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羅刹鬼
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しおりを挟む*元気side*
壁から霧が入り込む。
空羅寿が来た。
ベッドの影に隠れて様子を見る。
「元気。何をしているの?」
空羅寿の声はどこまでも柔らかく。
「隠れる場所なんてここには無いわよ」
解ってる。
何度も石壁を叩いた。叩くだけで体力が消耗され、正直、動くのもしんどい。
「ほら、見つけた」
満面の笑みで覗く空羅寿。
「この匂いは何?」
観念した訳ではないけれど、力が抜けるばかりの俺は何も出来ない。
「霧の谷に咲く花の香りよ。この花はここしか咲かないの。可愛らしい黄色い花でね、不思議な事に、その花で作った“香”は人の力を奪うの」
不思議も何も、それが本当なのだと身を持って証明してるし。
情けない……
「ここは、きっと快適よ」
「いや。ゆっくりとしてられない」
「貴方の仲間なら、こちらに向かっているみたいよ」
仲間。
「姫をてこずらさせてる。初めての事よ」
空羅寿が含み笑い、口元を袖口で隠す。
「姫が負けたらどうなるのかしら?」
笑っている様で笑っていない。
リン と小さく鈴が鳴る。
彼女の思いは計り知れない。
身体に力が入らなくて、ココロも読めない。
「匂いを止めてくれ」
「嫌よ。貴方は、私のもの」
また、強く鼻につく匂い。
リン
リ――ン リン
空羅寿の鈴が鳴る。
それらはまるで催眠術の様に俺の神経を疲れさせ、眠らせ様とする。
自分が情けなくて、涙が出て来た。
確かに涙は流れた。
それを拭う空羅寿の冷たい指先を頬に感じたから。
***
………………………
小さな女の子が泣いている。
それは閉じ込められて心細くて、親を恋しがり泣いていた。
その周りに居る大人達は冷ややかで、静かに座して居た。
数年後、
女の子は少女に。能面の様な面で、沢山の人々の前で五匹の大中小の蛇を躰にまとわらせて座り、口上を述べる。
「私は蛇を食し生きる女」
どよめく人々の前で、愛しげに蛇に頬擦りする。
そしておもむろに小さい蛇を手にすると、尻尾からつるりと呑み込む。
人々の悲鳴。
少女は口を開き、確かに呑み込んだ事を見せる。
次に、先程より少し長めの蛇を手に取ると上にぶら下げる。
今度は頭から皆に見える様に歯で噛み砕きながら呑み込んで行く。
上向く口端から滴る血。
躰にまとわる残りの蛇達は、静かに舌を出し少女を締め付ける。
そして、太い蛇、太くて長い蛇を順に口に運ぶ。
口を一杯に拡げて呑み込む様は異様で、すべてを喰べ終わると、胃の辺りがぽっこりと膨らんでいた。
まるで妊婦の様に……
泣いていた女の子は“見せ物小屋”に売られたのだ。
作られた見せ物。
売られてすぐ、蛇を生きたまま喰う事を強制され“蛇女”として見せる人間にされた。
蛇を口にしてもうそれからは食事のすべてが蛇。
大量の蛇を自分で飼育し、それを喰う。
少女のココロは凍り付き、表情が無くなった。
しかし、少女は白く美しい外見をしており、やがて、小屋の頭が手を出した。
その美しい躰を弄び、妊娠させた。
だが頭は子どもなど欲しくはなく、無理矢理堕胎させる。
また、少女は妊娠し易い体質らしく、何度堕胎させても妊娠を繰り返す。
それは日常的、生活の一部になり繰り返される。
行為はエスカレートする。
昼間“蛇を食す女”を見せながら、真夜中に“裏の見せ物”として堕胎を見せ始めた。
それは、年に多くて三回。不定期で行われた。
大抵の客は金持ちで、結構な儲けになった。
能面の様な綺麗な顔が、堕胎時のみ苦痛に歪み涙を流す。
それがそう言う趣向の者達に受けたのだ。
少女は女性に成ったが、苦痛のみを味合わされ生きて行く上での楽しみや、何より食べる喜びを奪われて、ココロがもう薄く壊れかけて居た。
どの土地に行っても、蛇と共に。
寝ても醒めても蛇と共に居た。
可愛くも思い、一緒に居る事で落ち着けもした。
タマゴから孵す。
だから喰う時の苦痛は……思考を閉じる。
蛇も己の運命をまるで受け入れた様に彼女に従う。
これまでに何千何万と飼育し、同じくらい喰った。
新たに、胎内に何度も宿した我が子を、形成す前に殺される。
それを見て笑う大人達。
許せない。
何よりも許せないのは男。
無理矢理開かれた花弁。さらにこじ開けられたその実。
その実は、
自分に取って大切なモノだとじわりじわりと解りかけて来た時、子を成す事が難しい躰に成っていた。
空しさがココロを支配する。
ある村の神社での出逢いがそれまでの人生を一転させた。
何気なく神社へ入り、声が聞こえた。
「「ココロを持たぬ娘よ。蛇の加護を受けた娘よ。救われたいか?」」
神社の守り神として祀られた白蛇。
白蛇が赤い眼をこちらへ向けて語りかけて来た。
チロチロ と舌を出す。
「「我にその身を捧げよ」」
その声は命令でもあり、願いでもあった。
それが運命だったのかもしれない。
蛇と共に生きて来た。
それが少女、羅刹の生きて来た道。
救いの無い人間の生を投げ出すのは、とても簡単だった。
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