192 / 210
幽鬼
5
しおりを挟む泣き声が響く。
幼子の母を求め泣く声。
「「虹」」
「虹ちゃん」
二人の母親が愛し子の名前を呼ぶ。
「ママ!」
幼子は「ママ」と呼んで佳乃に手を伸ばした。
意識の戻った虹は、佳乃を母と呼んだ。
それは傍から見ても判る程に虹は真っ直ぐに佳乃を求めて居た。
「虹ちゃん!」
佳乃は虹の所へ駆け出した。
自分を求める幼子をただ愛しく感じ、恐怖もその他の何もかもを一瞬忘れて、光子の横を通り抜け二階に駆け上がる。
それは紛れもなく母性の現れ。
「「何故……何故? 虹は喋れるの?
私は……私が母と、呼ばれる筈だった。
……私が……」」
赤い両眼から流れ落ちる涙。母性から戻った本来の姿は、穏やかで切ないものだった。
ろくろっ首は消えて、生前と変わらない姿で静かに泣き崩れる。
「「死んだ?
私はもう居ない?
ゴミ捨てに行って家に帰って……。何かおかしかった。何か……私を見えてないみたいに扱う孝志が、怒りが、ココロを一杯にした。
でも、虹は私を見て笑って……だから。
私は……死んだと気付かなかった。
ただ、孝志の態度が、私が居ないみたいに振る舞う姿に怒りがココロを満たした。」」
普通の人間には見えないのは仕方がない事。
幼子は、見えないものが見えてしまう事が希にある。
「「ただ、続く筈だったこの人生を……手放したくはなかった」」
その視線は、二階に居る三人を見て居た。
虹は佳乃に抱かれ泣くのを止めた。佳乃を守る様に肩を抱く先生。
「「私の、居場所だった」」
それは心底からの言葉。
*
*孝志side*
「光子。お前が死んだ気がしなくて、随分苦しんだ。
ただいまって言って帰って来そうで……」
言葉は真実になった。
「遺骨を見た時驚いた。頭蓋骨が形を残していて、そんな事有り得る筈ないのに。
だから、変わらない姿で現れた時、そうなると判ってた気がしたよ。
でも。その口から“許さない”と言われて、その形相を見て、“生前”とは違うって事も判った」
佳乃の肩を抱く手に力が入る。
「光子が死んでから、佳乃が、僕のココロを癒してくれた。
早過ぎるかもしれない。
でも、好きになるのに時間は掛からなかった。
一人でどうすれば良いのか判らなくて。
あのままだったら虹を育てていけなかった」
光子がこちらを見ている。
赤い眼から流れる涙は止まりそうにない。
止めてやらなきゃならないのは自分なのに。
幽霊とか、非現実的な事は信じて居なかった。
でも、光子を亡くした時、幽霊でも良いから戻って欲しいと思った。
いや。それより強く願ったんだ。
だが、叶う筈もなく。
似た痛みに耐えている佳乃を見て、接して、教え子でまだ十代の彼女に、ココロが癒されていた。
確かに僕を必要としてくれている彼女の瞳にすがる様にココロ開いた。
それが、
願い通り光子が帰って来て、その憎しみに燃える眼を見た時、危ないと解った。
佳乃が危ない。
光子に再び会えた喜びは恐怖に変わる。
光子よりも、佳乃への愛情が、彼女を守りたい気持ちが強くココロを支配して、だから佳乃をこの家から遠ざけた。
「光子。僕は生涯君と居たかったよ。それは事実だ。
でも、君はもう居ない」
哀しくてたまらなかった。
寂しくて壊れそうだった。
「まだ、君の所へは逝けない。……それは、わがままだろうか?」
愛していた。それは真実。
*
*佳乃side*
目の前に存在する虹の母親。確かにそこに見えるのに。
哀しい。
虹の温もりを腕に感じて、この愛しい子をどうして残して逝けよう。
自然と足が向いていた。
虹を腕に抱き締めて。
孝志さんの声が聞こえた気がした。
でも、目の前で泣く母親を、どうしても放っておけなくて。
虹を産んでくれた人なんだ。
この優しく愛しい子の母親。
「ありがとう。
虹を産んでくれて。
必ず、幸せにします。
虹も孝志さんも……貴女と一緒に」
手を差し出す。
優しい顔をした母親に、恐怖は感じない。
驚いた様に目を見開いた彼女の涙は止まり、差し出した手に重なる冷たい手の平。
「「一緒に?」」
「一緒に。見守って居て下さい」
手を掴み、立たせる。
そして虹を見ると不思議そうに母親を見て、
「ナナ。乳好きよ」
そう言って母親に笑顔を向けた。
「「虹。私も、大好きよ。貴女も、お父さん、孝志の事も。」」
握られた手がそっと外され、虹の頬を撫でる。
「「……見守る。
そうね。私は……死んだ」」
まるで、初めて知った様に口にした。
自身の正体。
切なくて、涙が零れた。
「「何故? 貴女が泣くの?」」
言葉に出来なかった。
切ない。
虹に残る母性の愛と、孝志に残る女性としての愛。
愛しい人達と別れなければならない光子さん。
大事にします。
貴女と一緒に。
この愛しい人達を、
必ず、必ず。
そう誓い、虹を抱き締める。
「「お願いします」」
風が吹く様に微かに聞こえた声に頭を上げると、薄く光る霞みになって、消えて逝く光子さんが、ほほ笑んで居るのが見えた。
「居ない?」
虹の声に我に返る。
「違うよ。虹のここに居るの」
そっと小さな胸を指差すと、虹は笑った。
*
*ライside*
風に流れる魂の欠片。
そのまま光子は成仏した。
安心し、力を解く。
銀色の長髪は溶けて青い髪に。
今回は、意識して変身したので服は無事だった。
「何が……起きたんだ?」
呆然と立ちすくむ先生。
「奥さんは、成仏しました」
声を掛けたボクを見た先生が、少し間を置いて、
「夏木か?!」
ボクの名前を呼んだ。
「ご無沙汰していました」
「いや。今のは、現実?」
ボクに訊くから、正直に頷く。
「死んだのを気付かず、先生の虹ちゃんの傍に居たみたいです。
見事に佳乃が解決してくれました」
「違うわ! それは礼が……」
佳乃が首を振る。
だけど、佳乃の行動と言葉に光子は救われたんだ。
「ボクは表に出しただけ。成仏させたのは佳乃だよ」
ボクに向かい合って立つ佳乃が小さく笑い、体を揺する。
彼女の腕に抱かれた虹が可愛く声を立てた。
その柔らかい頬に触れ、内に残る血脈を感じる。
母親の影響を受けた虹に、鬼の血を残しておくのは危険だ。
「痛くはないからね?」
言ってから、頭を撫で、言霊を使う。
『鬼の血よ、出て来い』
「えぇっ……うっ。ゴホッ」
大きく咳き込んだ虹の口から丸い血珠が数個零れ落ちる。
涙目で佳乃にすがりついた虹が、顔をあげる。
「終わった。大丈夫だよ」
佳乃が背中を擦ってやると、落ち着きを取り戻した。
「もう安心だよ」
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
白鬼
藤田 秋
キャラ文芸
ホームレスになった少女、千真(ちさな)が野宿場所に選んだのは、とある寂れた神社。しかし、夜の神社には既に危険な先客が居座っていた。化け物に襲われた千真の前に現れたのは、神職の衣装を身に纏った白き鬼だった――。
普通の人間、普通じゃない人間、半分妖怪、生粋の妖怪、神様はみんなお友達?
田舎町の端っこで繰り広げられる、巫女さんと神主さんの(頭の)ユルいグダグダな魑魅魍魎ライフ、開幕!
草食系どころか最早キャベツ野郎×鈍感なアホの子。
少年は正体を隠し、少女を守る。そして、少女は当然のように正体に気付かない。
二人の主人公が織り成す、王道を走りたかったけど横道に逸れるなんちゃってあやかし奇譚。
コメディとシリアスの温度差にご注意を。
他サイト様でも掲載中です。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
ハヤトロク
白崎ぼたん
BL
中条隼人、高校二年生。
ぽっちゃりで天然パーマな外見を、クラスの人気者一ノ瀬にからかわれ、孤立してしまっている。
「ようし、今年の俺は悪役令息だ!」
しかし隼人は持ち前の前向きさと、あふれ出る創作力で日々を乗り切っていた。自分を主役にして小説を書くと、気もちが明るくなり、いじめも跳ね返せる気がする。――だから友達がいなくても大丈夫、と。
そんなある日、隼人は同学年の龍堂太一にピンチを救われる。龍堂は、一ノ瀬達ですら一目置く、一匹狼と噂の生徒だ。
「すごい、かっこいいなあ……」
隼人は、龍堂と友達になりたいと思い、彼に近づくが……!?
クーデレ一匹狼×マイペースいじめられっこの青春BL!
戦国姫 (せんごくき)
メマリー
キャラ文芸
戦国最強の武将と謳われた上杉謙信は女の子だった⁈
不思議な力をもって生まれた虎千代(のちの上杉謙信)は鬼の子として忌み嫌われて育った。
虎千代の師である天室光育の勧めにより、虎千代の中に巣食う悪鬼を払わんと妖刀「鬼斬り丸」の力を借りようする。
鬼斬り丸を手に入れるために困難な旅が始まる。
虎千代の旅のお供に選ばれたのが天才忍者と名高い加当段蔵だった。
旅を通して虎千代に魅かれていく段蔵。
天界を揺るがす戦話(いくさばなし)が今ここに降臨せしめん!!
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
HEAD.HUNTER
佐々木鴻
ファンタジー
科学と魔導と超常能力が混在する世界。巨大な結界に覆われた都市〝ドラゴンズ・ヘッド〟――通称〝結界都市〟。
其処で生きる〝ハンター〟の物語。
残酷な描写やグロいと思われる表現が多々ある様です(私はそうは思わないけど)。
※英文は訳さなくても問題ありません。むしろ訳さないで下さい。
大したことは言っていません。然も間違っている可能性大です。。。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる