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毒鬼
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しおりを挟む*元気side*
窓から流れる風景が“元気”として来た事のない場所なのに懐かしさを感じる“寿”が居る。
あの頃とは随分と様子が違うのに、山は、鬼神山は変わらない。
樹利亜も同じ感覚に捕われて居るのか落ち着かない顔で何度も座り直している。
あれからすぐ車で移動した。
樹利亜、龍太郎、まほろばにライと、無言の車内の空気が重い。
人面鴉、磯禅師は束縛し、トランクに閉じ込めてある。
あの後の、美夜子さんの顔を忘れられない。
一部始終を見ていた。
一言。何もかも、必ず話して。と、送り出してくれた。
優しい女性。
俺を育てるのに手一杯でずっと独り身で居た女性。
向かう敵は、哀しさを秘めた女性。
共に居る角を無くした生粋の鬼。
悲哀を感じて居るのは俺だけじゃないだろう。
だからと言って手加減していい相手でもない。
今回は、今までにない死闘になる予感がする。
敵は二人、俺達は五人だと言うのに、不安と自信の無さから溜め息が出る。
同時に車が止まる。
「ここからは歩きだ」
外へ出て広大な山間を見つめる。
「あの辺りが俺達の住む里が在った」
指を差す。
今はただ緑が広がる場所。
そして、一際大きな山を見上げて、
「鬼神山だ」
懐かしい、俺の原点。
山はずっとここに在った。
風にそよぐ樹々が、その何もかもが“おかえり”と言っているみたいで胸が詰まる。
ドッ と溢れる懐かしさと切なさと……零れる涙は“どちら”のものなのか?
そっ と肩に手を置かれて樹利亜の“春”の気配を感じて……その手を重ねる。
「二人で一人だ。俺も、樹利亜も」
背後に居る皆を見遣る。
「行こう」
空を見上げると、太陽は傾いて夕陽になっていた。
綺麗だ。俺の髪の色と同じ色。
一昼夜。もうしばらくは静は眠っている。
それでも、狩らなければならない。
俺の命と“仲間”の未来を守る為に。
決意して山へ足を踏み入れる。
*
*弁慶side*
風が動いた。
俺の腕で静かに眠る静。その顔を覗く。黒髪が柔らかく流れる。
その顔は、出逢った頃と変わらない。
静御前。
名の様な少女は、それは雅に舞った。
その姿は優しく、そして、苦痛に満ちて居た。
初めに目に留めたのは俺だ。
俺が見つけた。
だが、
優しく助け出したのは牛若丸。
牛若丸。
義経は、捕らえどころのない男。
初めて俺を負かした男は、女と見紛う程華奢で端正な容姿。その姿からは想像も出来ない程に漢儀強い男の中の男。
彼は強いばかりでなく、心底優しい男でもあった。だから、寂しく苦しみに満ちた生を生きて居た静を助け出す事も、全身全霊でやってのけた。
静への“想い”が解らないでいた俺に、牛若丸は静かに答えた。
「それを“恋”と言うのだ」
何がおかしかったのか、小さく含み笑い、
「鬼は不器用だな」
そう言った牛若丸が、
「欲しいならやるよ」
何にも執着心のなかった俺は牛若丸の言葉に驚いて、ただ黙って立ち尽くしていた。
どんな形であれ、牛若丸は俺の主人で、静は主人のものなのだ。
違うな。
牛若丸に出逢って、俺は想うココロを持ったんだ。
大切だと想う気持ち。
鬼に生まれた俺は“鬼退治”が始まってからもこの世界へとどまった。
あの暗い地獄よりも、ここの方が増しだと思ったから。
寂しい気持ちが俺のココロを蝕み、疲れて倒れそうになっていた時、触れて来た牛若丸。
牛若丸が居たから、この世界に根付けたんだ。
例えるなら俺の片翼。
だが、あくまでも俺は牛若丸に仕える事を誓った。主従関係を選んだ。
彼は“人間”だ。
人間なのに、鬼を負かす強さを持って居て、俺は最早狂信的に牛若丸を信じて疑わず、彼の為ならば、この命も惜しくはなかった。
罠にはまり、身を挺して牛若丸を護った時、俺の脳裏に浮かんだ顔は、静御前。
この時初めて解った気がした。これが“恋焦がれる”と言う事か。と。
牛若丸が俺を置いて行く決心をした時。俺の背に掛けた言葉。
「弁慶。お前はもう自由だ」
自由?
自由とは何だ?
八つ裂きにされ、土に埋められ、それでも生きて居た。
暗い。暗い地獄の様な土の中で、
静御前。
彼女だけが頭を支配する。
それだけが生きる力になって、実際に静が現われた時、もう彼女しか見えなかった。
なぁ、牛若丸。
俺を一人にしない様にお前は最初から静を選んだのか?
当時の人間は、どんなに足掻いても、50年も生きられなかった。だから?
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