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地獄鬼
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しおりを挟む怒りは簡単に人を残酷にさせる。
今自分がどんな顔をしているのか想像も出来ない。
目の前の晶嶺の表情を見れば……それも判るかな。
笑みが零れる。
晶嶺の恐怖に凍る顔に。
「晶嶺。さよなら」
手を振って、別れを。
晶嶺は恐怖に歪んだ顔を、更に悲鳴を上げて嫌がる。
「「お前は、知らないんだ! 地獄の孤独の深さをっ……。
それに。お前がまほろばにした仕打ち! それこそ惨いじゃないか!
私は視たぞ!
お前がまほろばに与えた孤独!」」
晶嶺の言葉の真実にココロが痛む。
あの姿。
まほろばの朱に染まった姿。
『地獄に、堕ちろ!』
言霊は、晶嶺を呑み込む。
歪んだ空間が光を放ち、晶嶺を巻き取り。その身を沈めて行く。
「「お前は……まほ……ろばに―――相応しくない……」」
晶嶺の姿が見えなくなった。
言われなくとも分かってる。ボクは……。
「誰が相応しいなど、関係ない。
誰と居たいかが問題なんだよ」
後ろから抱き締めて来る腕の温かさに安堵し、その声に、力が抜ける。
身体を預けて、
名前を呼ぶ。
「まほろば」
彼はボクの一部。
ボクの全て。
ボクの人生そのもの。
「ライ。俺はお前のモノだ。それに、ライは俺のモノだろう?」
顔を上げると、優しい光を宿した金の両眼がボクを見つめてた。
「そうだよ。前世でボクがまほろばと一つになった様に。
まほろばの一部はボクと一つになった。」
自分がした事は理解している。
まほろばの左腕を、ボクは喰べた。
骨も残さず。
*
*まほろばside*
腕の中でライは、俺に身を預けてほほ笑んだ。
頬に、唇に、身体をまとう布に残る赤い血痕。
俺の色。心底から喜びに震える。
ライの頬の血痕を指で拭いて、顎を上げさせ顔を寄せ、唇に残るそれを舐めとる。
「俺がライと居たいんだ」
何度でも言葉にする。
「……ボクは残忍で冷酷だ。」
晶嶺の事。
「奴の事なら気にする事はない。
ライの言霊が慈悲になる」
意味が判らないと首を傾げたライ。
元気の千里眼で視た事が本当ならば、もうどの道仲間と言える者は居ないだろう。
生きる事が苦しいと思うのは哀しい。
鬼の性質から独りは死を意味する。
そうした状態になったのは奴の自業自得だが、ライの言霊が奴を縛った。
ライを常に感じて、ライを想う事で生きて行けるだろう。
それが、例え残酷な宣告だとしても、
他の誰かを想う者と一緒に居るよりは、言霊に繋がれた方がまだ救われる。
この地に仇なす者を解き放つ訳にも行かず、倒すには難しい相手。結果不毛の地獄に生かすしかないならば、あれで良い。
「お前は優しい」
もう一度抱き締めて耳元で囁くと、ライが震えた。
「そんな事ない……」
ライが下を向いて言う。
「まほろば、ボクを支えていて。
この場所を完全に封印するから……」
言われるまま、身体を支えて洞窟の外へ出ると、ライが風を起こした。
それはうねり、周囲の空気も巻き込んで行く。
ライが手を振ると、風は洞窟の周辺を真空にして、大きく音を立て洞窟が崩れて行く。
重い岩が何重にも重なり、“地獄の入口”を埋めて行った。
全てを見守ったライが小さく息を吐くと、銀の長髪が風に溶ける様に消え、青い髪が現れる。
力の抜ける身体を支える。
「ごめん……力が入らない」
能力を限界まで使い果たしたライは、立って居るのも辛そうで“癒し”が必要だった。
「家に寄って行くか?」
ライの生家に。
小さく頷いたライが目を瞑り、次には寝息を立てて居た。
俺もまた裸体になっていたので、何かを身に着けないとならない。
ここに来ると必ず裸体になる。
一人苦笑する。
空を見るとまだ明るく、市松に帰るにはこの姿は不便だ。
そっとライを抱き上げ、家に向かって歩く。
今までの不安の眠りから開放されたライの安らかな眠りの邪魔をしたくなくて、ゆっくりと歩みを進める。
****
*ライside*
ゆらゆらと揺れる木漏れ日に顔をしかめる。
「ライ」
優しくボクを呼ぶまほろばの声。
「まほろば。愛してるよ」
「あぁ、俺も愛している」
声しか聞こえない。けれど、柔らかなその声色に安堵する。
「俺は、幸せだ。
お前と共に居る。それだけで……」
笑顔が見えた。
優しいほほ笑みが……。
*
「ライ? 起きたのか?」
まほろばの声。
夢?
夢のまほろばは、あの左腕のまほろば。
ボクと一つになったまほろば。
ぞくりと身体が震えた。
快感と、安堵とが内混じった感覚。
瞬きし、首を振る。
「終わったんだね」
独りごち、起き上がる。
ひんやりとした空気に、懐かしいニオイ。
ここは?
「身体、大丈夫か?」
襖戸から覗くまほろばは、縞模様の着物を着ていた。
見た事ある着物。じぃちゃんの着物だ。
「ボクの家?」
「そうだ。また裸体になってしまったからな。
それに、お前は早急な“癒し”が必要だった」
近付いて来たまほろばが、隣りに座る。
「かなり疲れていて、朝までかかった」
「そんなに……」
あ! まほろばの身体に残る傷が或る筈。
思い出して、驚いてまほろばの着物の端を掴むと、思い切りはだける。
あらわになった肌。左肩口に星型の傷口が痕を残す。
そこを撫でる。
ここに“まほろば”の角が刺さっていた。
「ライ。大丈夫だ。奴が消滅した時に俺に溶けた」
まほろばがボクの両手首を掴んで器用に寝転がらされた。
そして、長く赤い髪がボクの頬を撫で、金の瞳が優しく笑う。
柔らかく優しい唇が重ねられ、やがて強く激しい口付けに変わる。
「まほ……」
「お前は、俺だけのモノだ」
力強く宣言する。
何度も、
何度でも。
愛しい人の肌を感じて、息を生を感じて、確かにここに在る想いを、愛を感じて、
まほろばを感じて……。
苦しいくらい愛しくて、痛いくらいに激しい衝動。
「あッ……!!」
何度も、何度も。
まほろばを感じて───……。
*
「今何時?」
あれからまた少し眠って、まほろばの癒しを深く施さていた。
窓の外は暗く、夜が来ていた。
「明日、あちらに帰ろう」
ボクを包む様に一緒に寝転ぶまほろばが言う。
市松へ?
街のアパートの一室。ボク達の家へ?
「もうしばらく、ここに居たいな」
ここは安心出来る場所。
「ライが望むなら」
「桃井さんの店はまだ半年は再開されないし、何かこっちでバイトを探してゆっくり過ごすのも良いよね?」
鬼退治の事等忘れた生活をしたい。
再会して一年回って、気持ちが落ち着いて、今懐かしい我が家が恋しい。
まほろばに擦り寄ってまほろばのニオイに包まれて、それだけで良いとも思う。
でも、がむしゃらに鬼に成る為に頑張って来て、その願いが叶って。
正直疲れた。
休みたい。
この家にはボクの、夏木 礼の歴史がある。
「休む事は大切だ」
まほろばが優しく髪を撫でてくれて、
「じゃあ、少しここで生活してみようか?」
ふとした思い付きから、懐かしさから提案した事。
今も常に癒してくれているまほろばが呟く。
「この家は、生きて居る。住むだけで癒しになる筈だ」
とんとんと背中を優しく叩かれる。
そのリズムと夜の静けさが眠りを誘って、大きく、小さなあくびをして、うとうとと夢の中へ入って行った。
****
「礼や、お前には秘めた力がある。その力は人様の為に使う事になるだろう。
今は判らなくていいよ。
自然と解って来る事だからね」
ボクが祖母に引き取られたその日の夜、眠りにつく前に、まるで絵本を読む様に言われた言葉。
忘れていた。
その言葉が、妙に生々しく思い出された。
祖母の声が、リアルに傍で聞こえた気がした。
鳥の声。
柔らかい日差しがカーテンから零れて居た。
勉強机に置かれた時計は止っていたけれど、朝になったのは十分に判った。
不思議な夢?
ただ思い出しただけかもしれないけど、ばぁちゃんの存在がはっきりと感じられた。
「おはよう」
戸惑っていたボクの額に柔らかいキスをされて、“現実”に気持ちが戻る。
「まほろば。おはよ」
視線を合わせ、互いにほほ笑んだ。
*
*まほろばside*
ライのほほ笑みは俺の癒し。
そっと口付けて、目を瞑り、昨夜視た老女の影を思い起こす。
眠るライを見守る様に見つめ、優しく柔らかい笑みを俺に寄越した老女。
『礼を頼みます』
彼女はそう言って俺に深々と頭を下げ、消えた。
ライの祖母。
この家の守護者に成っていて、ここに居るだけでライの“ココロ”を癒してくれる。
ライは“夢”で逢えたみたいだが、彼女は現実にはその姿を見せるつもりはないらしい。
だから、ここに住むのは賛成だ。
俺の事で疲れたライを癒してやって欲しい。
そうココロから願うから。
「生活するならお金がいるね。色々買わないといけないし……元気にも連絡しなきゃ」
そう言って立ち上がったライがカーテンを開ける。
「何時かも判らないんじゃ不便だし。出かけて来るよ」
ごそごそと机の引き出しを探ると、そこから封筒を取り出した。
「良かった。へそくり残しといたんだ」
タンスから取り出した服を着込むと、
「まほろばは留守番していてね」
その浮き立った気持ちがこちらにも届いて俺も嬉しくなった。
「大人しくして居るよ」
ライの明るい姿を見れたのが嬉しくて笑みが零れ、玄関を出て行くライの後ろ姿を見送った。
久しく見る元気なライが嬉しくて。
出来るならば、ずっと笑顔で居させたいと願い、
静かな家で、ひっそりと祈る。
ただ、愛しい人が幸せでありますように。と……。
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