172 / 210
影鬼
4
しおりを挟む*美夜子side*
元気が入ってから数分、部屋から物音一つしなかった。
それが、倒れる音。
何が起こったのかとドアを開けようとして力を入れるもドアは開かない。
「元気っ!?」
ドアを叩いて名前を呼ぶ。けれど反応がなく。
「大丈夫なのかしら?」
心子さんもドアに手を添え、心配げに首を傾げる。
「あっ!!」
思い出した。元気は“闇”を怖がって居た。
躊躇せず部屋に入ったから、そうとは感じさせなかったけれど。
「美夜子さん」
振り向くと、驚く程“あの人”によく似た樹利亜が立って居た。
黒く長い髪がほっそりとした腰辺りまで伸びて、綺麗なその顔は愁いた表情を湛えている。
まるで、あの人、純子さんが現れた様で、まじまじと見てしまった。
「幽霊を見たみたいに私を見るのね?」
樹利亜の問い掛けに ハッ とする。
「樹利亜……」
「分かっているわ。私の姿はあの人そっくりだもの。そんな事よりも、元気はこの部屋に居るのね?」
樹利亜は真っ直ぐと病室に視線を注ぐ。
「そうよ。今倒れる音がして……病室は真っ暗にしてあるからもしかしたら元気、怖さに気絶したのかも。」
頷いた樹利亜が囁く。
「元気は私にとって“闇の中のオアシス”だったわ。」
細められた目の長いまつ毛が震え、涙を流した様に見えた。
「美夜子さん。あの人は何故、鬼に成ったのかしら?」
樹利亜の言葉には重みがあった。
「それは、本当は貴女を守りたかったのよ」
思わず言っていた。
「守る? 私が守りたいのは元気。」
そう言った樹利亜は、あの時の純子さんと同じ表情をして居た。
****
………………………
病室に見舞いに行く。樹利亜を連れて。
ベッドの上に座る純子さんはいつも薄く笑って居た。
私達を、見て居たけれど、見て居なかった。
「樹利亜は、私が守るの」
この言葉だけは樹利亜の頬を擦り、しっかりと樹利亜を見て言った。
これが帰る合図となっていて、
立ち上がった樹利亜は笑いながらさよならをしていた。
「またね。母さん」
まだ小さかった樹利亜の柔らかい笑顔。
忘れられない。
純子さん。
純子さんは入院から一年後、消えた。厳重に警備された精神病院からどうやって失踪したのか判らないままに。
それから更に一年後、兄は新しい女性との間に元気をもうけた。
行方不明から七年、純子さんの死亡届けを出して兄は再婚した。
………………………
****
「美夜子さん。下がっていて」
回想から呼び覚まされ、目の前に居る樹利亜が目に飛び込んで来た。
明るく輝く黄金の瞳。
髪は風もないのになびいていて、
なんて言うか、神秘的な雰囲気。
「何をするつもり?」
下がりながら訊く。
「人間には理解出来ない事を。」
母親とは違う使い方で同じ事を言った樹利亜。
元気の言った事は、事実?
「あの子は嘘をつかない。そう育てたのは貴女でしょう?」
病室に向き合った樹利亜の言葉に不自然さを感じた。
「私達は“鬼”……母のこと、鬼のことを今は考えるのをやめて。鬼の気配が強くて、美夜子さんの思考が流れてくるの」
その背中が、真剣で。
「判った」
約束をする。
私も嘘はつかない。
樹利亜は頷いて、その扉に手を掛けた。
私達では開かなかった扉が簡単に開く。
そこは暗い闇。
床に倒れた元気の髪が闇に浮かんだ炎の様に色鮮やかで目をひいた。
入室した樹利亜が後ろ手に扉を閉める。
今から何が起こるのか?
私には想像も出来ない。
*
*樹利亜side*
美夜子さんの気持ちが流れて来る。
今は考えたくもない母の事を。
覚えてる。母に会いに行ってた事。
会えるのが嬉しくて、頬を撫でて貰えるのが嬉しくて。
そんな時もあったんだと認める。でも、“守る”? 鬼と成った母が、私を鬼から守る。なんて皮肉としか言い様がない。
“予知”が出来たと、美夜子さんが―――。
首を振る。
今は元気の事を助けなくちゃいけない。
余計な事を考えて居てはダメ。
美夜子さんに完結に伝えて、集中する。
目の前の鬼の気配。元気の様子。
元気が、助けを呼んでいる。弱々しく、あの日の、幼い元気が。
身体にまとう鬼気に力を込める。
揺らぐ髪に、瞳に。
さあ、朱色の鬼よ。覚悟なさい。
ドアに手を掛け開ける。
その暗い闇の中は異質な空間。
明らかに朱色の鬼の能力に呑み込まれた元気が倒れていた。
足を踏み入れると、身体をまとう異質感。
息を殺し、瞳に集中させる。
ベッドに横たわる少年から白い影が、その影は子どもの姿をしている。
「「お姉ちゃんは誰?」」
にじんだ声色と、子どもの声が重なって聞こえる。
「私は、貴方を開放する者。」
「「解らない。ぼくは、邪魔をして欲しくない」」
白い影がにわかに揺らぎ、闇に溶けた。
「「鬼。鬼はすぐ側。お姉ちゃんを捕まえる。お姉ちゃんは捕まった……」」
その言霊は能力。
記憶を呼び覚ましその者を苦しめる。
ならば、私も返すまで。少年の恐怖は?
『……貴方は影を踏まれた。踏まれた者は鬼と成る』
少年に繋がれた機械音が強く跳ねた。
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる