鬼に成る者

なぁ恋

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幽鬼

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泣き声が響く。
幼子の母を求め泣く声。

「「虹」」
「虹ちゃん」

が愛し子の名前を呼ぶ。




「ママ!」




幼子は「ママ」と呼んで佳乃に手を伸ばした。

の戻った虹は、佳乃を母と呼んだ。

それは傍から見ても判る程に虹は真っ直ぐに佳乃を求めて居た。


「虹ちゃん!」

佳乃は虹の所へ駆け出した。
自分を求める幼子をただ愛しく感じ、恐怖もその他の何もかもを一瞬忘れて、光子の横を通り抜け二階に駆け上がる。

それは紛れもなく母性の現れ。

「「何故……何故? 虹は喋れるの?
私は……私が母と、呼ばれる筈だった。
……私が……」」

赤い両眼から流れ落ちる涙。母性から戻った本来の姿は、穏やかで切ないものだった。

ろくろっ首は消えて、生前と変わらない姿で静かに泣き崩れる。

「「死んだ?
私はもう居ない?

ゴミ捨てに行って家に帰って……。何かおかしかった。何か……私を見えてないみたいに扱う孝志が、怒りが、ココロを一杯にした。
でも、虹は私を見て笑って……だから。
私は……死んだと気付かなかった。
ただ、孝志の態度が、私が居ないみたいに振る舞う姿に怒りがココロを満たした。」」

普通の人間には見えないのは仕方がない事。
幼子は、見えないものが見えてしまう事が希にある。

「「ただ、続く筈だったこの人生を……手放したくはなかった」」

その視線は、二階に居る三人を見て居た。

虹は佳乃に抱かれ泣くのを止めた。佳乃を守る様に肩を抱く先生。

「「私の、居場所だった」」

それは心底からの言葉。



 
 
*孝志side*

「光子。お前が死んだ気がしなくて、随分苦しんだ。
ただいまって言って帰って来そうで……」

言葉は真実になった。

「遺骨を見た時驚いた。頭蓋骨が形を残していて、そんな事有り得る筈ないのに。
だから、変わらない姿で現れた時、そうなると判ってた気がしたよ。
でも。その口から“許さない”と言われて、その形相を見て、“生前”とは違うって事も判った」

佳乃の肩を抱く手に力が入る。

「光子が死んでから、佳乃が、僕のココロを癒してくれた。
早過ぎるかもしれない。
でも、好きになるのに時間は掛からなかった。
一人でどうすれば良いのか判らなくて。
あのままだったら虹を育てていけなかった」

光子がこちらを見ている。
赤い眼から流れる涙は止まりそうにない。
止めてやらなきゃならないのは自分なのに。

幽霊とか、非現実的な事は信じて居なかった。

でも、光子を亡くした時、幽霊でも良いから戻って欲しいと思った。
いや。それより強く願ったんだ。

だが、叶う筈もなく。

似た痛みに耐えている佳乃を見て、接して、教え子でまだ十代の彼女に、ココロが癒されていた。

確かに僕を必要としてくれている彼女の瞳にすがる様にココロ開いた。
それが、
願い通り光子が帰って来て、その憎しみに燃える眼を見た時、危ないと解った。

佳乃が危ない。

光子に再び会えた喜びは恐怖に変わる。
光子よりも、佳乃への愛情が、彼女を守りたい気持ちが強くココロを支配して、だから佳乃をこの家から遠ざけた。

「光子。僕は生涯君と居たかったよ。それは事実だ。
でも、君はもう居ない」

哀しくてたまらなかった。
寂しくて壊れそうだった。

「まだ、君の所へは逝けない。……それは、わがままだろうか?」

愛していた。それは真実。
 



 
*佳乃side*
    
目の前にする虹の母親。確かにそこに見えるのに。

哀しい。
虹の温もりを腕に感じて、この愛しい子をどうして残して逝けよう。

自然と足が向いていた。
虹を腕に抱き締めて。


孝志さんの声が聞こえた気がした。
でも、目の前で泣く母親を、どうしても放っておけなくて。

虹を産んでくれた人なんだ。
この優しく愛しい子の母親。

「ありがとう。
虹を産んでくれて。
必ず、幸せにします。
虹も孝志さんも……貴女と一緒に」

手を差し出す。
優しい顔をした母親に、恐怖は感じない。


驚いた様に目を見開いた彼女の涙は止まり、差し出した手に重なる冷たい手の平。

「「一緒に?」」

「一緒に。見守って居て下さい」

手を掴み、立たせる。
そして虹を見ると不思議そうに母親を見て、
    
「ナナ。好きよ」

そう言って母親に笑顔を向けた。

「「虹。私も、大好きよ。貴女も、お父さん、孝志の事も。」」

握られた手がそっと外され、虹の頬を撫でる。

「「……見守る。
そうね。私は……死んだ」」

まるで、初めて知った様に口にした。
自身の正体。

切なくて、涙が零れた。

「「何故? 貴女が泣くの?」」

言葉に出来なかった。
切ない。
虹に残る母性の愛と、孝志に残る女性としての愛。

愛しい人達と別れなければならない光子さん。

大事にします。
貴女と一緒に。

この愛しい人達を、
必ず、必ず。

そう誓い、虹を抱き締める。
 

「「お願いします」」

風が吹く様に微かに聞こえた声に頭を上げると、薄く光る霞みになって、消えて逝く光子さんが、ほほ笑んで居るのが見えた。

「居ない?」

虹の声に我に返る。

「違うよ。虹のここに居るの」

そっと小さな胸を指差すと、虹は笑った。
 




*ライside*

風に流れる魂の欠片。
そのまま光子は成仏した。

安心し、力を解く。

銀色の長髪は溶けて青い髪に。
今回は、意識して変身したので服は無事だった。

「何が……起きたんだ?」

呆然と立ちすくむ先生。

「奥さんは、成仏しました」

声を掛けたボクを見た先生が、少し間を置いて、

「夏木か?!」

ボクの名前を呼んだ。

「ご無沙汰していました」

「いや。今のは、現実?」

ボクに訊くから、正直に頷く。

「死んだのを気付かず、先生の虹ちゃんの傍に居たみたいです。
見事に佳乃が解決してくれました」

「違うわ! それは礼が……」

佳乃が首を振る。
だけど、佳乃の行動と言葉に光子は救われたんだ。

「ボクは表に出しただけ。成仏させたのは佳乃だよ」

ボクに向かい合って立つ佳乃が小さく笑い、体を揺する。
彼女の腕に抱かれた虹が可愛く声を立てた。

その柔らかい頬に触れ、内に残る血脈を感じる。

母親の影響を受けた虹に、鬼の血を残しておくのは危険だ。

「痛くはないからね?」

言ってから、頭を撫で、言霊を使う。

『鬼の血よ、出て来い』

「えぇっ……うっ。ゴホッ」

大きく咳き込んだ虹の口から丸い血珠が数個零れ落ちる。
涙目で佳乃にすがりついた虹が、顔をあげる。

「終わった。大丈夫だよ」

佳乃が背中を擦ってやると、落ち着きを取り戻した。

「もう安心だよ」
 
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