195 / 210
画伯鬼
2
しおりを挟む臣咲はそのまま膝を着いて頭を抱えて唸る。
「痛い……。また、嫌だ……描か、なきゃ」
「判った。判ったよ。部屋へ行こう」
父さんが肩を抱き、臣咲の部屋へ連れて行く。
後に着いて、開かれたドアから見えた室内に、大きな絵画。
等身大の女性の絵。
「彼女は?」
「母……さん」
臣咲が荒い息の下、答えてくれた。
その絵は生々しく、まるで生きて居るみたいで……。
―――助けて……!
女性の声。
絵が、そう叫んだ。
「「ダメだよ。逃さない。母さんは僕のもの」」
臣咲が小声でつぶやいた。
うなだれた頭が揺れて、見えない顔が笑って居る。
「臣咲?」
つぶやきの聞こえなかった父さんが首を傾げる。
「絵を……描かなきゃ」
「あぁ。好きなだけ描くといい。
お前は天才だ」
女性の絵を仰ぎ見て溜め息を吐く父さんから、臣咲への誇らしさと愛情を感じて、胸がちくりとした。
そんな事思ってる場合じゃ無いのに。
―――助けて!
そう。そんな場合じゃない。
「臣咲!」
ボクを返り見た弟の、長い前髪から覗く眼が。左側の眼が赤く光って居た。
「「今度は、兄さんを描こうかな」」
部屋から風が吹いて、臣咲を巻き取り吸い込む様に室内へ。
ドアの締まる音で現実に戻る。
「何だ?」
さすがにおかしいと気付いた父さんがドアを見る。
固く閉じたドアは静寂に包まれて居た。
「父さん。あの絵は、いつ出来上がったの?」
「絵? あれは、奈美が居なくなった日……かな」
それは答えだ。
あの絵は、臣咲の母親。
そして、赤い片目は、
臣咲の中に、朱色の鬼が居る証。
“鬼”に呼ばれるのは、もう宿命かもしれない。
或いは天命。
「父さん。信じられないかもしれないけど。
臣咲は“鬼”に憑かれてる」
こんな事、受け入れられる人はそう多くはない。ましてやボクの父さんは?
「鬼、鬼?」
父さんが繰り返す。
「お前は、母さんの能力を受け継いだのか?」
「ばぁちゃん?」
「そうだ。母さんは、霊媒師で除霊を生業としていた」
それは、初耳だ。
「そんな事してたなんて知らないよ」
父さんは何度も頷いて、
「私はその能力は受け継がなかったが、臣咲も霊媒体質なんだろう。
だから、原因不明の頭痛が……」
何やら考えて、口を開く。
「これで合点がいく。
礼は除霊が出来るのか?」
「否定しないの?」
拍子抜けするくらい納得している父さんを見て肩から力が抜ける。
「母さんが仕事をしている時の事を覚えている。あれは、嘘偽りの無い事実だった」
自信に満ちた言い方。
「なら。良いね」
どこか遠慮していた自分に気付いて居た。
恐れられるか、嫌われるのか。
父さんに鬼の姿を見せるのを怖がって居た。
でも、霊的な事に慣れて居て、納得していると言うなら迷うまい。
まほろばも同時に解して角を見せる。
ドアの向こうはどうなって居るのか?
それだけを意識して。
「礼?!」
さすがに驚いた父さんの疑問の掛かった呼び声に、答える。
「ボクは前世が鬼で。
現世でまた鬼に成ったんだ」
父さんに―――嫌われたくない―――。
不思議とそんな切ない思いが沸き上がった。
でも、それを呑み込んで、ドアの向こう側を探る為、意識を集中させる。
***
*臣咲side*
青い髪の優しい感じの兄。
会いたくて、会いたくて。
手が、震える。
「「描くんだ。早く。そうしないと……」」
僕の内で蠢くモノが、うそぶく。
震える手で筆を取る。
目の前に立て掛けてある母さんの絵。
何故だかここに母の存在を感じる。
あぁ、また聞こえる。
「「描け! お前の大切なモノは全て頂く!」」
この声は、いつから聞こえてたのか、最初は囁き程度の小さな声で、
いつの間にか頭全体にいつも響く声になった。
酷い頭痛で頭が割れそうになる。
筆を取るとそれが和らいだ。
絵を描くともっと楽になる。
最初は風景。
次に置物。
そして小さな動物。
ここから変わる。
描いて完成した時、ふっとそのモデルが消えた。
そして、描いた絵が信じられないくらい生き生きとして、リアルで立体感があって……描かずにはいられなかった。
夢中になった。
カラス。
猫。
犬。
段々と大きくなるモデル。
ダメだと思った。
ダメなのに!
母さんを描いた。
母さんはとても喜んでモデルになってくれた。
椅子に貴婦人みたいに澄して座る。
「これでどう?」
「綺麗に描いてね」
母さんの声は弾んでた。
手が動く。
すべらかに、自分の意思と、別の何かの。
筆の流れる音が室内に響くのと同時に、
頭の声が段々と大きくなる。
「「お前は、俺の全てを奪った!」」
頭の声は僕を責める。
判らない。
解らない。
僕の目が見て居る母さん。
とても大好きで、素敵な母さん。
なのに、憎しみに似た独占欲がココロの底から沸き上がる。
これは、誰の感情?
「「俺は俺を取り戻す。“臣咲”は俺の名前だ!」」
*ライside*
ドアは異世界へと続く境界線の様なもの。
臣咲の事を考えながら、室内を視聴する。
視えたのは、幾つもの個体。
聴こえるのは、幾つもの息遣い。
苦しみに満ちた空気と、憎しみに渦巻く強い感情。
そして、中心に居るのは、臣咲。
臣咲の姿は不自然にダブって見える。
ドアに手を差し出すと、ピリピリと電気を帯びていて、何者をも寄せ付けない意思を感じられた。
でも、指をくわえて見て居る訳にもいかない。
「まほろば。ドアを破ろう」
まほろばが頷いて、蹴破る。
割れたドアから見える臣咲の後ろ姿。筆をひたすら動かして、描いて居る。
よくよく見ると、等身大の、ボクの姿。
ボクを描くと言って居た。それは僅か五分くらい前の事。
絵はほぼ出来上がっていた。
「「兄さん。兄さん。臣咲は貴方をもっと知りたいと思ってるみたいだ」」
滲んだ声色。こちらをちらりと見た片目の赤い色。
間違いなく、朱色の鬼の証。
「「だから、知る為にも、貴方を描き捕る」」
言って、紙に大振りに筆を落とす。
「「完成」」
ニヤリと笑うと、絵をこちらに向けた。
見事な絵だ。
写真の様にリアルな、モノクロの作品。
「「……何?」」
頭を傾げる臣咲に訊く。
「お前は誰?」
「「お前こそ。何者だ?! 絵に封じる事が出来ないなんて!」」
動揺の隠せない声色。
「鬼。だよ」
確信する。
臣咲は、絵に人の存在そのものを塗り込める事が出来る能力を有している。
ボクを描いても、ボクの姿は一つじゃないから捕える事等出来ない。
もう一度訊く。
『お前は、誰?』
言霊を込めた言葉で。
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした
亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。
カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。
(悪役モブ♀が出てきます)
(他サイトに2021年〜掲載済)
【R18】孕まぬΩは皆の玩具【完結】
海林檎
BL
子宮はあるのに卵巣が存在しない。
発情期はあるのに妊娠ができない。
番を作ることさえ叶わない。
そんなΩとして生まれた少年の生活は
荒んだものでした。
親には疎まれ味方なんて居ない。
「子供できないとか発散にはちょうどいいじゃん」
少年達はそう言って玩具にしました。
誰も救えない
誰も救ってくれない
いっそ消えてしまった方が楽だ。
旧校舎の屋上に行った時に出会ったのは
「噂の玩具君だろ?」
陽キャの三年生でした。
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま
雫
ゆい
BL
涙が落ちる。
涙は彼に届くことはない。
彼を想うことは、これでやめよう。
何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。
僕は、その場から音を立てずに立ち去った。
僕はアシェル=オルスト。
侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。
彼には、他に愛する人がいた。
世界観は、【夜空と暁と】と同じです。
アルサス達がでます。
【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。
随時更新です。
ヘタレな師団長様は麗しの花をひっそり愛でる
野犬 猫兄
BL
本編完結しました。
お読みくださりありがとうございます!
番外編は本編よりも文字数が多くなっていたため、取り下げ中です。
番外編へ戻すか別の話でたてるか検討中。こちらで、また改めてご連絡いたします。
第9回BL小説大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございました_(._.)_
【本編】
ある男を麗しの花と呼び、ひっそりと想いを育てていた。ある時は愛しいあまり心の中で悶え、ある時は不甲斐なさに葛藤したり、愛しい男の姿を見ては明日も頑張ろうと思う、ヘタレ男の牛のような歩み寄りと天然を炸裂させる男に相手も満更でもない様子で進むほのぼの?コメディ話。
ヘタレ真面目タイプの師団長×ツンデレタイプの師団長
2022.10.28ご連絡:2022.10.30に番外編を修正するため下げさせていただきますm(_ _;)m
2022.10.30ご連絡:番外編を引き下げました。
【取り下げ中】
【番外編】は、視点が基本ルーゼウスになります。ジーク×ルーゼ
ルーゼウス・バロル7歳。剣と魔法のある世界、アンシェント王国という小さな国に住んでいた。しかし、ある時召喚という形で、日本の大学生をしていた頃の記憶を思い出してしまう。精霊の愛し子というチートな恩恵も隠していたのに『精霊司令局』という機械音声や、残念なイケメンたちに囲まれながら、アンシェント王国や、隣国のゼネラ帝国も巻き込んで一大騒動に発展していくコメディ?なお話。
※誤字脱字は気づいたらちょこちょこ修正してます。“(. .*)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる