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地獄鬼
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しおりを挟む*朱色の鬼・まほろばside*
肌に触れた風が冷たく熱を冷す。
地上へ出た。
出るのは容易く、驚く程に懐かしさが押し寄せて来た。
そうだ。
この場所。
染み付いた自分のニオイ。
記憶の端に、見えた気がした。
確かに、ここで生きていた。
「「まほろば。お前はここで何をするつもりだ?」」
頭の中で木霊する声。
晶嶺。
この金と銀の鬼は俺を“造った”としきりに言い、
俺はその“言霊”に囚われて居た。
「「ライを、迎えに行く」」
答えたくなくても、勝手に口が開く。
晶嶺が求めるモノは何であれ与えてしまう自分が腹立たしい。
金と銀の両方を備えた鬼の力は絶大。
洞窟の外へ視線を向ける。
この地上は柔らかい。
何もかもが柔らかく、儚いものの多い所だ。
かつては愛してやまなかった世界。
その世界が崩れるのは簡単だった。
愛する者が、消えてしまう哀しさ。
怒りが全身を取り巻き、躰が変化した。
変化した躰は自分でも理解出来て居る。
“朱色の鬼”
だが、地獄で聞こえて来たライの声が、俺を奮い立たせ、冷静にさせてくれた。
ライ。確かにお前は俺を呼んだ。
まほろば。と。
だから、約束通り迎えに来た。
ライが傍に居れば、俺は俺でいられる。
例え朱色に肌が染まったとしても、お前が傍に居れば魂は、まほろばで居られる。
「「はぁ───……」」
晶嶺の溜め息が一際大きく聞こえた。
「「何だ?」」
「「まほろば、地上に居る危険をお前は判ってはいない」」
何度も聞いた言葉。
晶嶺は地獄から出る事を禁じた。
だが、地上にはライが居る。
ライを求める気持ちが強く、その“言霊”に勝ち、振り向く事なく地上へ向かった。
ライの気配を辿り、体は強い締め付けを通り過ぎ、光の渦の中へとまるで産声を上げる様に地上へ出た。
空は青く澄んだ空気。
ここが“故郷”だと強く感じた。
眠りから目覚めた時、晶嶺が傍に居て、
俺を“造った”と何度も繰り返し言った。
それは“目覚めさせた”と言う意味なのだと理解した。
何故地獄に戻って居たのか判らない。
だが、今はもう地獄から遠い場所に居る。
例え、頭に俺を“支配する声”があったとしても、ライを求める気持ちはそれ以上に強い。
「「晶嶺。もういい加減に諦めろ。俺は、“まほろば”は、お前じゃなく、“ライ”を求めている」」
頭の中の晶嶺はただ、溜め息を吐き、
「「お前はそこでは生きて行けない」」
意味深な言葉。
こんな意味のない問い掛ける会話を続けて丸一日が過ぎた。
「「もう、良いだろう? 離せ!!」」
───何の気配だろう?
強い怒りに、哀しみ。そして憂い。
そう言った感情と、知った気配を感じる。
“知った気配”
それどころか、これは自分自身。
洞窟から見る風景。
そこから見えるもの。者。
そう遠くない場所、高い木の上に立つ影。
赤い長髪が長く風に流れている。
あの姿、
あの気配は、ある筈のない自分自身。
「「お前は誰だ??」」
****
*ライside*
体を丸めて眠る。
柔らかい“癒し”に身を任せて……。
身体を撫でる、その手に触れる。
触れて、違いに気付いて驚いた。
驚いて目を開ける。
絡めた手。
まほろばに似た手。
「ライ……」
元気の声。
「何で?」
その手は元気のもの。
癒し手は元気。
「まほろばは?」
元気がボクの頭を撫でる。
「まほろばは、行ったよ」
「どこへ?」
「ライを助ける為に」
ボクを?
遡る記憶。
もう一人のまほろば。
「“まほろばが迎えに来る”」
口から零れた言葉に、ハッとする。
あれは夢?
「夢幻じゃないよ。
確かに、まほろばは二人存在してる」
「何言って―――」
「あれは“左腕”まほろばの左腕から生まれた“分身”だ」
元気の声がココロに染み渡る。
その癒し手が頬を擦る。
「“まほろば”を感じてお前は衰弱して行った。
“千里眼”で視たよ。
あの姿を見たら、苦しいだろう?
耐えられない。
そして、地獄の入口から“まほろば”がライを求めて現れた。
だから、まほろばが正しに行ったんだ」
まほろばが、何をしに?
考える。
考えて、青ざめる。
「あれは、まほろばだよ?
二人共、まほろばだ。
地獄から現れたまほろばは、ボクの罪が具現した姿で……」
だから、彼に罪はない!
「ライ。でも、お前は一人しか居ないんだよ?」
元気が哀しげに首を傾げる。
ライは一人。
元気が静かに言った言葉。
ぐるぐると頭が回る。
ココロが締め付けられて、涙が零れた。
「ボクにとってまほろばは……」
身体が痛い。
ココロが痛い。
胸元を掴む。
内側から熱くなり、
熱さが全身を包む。
力を開放したと同時に服は消失してしまった。
身体に絡み付く様に髪が伸びて、自分が変わるのが解る。
銀の鬼へ―――。
何故?
分からない。
けれど、これが大事だと感じる。
ゆっくりと立ち上がり、外を見る。
明るい空が続いている。
ボクの、青い髪みたいな空。
「行かなきゃ……」
「どこへ行くんだ?」
元気の問い掛けに、当たり前の様に答える。
「まほろばの所へ」
どんなに苦しくても、
予感がするから……。
このままでは、まほろばを失う。
永遠に、見つけられなくなる。
「ライ」
元気が呼ぶ。
「大丈夫。これが最後。まほろばを永遠にボクのモノにする為に、
―――ボクは戦うよ」
元気が後ろから白いシーツを掛けて来て、抱きすくめられた。
「二人には幸せになって欲しい」
ココロからの言葉。
祈りに似た言葉。
..
それは少女の──寿の──願い。
抱き締めて来た手は大きく、始めに感じた通り、まほろばにそっくりだった。
****
*まほろばside*
意識無く過ごして来た住家。
木の上からそこを見遣ると、洞窟から姿を現したのは……赤い髪、捩じれた長い二本角。赤い肌を持った自分の姿。
そして、奴がこちらを向いた。重なる視線。
俺のココロを燃やす炎は、奴を、奴の存在を否定して燃え上がる。
それは奴も同じで、俺を認めてその感情が乱れ動いたのを感じた。
「「お前は誰だ??」」
その声は滲んで、
俺を否定する。
互いに互いを否定する。
青空が陰り、
広がり近付くのはくすんだ灰色の雲。
頬に落ちて来た雨粒が全身を濡らすのにそう時間はかからなかった。
雨は、
世界を造った。
俺達の空間。
静かな世界。
冷たい滴が身体を流れ落ち、衣服を重たくする。
「俺は、まほろばだ」
呟く様に答えた声は、奴に届いて居る。
繋がりを感じたから。
奴は純粋に、“まほろば”。
ライを探し求めていた、過去の自分。
哀れなうつしみ。
奴の存在はライにとっての苦しみ。
ライを失いたくはない。
“俺”を失いたくはない。
髪から滴る雨粒が、全身を濡らす。
それが、端から蒸発して行った。
身体が熱く熱を発して膜を作っていた。
雨は更に強くなる。
俺達のココロ模様の様に。
雷が鳴った。
それが合図。
静かな世界は、
唐突に破られ、
戦いの火ぶたが切って落された。
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