鬼に成る者

なぁ恋

文字の大きさ
上 下
76 / 210
虎之介奇譚

17

しおりを挟む
 
深い緑が溢れる木々に呑み込まれそうな感覚。

足場が悪く、コケそうになりながら走る。

頭の中に渦巻くのは、我慢して居た自分への哀れみ。

「ぅわぁあああ――――!!」

叫ぶ。
声の限りに。

木霊する声、
鳥の羽ばたく音。

それが消えると、セミの鳴き声だけが耳につく。

土に数年。地上に生まれ出ると一週間程の命と言う。


哀れだ。

けれど、セミは短い命を精一杯生きる。

俺は?


目の前に居ない、覚えて居ない兄と比べる母に、愛して欲しくて、
認めて欲しくて、
足掻いて
足掻いて、
足掻いて。

頼まれた。

「天狗を連れて帰って」

母の願い。
誰が断れよう。

最後の願いを
母のココロからの望みを。

天狗。

自由に生きるには森林が相応しく、都会は狭苦しい。

天狗。

愛しく不思議な生き物。

母の口癖。

天狗
天狗
天狗!


意味は解らなかった。
でも、兄の不思議は、会って理解出来た気がする。

その場にへたりこみ、

涙を拭う。
泣いて居た。
セミが鳴く様に?


“天狗”に魅せられた母を哀れに思っていた。
我が子を手放さなければならなかった親の心。

想像し、自分なりに理解したつもりでいた。



天狗。
俺は母に洗脳されて居たのかもしれない。

天狗に惹かれる。

兄に見えない
思えない。


「虎之介」
 
名前を呟く。 
  
「何?」

名の人が目の前に現われた。

「あ……」

ここは山林。かなり走り込んだ筈。

一気に冷める頭。

虎之介の不思議は?

「天狗って、呼ばれてる」
「母さんが呼んでた」
「そう? 僕は“移動”出来る。瞬間移動。超能力」

超能力?
だから? 突然現われたり? ……この理由にしっくり来て頷ける。

「龍太郎もあるんじゃない?」

言われた言葉をすぐには理解出来ず。

「同じ能力、あるんじゃない?」
「ない!」

即座に返答する。

「気分悪くならなかったし、移動するのも楽だったから」
「意味が判らない!」


自由な兄。
可愛い顔をいきなり近付けて

「龍太郎となら出来るかも」

ニッコリ とほほ笑まれ、

「空へ行こう」

言った瞬間、風景が変わる。





回りは青い青い空。

ゴー って、耳元に風の音が激しく響く。

空を飛んで居た。
違うな、落ちてるんだ。
大の字になって風を受けた体、全身が重力に引っ張られて腹の辺りがくすぐったい。

「あはははははは! やっぱり! 出来るじゃん!」

虎之介の大きく叫ぶ声。
握られた手の暖かみ。
これは、現実。

「わぁ――――!!」

今度の叫びは、楽しくて出た。

雲の間を抜け出ると、小さく見える地上。

山の緑や、
家々

小さく映る地上。

ココロが、スッ とした。

浮き立つ気持ち。



考えても仕方ない。

今まで考えても考えても答えは出て来なかった。
堂々巡り。

空の青が目に入る。
風の心地好さ、
背には暑いくらいの陽の光。

繋がれた手の先の虎之介の笑顔。

好きだと想った。
これからも兄とは思えないだろう事も悟った。

俺は“天狗”に魅了された。

粒の様に見えて居た地上の風景が徐々に大きくなって行く。
 
 
  
瞬きした瞬間、足が地に着く。

「……スゴい」

そこは小さい滝壷のある綺麗な場所。

「ごめんね」

突然の謝罪に、顔を見る。

「大輝に怒られちゃった」

小さく笑って首を傾げる。

「僕、龍太郎にあたっちゃった」

「え……?」

「理不尽だと思って。養子にされたり、帰って来いって言われたり。
でもね。龍太郎のせいじゃないしさ。だから、飛び出したんでしょう?」

「いや……」

多分あれは、嫉妬。
熱くなる頬。

「龍太郎は、僕に帰って欲しい?」

何も考えず、頷いてた。

「そう」



涼やかな滝の音。
しばらくの間聴き入ってると、

「やっぱり、龍太郎も能力あるよ。自覚無いだけで」
「判らない。けど、気持ち良かった!」
「うん。僕も、あんな空まで行けたの初めてなんだ。一人だとせいぜいあの高い木の上までしか行けなかったんだ」

指差した先を見ると、もうその先の枝に居た。

「龍太郎とだったら空の、もっと先まで行けるかも!」

天を指差し大声で叫ぶ。
山林に響く声。

そうかもしれない。

天狗。
虎之介。
 
 
 
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

【R18】孕まぬΩは皆の玩具【完結】

海林檎
BL
子宮はあるのに卵巣が存在しない。 発情期はあるのに妊娠ができない。 番を作ることさえ叶わない。 そんなΩとして生まれた少年の生活は 荒んだものでした。 親には疎まれ味方なんて居ない。 「子供できないとか発散にはちょうどいいじゃん」 少年達はそう言って玩具にしました。 誰も救えない 誰も救ってくれない いっそ消えてしまった方が楽だ。 旧校舎の屋上に行った時に出会ったのは 「噂の玩具君だろ?」 陽キャの三年生でした。

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

友達が僕の股間を枕にしてくるので困る

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
僕の股間枕、キンタマクラ。なんか人をダメにする枕で気持ちいいらしい。

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

婚活パーティーで、国一番の美貌の持ち主と両想いだと発覚したのだが、なにかの間違いか?

ぽんちゃん
BL
 日本から異世界に落っこちた流星。  その時に助けてくれた美丈夫に、三年間片思いをしていた。  学園の卒業を目前に控え、商会を営む両親に頼み込み、婚活パーティーを開いてもらうことを決意した。  二十八でも独身のシュヴァリエ様に会うためだ。  お話出来るだけでも満足だと思っていたのに、カップル希望に流星の名前を書いてくれていて……!?  公爵家の嫡男であるシュヴァリエ様との身分差に悩む流星。  一方、シュヴァリエは、生涯独り身だと幼い頃より結婚は諦めていた。  大商会の美人で有名な息子であり、密かな想い人からのアプローチに、戸惑いの連続。  公爵夫人の座が欲しくて擦り寄って来ていると思っていたが、会話が噛み合わない。  天然なのだと思っていたが、なにかがおかしいと気付く。  容姿にコンプレックスを持つ人々が、異世界人に愛される物語。  女性は三割に満たない世界。  同性婚が当たり前。  美人な異世界人は妊娠できます。  ご都合主義。

処理中です...