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幽鬼
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「はあぁ~……」
深く息を吐くと、現実に戻る。
「視えたな」
まほろばの言った事は目の前の現状をも言い表している。
鬼気は室内を満たし、普通の人間ならば……言うならば溺れてしまうだろう。
見えるのは、
親子三人の姿。
父親と娘。
そして、
母親。
生前と変わらぬ姿で“生活”している。
不自然な風景。
ボク達が見えて居ない。
ご飯を作り、他愛ない会話。
娘は、ベビーベッドに寝かされて居た。
一歳過ぎてるのにまるで赤子の様に転がって居る。
「「さぁ、貴方には昼ご飯。可愛い私の七色ちゃんは、母さんの所へおいで」」
先生は空ろな目をして素直に箸を取り、娘は母親に呼ばれて笑い声を立てた。
その腕に抱かれ、出された乳房に吸い付く。
もう乳離れを済ませた娘が、美味そうに呑む。
何度も思う。
母子のこう言う関係は幸せで在る筈なんだ。
それが生者ならば何も問題ない。
「まほろば。幽体の朱色の鬼。実体化してる。
この空間は、彼女が造った世界。
彼女の思う通りの世界。先生と虹ちゃん、大丈夫かな?」
「娘の方は問題ない。鬼の血脈を継いで居るからな。
ただ、父親の方は問題だ。これ以上は保たない」
見るからに痩せ細って居て、明らかに精気を吸われて居る。
先生の精気で実体化して居るんだ。
室内に足を踏み入れる。が、それを阻む壁がある。
それを押す様に手の平を当て、そして自分の鬼気をゆっくりと浸透させる。
壁を、彼女には気取られない様に溶かす。
せめて、最後の母子の時間を過ごさせて上げたくて。
*
*光子side*
母乳に吸い付く娘に幸せを感じる。これが生きているって事なんだと実感して……誰にも邪魔はさせない。
ずっと判ってた。孝志が浮気している事。
でも諭してあの女とは別れさせた。
教え子の小娘。
まるで私が居ない様に振る舞うあの小娘が憎くて。
でも孝志の教え子で彼が許してやってくれと言うから優しい孝志に免じて今回は見逃してやった。
今度来たら容赦しない。
横を見るとほほ笑む孝志。私の腕には愛しい我が子。
虹が生まれた日に窓から見えた虹が綺麗で付けた名前。
虹。
七色の虹に掛けた名前。
?
嫌な感じがする。
それは玄関から。
何も無い様に見えるけど……居心地が悪く、落ち着かない。
立ち上がり、虹を孝志に預ける。
ゲップをさせてね。
そう言って。
何かおかしい。
玄関に近付くと、それが、見えて来た。
赤と青の色。
それはやがて形に成り、人型を作る。
「朱色の鬼。
貴女はここに居てはいけない」
青い髪の男が言う。
勝手に人の家に入って来てよくもそんな事が言える!
「お前は、死んだんだ」
赤い髪の男が言う。
何を言ったのか理解出来ない。
死んだ?
何を馬鹿な?
私はこうしてここに居て、生活しているのに。
「貴女が居ては先生……孝志さんが死んでしまう」
あぁ、解った。
あの小娘の差し金か。ならば合点いく。
「現実を視ろ」
赤い髪が言った。
その手に持った鏡が光って眩しくて―――。
*
*まほろばside*
何を言っても聞かないだろう事は判っていた。
この生活を手放したくはない筈だ。
ライを通して視た女の姿は幸せそのもの。
だが、俺達が見るその姿は……身体から伸びた首がこちらを見て居た。
実体化した時、その死に様がそう形造った。
ろくろっ首。
それはライもすぐに気付いた。
哀しい姿。
だが、自分では頑として見ないだろう。
変わり果てたその姿を見て認めてしまえば、それは己の最期。
靴箱の上、壁に掛けられた鏡。
それを手に取り、女に見える様に向ける。
鏡に映る真の姿を知るがいい。
そうして女は悲鳴を上げる。
絶望に、真実に、打ちのめされて。
長く伸びる首が素早くこちらに向かって来た。
「「何を! 私に何をした!」」
目前に迫るろくろの顔が苦痛に歪む。
ライの前に出、ろくろの首を強く掴んだから。
そうして真実を話す。
「何も。お前は死んだんだ」
俺の言葉を継いだライが静かに続ける。
「死んで家族に取り憑いた。このままでは居られない」
「「何をっ……」」
俺の手の中でもがくろくろの首が、身体を捩じり更に首を伸ばして俺の身体に巻き付き、力を込めた。
きしむ体。
膨張した力が玄関を裂き、廊下を割る。
それは静かに起きた。
身体に巻き付かせたままろくろの首を家から引きずり出し、ライが父子を守る為に家の中に結界を張る。
「「孝志! 虹!!」」
悲痛に叫ぶろくろの首を押さえ込む。
「何が起きて居るの!?」
それは外で待つ佳乃の声。
「「―――小娘か……お前が元凶かぁ!!」」
ろくろの首が急に力を抜いた事でするりと腕から逃れ、向かうは佳乃の所。
その素早い動きに対応出来ずに足を折る。
*
*ライside*
まほろばの腕から逃げたろくろっ首が、長い首を矢の様に伸ばし、身体は四つん這いで下階へ滑り駆け降りる。
「きゃっ!」
佳乃の悲鳴。
実体化した女の姿は佳乃にも見えて居た。
ろくろっ首は真っ直ぐに佳乃に向かう。
憎しみを湛えたそのココロを燃やして、
でも、佳乃には触れさせない。
足元から風を起こし、ろくろっ首が佳乃に辿り着く前に間に入る。
「「邪魔をするなぁーーー……」」
大きく開けた口から滲んだ声が響き、威嚇する。薄く結界を張り、その動きを抑える。
「礼。この人が?」
震える佳乃がボクの服を掴んで訊く。
「そうだよ。先生の奥さん」
「姿が……」
見るからに妖怪と化した姿。更にその表情は冷たく恐い。
「こんなの、切な過ぎる」
震える声に、泣いて居るのを感じて振り向く。
「だって、たか……先生と虹ちゃんを置いて死んじゃう何て……死にたくなかったに決まってる。」
「そうだね。彼女がそれを受け留める事が出来ないのも理解出来る。
でも、同情ばかりはしてられない。
彼女が居続けたら、先生は死んで、虹ちゃんは鬼に成る」
ボクの言葉に佳乃はショックを受けた。
「死。鬼に……成る?」
「そんなの誰も望んでないだろう?」
だから、もう成仏しようよ。
力を解く。
無理強いはしたくないから諭す為に魂を統べる者へ。
伸びる銀の髪。
力を開放した事で、額の角は熱を帯び瞳まで熱い。
流れ伸びる髪が身体に巻き付く。
「! 礼?」
呼ばれて、熱くなった眼を開き、佳乃を一瞥する。「下がっていて」と、注意を促すと佳乃は素直に後退した。
ろくろっ首、光子に視線を戻すと、彼女の目は佳乃を捕えて燃えて居た。
誰を憎んでも事実は変わらないのに……。
「光子。佳乃が悪い訳でも、貴女が悪い訳でもないよ。
でも、ここに居る事は不自然で、してはならない事だ」
「「不自然? 家族で居る事は一番自然で尊い事。離れる事は、永遠にない!」」
永遠を誓う事は幸せな筈なのに。
「ダメだよ。死者は生者とは居られない。
成仏し、生まれ変わるのを待って―――」
言葉を呑み込む。
怒りに濁った赤い眼が見開いて薄く施した結界が破られた。
『ダメだ』
静かに言霊に乗せる。
光子は苦痛の表情を浮かべ、ボクの横で動きを止めた。
「ダメだよ」
「「放せ……すべてはあの小娘が!」」
突然、赤子の泣き声が響く、振り向くと虹ちゃんを抱いた先生が立って居た。
異変を感じ結界から外へ出て来たのだろう。
まほろばが先生を回復させたのが解った。
「「虹。孝志。
待ってて、私達が幸せになる為にあの小娘を……」」
「光子。彼女をどうするつもりだい?」
静かに訊く先生に、光子はたじろぐ。
「「幸せになる為に……排除するのよ」」
「排除する?
それは、殺すと言う事かい?」
先生はとても冷静で、
「「殺す?」」
「お前はそうしたがって居る様に見える。
僕は、身を引くのが佳乃を守る術だと思った。
虹も守るつもりで……」
先生には迫力があった。
「光子。お前は確かに死んだんだよ」
その表情は、光子に真実を悟らせるに十分だった。
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