鬼に成る者

なぁ恋

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影鬼

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影はどんなものにも生じる。

おとぎ話のピーターパンは自分の影が逃げ出して、ウェンディーに縫い付けて貰った。

それは物語の中だけだと解って居て、足元に在る影が自分のものだと誰もが思って居るし、それは当り前で……。
でもある日、気付いたんだ。
影が自分のものと違うって。
誰がぼくの影を盗んだの?
この影は、誰のもの?


明るい場所が怖かった。

だって影がぼくを襲って来るから。
日がな一日布団の中に隠れて居る。

怖くて。
怖くて……。


誰か、助けて。
助けて!
 
 
         影鬼~カゲオニ~ 


****
 
 
*元気side*

 
「理解出来ないけど、判ったわ。」

美夜子さんが溜め息を吐きながら椅子から立ち上がる。

「理解出来ない?」
「そうでしょう? 確かに、貴方達は大変な目に遭った。それは否定しないし、兄や義姉を殺した犯人が“あの人”だと言われればそうも思える。誘拐されていた樹利亜の気持ちを考えると、嘘を付いてるとも思えない。
だから、理解は出来ないけれど判った。としか答えようがないのよ」

美夜子さんらしい。
物事を真っ直ぐにしか見られない伯母は、非現実的な事は有り得ないと考えてる。



今日は伯母の仕事場に意を決してやって来た。約束した“理由”を話す為に。
伯母は服屋を営んで居た。
街中に小さな可愛い感じの店構え。その奥には住居もあった。
デザインから縫製し、販売する。
それを伯母と数人の従業員でやっていた。
ここに俺は住んで居て引き取られてから二十歳になるまで店を手伝ってもいた。

「変わらないね。美夜子さんは」

それに笑みを浮かべた伯母が、

「早々人間変わるもんじゃないわよ」
言いながら、壁に備え付けられた棚から数着の服を取り出す。

「これを樹利亜に渡して。あの子をイメージして作ってみたのよ」
それを紙袋に詰めて手渡された。

「ありがとう。喜ぶよ」
「今度は樹利亜も連れて来て」

「判った。」

「それと、元気に暮らしてるのよね?」
「名前の通りにね。」
くすりと笑った伯母は、「名付けた甲斐があったわよ」
誇らしげに言った。


また会いに来ると約束して、店を出る。
街を歩く人並みを眺めながら、この中の何人が“鬼”に成ってしまうのか?
俺みたいに“鬼”に成るのはまれだろう。でも、“朱色の鬼”にならその血族誰もが成りえる。

伯母と甥の関係なのに美夜子さんには全く鬼の血がない。こんな事もある。



 
 
*美夜子side*
 

元気の後ろ姿を見送りながら、あの子の“理由”とやらを反芻する。

鬼退治?
なら桃太郎なのかと思えば自分と樹利亜は“鬼”に成った。何て言ったりして、大丈夫かしら?

でも、妄想にしろ、過去の元気の置かれた立場を考えたら仕方ない気がする。
あの惨劇を私は忘れられない。
当人である元気と樹利亜が例え病んだとしても仕方ない事だと……。


樹利亜。

樹利亜の母親。
  
私はを嫌いじゃなかった。
まだ兄と付き合ってた頃から知ってる。
優しい笑みを静かに浮かべる大和撫子風の美女で、「どこで知り合ったのか、兄のどこが良くて付き合いだしたのか。」
矢継ぎ早の私の質問に、あの人はいつもの笑顔でやんわりと言った。

「普通の人間だから。それが良いの」

普通の人間?
何の変哲へんてつもない普通の男だから良いって事?

だから良いのよ」

その頃の私はまだ十代で、無邪気で素直だった。
だから、あの人の言う事も何の戸惑いもなく信じた。

“幽霊や未来”が見えるのだと言うも私は信じた。

実際に命に係わる私の未来を予知したから、気を付ける様注意された事があった。
確か、「車に跳ねられ重傷を負うから違う道を通って行きなさい。」と、言われその通りにした。

あの時は、そのお陰で助かったと感謝さえしていた。
けれど、何も起こらなかったのだ。始めから、事故が起こるなんて事も、あの人の“妄想”。

元気の話はそんなあの人を思い出させた。
元気の話は、あの人の予知とダブるのだ。

「樹利亜が“鬼”に掴まる」

そううそぶいたあの人は、その妄想に囚われて病んで行った。
 
 
リィーン♪

ケータイの呼び出し音で思考から現実に呼び戻された。
着信は、宮崎 心子みやざき もとこ。昨日無断で休んだ五年働いて貰っているベテラン縫製師。

「はい。心子さん。大丈夫?」
ケータイの向こうに居る心子さんは無言で。
「どうしたの?」
出来るだけ優しく訊く。今までに無断欠勤などした事の無い彼女だから、よほどの理由があると判っている。

『息子が。危篤状態なんですっ』
涙声。
「えっ?! どうして??」
『判らない。息子の言い分を聞かなかったから。あの子は嘘をついてなかったのに!』
「何があったの??」
『私が知りたい! “鬼”が、鬼があの子を傷付けた!』

“鬼”と言った。心子さんは震えた声で続ける。
『“影”を恐れて居たの。自分の影を。そこに鬼が居て、自分を狙って居る。と、部屋を暗くして暗闇の中、布団をかぶって引き籠もって居た……一ヶ月経って変わらないから、無理に部屋から出したの。』
ぐっと間があって、震える声が信じられないと言い表している。
『……全身に切り傷が、一瞬にして出来たの。私が、あの子を信じなかったから!』

何かの暗示かしら?
元気が自分は“鬼”だと告白して、身近に“鬼”が出た。と助けを求める心子さんが現れた。

「どこの病院? すぐに行くから待って居て」

ケータイを切ると、溜め息。
信じてもないのに、元気に電話をする。
何もしないよりはましだと自分を誤魔化して。

「元気。お願いがあるの。」
『何?』
「貴方は“鬼退治”をしていると言ったわね? 依頼するわ」
『判った。……傷付いた子が居るんだね? すぐに店に戻るから一緒に行こう』

元気の言葉が私を驚かす。私は依頼すると言っただけ。
ケータイを握る手に力が入る。元気が戻って来て“あの人”を思い出した日。まだ一日は始まったばかり。
 
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