼女は?」

「母……さん」

臣咲が荒い息の下、答えてくれた。

その絵は生々しく、まるで生きて居るみたいで……。

―――助けて……!

女性の声。
絵が、そう叫んだ。

「「ダメだよ。逃さない。母さんは僕のもの」」
臣咲が小声でつぶやいた。

うなだれた頭が揺れて、見えない顔が笑って居る。

「臣咲?」

つぶやきの聞こえなかった父さんが首を傾げる。

「絵を……描かなきゃ」

「あぁ。好きなだけ描くといい。
お前は天才だ」

女性の絵を仰ぎ見て溜め息を吐く父さんから、臣咲への誇らしさと愛情を感じて、胸がちくりとした。

そんな事思ってる場合じゃ無いのに。


―――助けて!


そう。そんな場合じゃない。

「臣咲!」

ボクを返り見た弟の、長い前髪から覗く眼が。左側の眼が赤く光って居た。

「「今度は、兄さんを描こうかな」」

部屋から風が吹いて、臣咲を巻き取り吸い込む様に室内へ。

ドアの締まる音で現実に戻る。

「何だ?」

さすがにおかしいと気付いた父さんがドアを見る。

固く閉じたドアは静寂に包まれて居た。

「父さん。あの絵は、いつ出来上がったの?」

「絵? あれは、奈美なみが居なくなった日……かな」

それは答えだ。

あの絵は、臣咲の母親。
 
そして、赤い片目は、
に、朱色の鬼が居る証。
 
“鬼”に呼ばれるのは、もう宿命かもしれない。

或いは天命。

「父さん。信じられないかもしれないけど。
臣咲は“鬼”に憑かれてる」

こんな事、受け入れられる人はそう多くはない。ましてやボクの父さんは?

「鬼、鬼?」

父さんが繰り返す。

「お前は、母さんの能力を受け継いだのか?」

「ばぁちゃん?」

「そうだ。母さんは、霊媒師で除霊を生業としていた」

それは、初耳だ。

「そんな事してたなんて知らないよ」

父さんは何度も頷いて、

「私はその能力は受け継がなかったが、臣咲も霊媒体質なんだろう。
だから、原因不明の頭痛が……」

何やら考えて、口を開く。

「これで合点がいく。
礼は除霊が出来るのか?」

「否定しないの?」

拍子抜けするくらい納得している父さんを見て肩から力が抜ける。

「母さんが仕事をしている時の事を覚えている。あれは、嘘偽りの無い事実だった」

自信に満ちた言い方。

「なら。良いね」

どこか遠慮していた自分に気付いて居た。

恐れられるか、嫌われるのか。

父さんに鬼の姿を見せるのを怖がって居た。
でも、霊的な事に慣れて居て、納得していると言うなら迷うまい。

まほろばも同時にかいして角を見せる。

ドアの向こうはどうなって居るのか?

それだけを意識して。

「礼?!」
さすがに驚いた父さんの疑問の掛かった呼び声に、答える。

「ボクは前世が鬼で。
現世でまた鬼に成ったんだ」

父さんに―――嫌われたくない―――。
不思議とそんな切ない思いが沸き上がった。
 
でも、それを呑み込んで、ドアの向こう側を探る為、意識を集中させる。 
 
 
***

*臣咲side*


青い髪の優しい感じの兄。
会いたくて、会いたくて。

手が、震える。

「「描くんだ。早く。そうしないと……」」

僕の内で蠢くモノが、うそぶく。

震える手で筆を取る。
目の前に立て掛けてある母さんの絵。
何故だかここに母の存在を感じる。

あぁ、また聞こえる。

「「描け! お前の大切なモノは全て頂く!」」

この声は、いつから聞こえてたのか、最初は囁き程度の小さな声で、
いつの間にか頭全体にいつも響く声になった。


酷い頭痛で頭が割れそうになる。

筆を取るとそれが和らいだ。
絵を描くともっと楽になる。


最初は風景。
次に置物。

そして小さな動物。
ここから変わる。

描いて完成した時、ふっとそのモデルが消えた。

そして、描いた絵が信じられないくらい生き生きとして、リアルで立体感があって……描かずにはいられなかった。

夢中になった。


カラス。
猫。
犬。

段々と大きくなるモデル。

ダメだと思った。
ダメなのに!

母さんを描いた。

母さんはとても喜んでモデルになってくれた。
椅子に貴婦人みたいに澄して座る。

「これでどう?」

「綺麗に描いてね」

母さんの声は弾んでた。
手が動く。
すべらかに、自分の意思と、別の何かの。


筆の流れる音が室内に響くのと同時に、
頭の声が段々と大きくなる。


「「お前は、俺の全てを奪った!」」

頭の声は僕を責める。

判らない。
解らない。


僕の目が見て居る母さん。
とても大好きで、素敵な母さん。

なのに、憎しみに似た独占欲がココロの底から沸き上がる。

これは、誰の感情?

「「俺は俺を取り戻す。“臣咲”は俺の名前だ!」」
 
 


*ライside*


ドアは異世界へと続く境界線の様なもの。

臣咲の事を考えながら、室内を視聴する。

視えたのは、幾つもの個体。
聴こえるのは、幾つもの息遣い。

苦しみに満ちた空気と、憎しみに渦巻く強い感情。

そして、中心に居るのは、臣咲。
臣咲の姿は不自然にダブって見える。

ドアに手を差し出すと、ピリピリと電気を帯びていて、何者をも寄せ付けない意思を感じられた。
でも、指をくわえて見て居る訳にもいかない。

「まほろば。ドアを破ろう」

まほろばが頷いて、蹴破る。

割れたドアから見える臣咲の後ろ姿。筆をひたすら動かして、描いて居る。

よくよく見ると、等身大の、ボクの姿。
ボクを描くと言って居た。それは僅か五分くらい前の事。
絵はほぼ出来上がっていた。

「「兄さん。兄さん。臣咲は貴方をもっと知りたいと思ってるみたいだ」」

滲んだ声色。こちらをちらりと見た片目の赤い色。
間違いなく、朱色の鬼の証。

「「だから、知る為にも、貴方を描き捕る」」

言って、紙に大振りに筆を落とす。

「「完成」」

ニヤリと笑うと、絵をこちらに向けた。

見事な絵だ。
写真の様にリアルな、モノクロの作品。

「「……何?」」

頭を傾げる臣咲に訊く。

「お前は誰?」

「「お前こそ。何者だ?! 絵に封じる事が出来ないなんて!」」

動揺の隠せない声色。

「鬼。だよ」

確信する。
臣咲は、絵に人の存在そのものを塗り込める事が出来る能力を有している。

ボクを描いても、ボクの姿は一つじゃないから捕える事等出来ない。

もう一度訊く。
『お前は、誰?』
言霊を込めた言葉で。
 
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