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影鬼
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しおりを挟む*美夜子side*
「美夜子さん。ありがとう」
玄関先で樹利亜が笑う。彼女の横には頼もしい伴侶が。これで一安心。私の肩の荷が降りた。
「私の方こそ。会えて嬉しかった」
そこで初めて樹利亜を抱き締める。抱き返す腕は細く、でも温かく頼もしかった。
「本当に夕飯食べてかないの?」
「またの時にね」
「送って行くよ」
元気の弾む声。彼の独り言には嬉しい報告があった。
「貴方も恋人が居るなら紹介しなさいよ」
「ん。近い内に」
「私が、送りましょう」
樹利亜達の後ろに控えて立つ背の高い男性が。不意に言う。
龍太郎さんとよく似た黒い短髪に青に近い黒い瞳。
「明人?」
弟の問い掛けに笑顔で、
「町に行く用事があるんだ」
龍太郎さんの兄だと名乗った男性。明人が、こちらに視線を移す。
「大丈夫。一人で帰れますから」
私より若い。何の他意もなさそうだけれど、何だか構えてしまう。
「ついでなので、気になさらず」
行動が素早く、いつの間にか横に居て、背中に温かい手の平を感じる。
無理に断るのも失礼かと思い、黙って進められるまま玄関を出る。
「また、来るわね」
「私も行くから。あ。服をありがとう」
軽く会釈して、外へ出る。
すっかり陽も暮れて、星が見え始めていた。
体を吹き抜けた風に身震いする。
「こちらに」
包む様に肩を抱かれて、綺麗に砂利を敷き詰められた道を歩く。
普通車が三台停められていた。その中の手前にある白い車の助手席のドアを開けられ乗り込む。
「町のどこですか?」
「清水通りです」
静かに走り出した車内、沈黙が流れて気まずい。
自分の車で来れば良かったと、今更ながら思う。
沈黙に耐え切れなくなって、一番頭を支配していた事が口から零れる。
「“鬼”の血筋なのですよね?」
顔は前を向いたまま、視線だけがこちらを見る。
「そうです。私もそうですが、鬼ではないんですよ」
「―――ではない?」
くすりと、彼から笑い声が聞こえた気がした。けれど実際は目が笑っていただけ。
「“超能力者”です」
あぁ。純子さんも今思えば“予知能力者”。
「きっかけがあれば、“悪鬼”に成り得る。“鬼”に成るのは希ですがね」
「普通の人間であった人が鬼に成るのですか?」
「鬼の血が流れる者ならば。貴女は生粋の“人間”ですから成る事はありません」
言われて安堵と、何故か残念な気持ちにもなった。
「明人さんは超能力者なら、どんな能力があるのですか?」
「さぁ……何でしょうか?」
まるでクイズの様に言われて楽しくなって来た。
「瞬間移動?」
「それは弟の虎之介が」
「予知能力?」
「それは養子に行った長男道彩。彼も鬼です」
兄弟紹介になっていた。
「ご兄弟は何人なんですか?」
「現在の市松の主な兄弟は七名。男ばかりです」
「良いですね」
私にはもう樹利亜と元気しか居ない。
「判りましたか?」
「能力ですか? さっぱりです」
明人さんの口端が綺麗に笑う。
手の中に違和感。
目の前に私の手提げ鞄が浮かんでいた。
「物を動かす能力。“サイコキネシス”です」
「素晴らしいですね」
本当に。素敵で……ゆっくりと手の中に戻る鞄。
「食事でもしませんか?」
また、唐突な問い掛けに、反射的に答えていた。
「はい」
断る事が出来る筈がない。この男性は、若く魅力的なのだから。
~♪
ケータイの呼び出し音に、慌てて鞄を探る。
「もしもし」
『美夜子さん。ありがとうございました』
「心子さん! 大丈夫? 落ち着いた?」
『大丈夫。久し振りに親子でゆっくり眠れそうです。それで、申し訳ないのですが、一週間休みを頂けたらと……』
「もちろん。ゆっくりしてね。じゃあね」
ケータイを閉じる。同時に車が停まった。
「ごめんなさい。着いたの?」
明人さんは笑顔を浮かべ、車から出る。
あくまでもレディーファースト。悪い気はしない。
出ると、そこは大きな日本屋敷。
ちまたで有名な長く続く高級料亭。
「ここは?」
「夕食を一緒にと」
まるで、逃さない。とでも言う様に肩を抱かれて入る。
「お帰りなさいませ」
綺麗な着物姿の女性の出迎えで、屋敷の奥へ通された。
いつの間にこんな予約を取っていたのかしら?
六畳程の部屋。
座るも、落ち着かず。
「ここまで来て何ですが、こんな豪華な所はちょっと……」
「もう少し、話したく思いまして」
向かいに座る明人さんは妙に静かで、不思議な雰囲気を醸し出していた。
「貴女は、朗らかで優しく、美しい女性です」
急に褒められて、頬が熱くなる。
「何を――唐突に」
「貴女は強く、母性溢れる素敵な女性だ」
何だか口説かれて居る気がして来た。
「ありがとうございます。
親戚になる訳ですから、確かに、少し話すのは、良い事かもしれませんね」
自分を褒める事を、そして口説かれてる感じを消したくて、“親戚”を強めて言う。
「失礼致します」
先程の女性が顔を覗かせ、豪華な食事をテーブルに並べる。
「美夜子さん。親戚になる自分の事から話しておきましょう」
そう言った明人さんが、女性をさし、
「この子は、私の姪にあたる静恵で、この料亭は、実家になります」
「え?」
「はい。はじめまして。伯父がお世話になっているみたいですね」
にこりとほほ笑む静恵さん。彼女は30歳前くらいだろうか?
明人さんも同じくらいに見える。
「こちらこそ。これからお願いします」
温かい料理を残して静恵さんは襖を閉めた。
「先程の電話は、今日救われた女性ですか?」
「そうです」
会話がぐるぐるして来た。
「どうぞ、食べながら話しましょう」
言われて、出された料理に手を付ける。
きっと美味しいんだろう。けれど、味が判らない。
「怖くはなかったですか?」
明人さんの問いは至極簡単で、
「怖かったですよ」
単純明快に、そう答えるしかなかった。
「私達が、怖かった?」
「大事に思っている人達を失うかもしれない。それが怖かった」
「元気と樹利亜が鬼である真実は?」
「そんな事、私にとっては些細な事。あの子達が何であれ、元気で幸せなら、それで良いの」
笑みが零れる。
こちらを見ていた明人さんも笑みを寄越して、
「良かった。兄弟の事ですが、私の一つ上の兄、招聘は、“言霊”使い。“言葉”によって人に信じさせたり、忘れさせたり出来る能力なのですが、貴女のお友達に使わせて頂きました」
それは?
「心子さんに?」
「そうです。後あの場に居た病院のスタッフにも。元気が“癒し”に目覚めた結果、すっかり治してしまった。そんな奇跡は知られない方がいい」
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