鬼に成る者

なぁ恋

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虎之介奇譚

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細い滝に綺麗な水をたたえた小さな湖。
その水辺に見える小屋。

まさか?

「僕の部屋。離れの部屋だよ。はい」

出されたコップには水。
素直に受け取り飲むが、

「いつの間に?」
「うん? これも能力」

笑みにぼーっとなる。

やっぱり天狗以外の何だと言うんだ?


機械音。


小さな小屋に光りが灯る。

「自家発電ついてんの」

ハイテクな天狗。
小屋の戸を開けて手招かれる。

机や本棚、壁に布団が一式畳んである。
普通の部屋。

「ここに人呼ぶのは初めてだよ。普通に来たら大変な場所にあるからね」

山の中。
どんだけ山の中?


「小さい頃から、自然としてたんだ」

小屋の中で座り込み、坦々と話し出した。
俺も向かいに座り耳を傾ける。

「歩くより話すよりも先に“移動”してた」

瞬間移動

「僕にとっては自然で当たり前な事。でもね、親からすれば驚くよね……だからかな。子どもの居なかった伯父の養子として母の実家に送られたんだ」

この場所が、天狗には相応しいと思う。けれど、寂しげな天狗……

「出会った時、楽しそうに感じた」
「うん。天狗のイタズラ。大輝の反応が面白くてさ」
 
  
天狗を奉る神社の在るこの村で、天狗の血筋と言われる家に現われた虎之介は、おそらく腫れ物に触れるみたいに扱われたのだろう。

不思議を身に纏う
神聖な生き物。

大人は崇め、
子どもは恐れる。

歳を取ると共に能力は自在に操れる様になりはしたが、自由に隠す事無く能力を使っていた代償が周りに人が居ない事。

天狗と呼ばれもするが、普通に学校へも通うだろう。

でも、誰も近付かない。

「僕は僕で在りたいから隠す事はしなかったよ。でも説明もされず僕を見ていた村の人は……誰も。誰も」

天狗が言葉を詰まらせる。
だから俺に告白するのか?

寂しいから?


*虎之介side*


話すつもりも泣くつもりも無かった。
なのに何でだろ?
大輝に話したくなった。

彼を散々振り回した。
“天狗”と僕を呼ぶ彼を取り込みたいのか……


こんな気持ちになるなんて、自分でも驚いた。

止まらない涙。
膝を抱えて丸まって泣く。

一人は慣れていた。
一人で気楽だった。
一人が当たり前だと思ってた。

「虎之介」
名を呼ばれ、肩に触れる温かい手。

たまらず抱きついた。
僕よりは大きな躰に身を寄せて泣く。

抱き返してくる腕が優しく背中を擦る。
じぃちゃんとは違う匂い。
じぃちゃんとは違う手。

優しくされたら離したくなくなる。

「大輝ぃ……」
顔を上げると重なる視線。
彼の鼻に鼻を擦りつけ、温かい息が唇をくすぐる……気付いたら唇を重ねていた

初めてのキス。
 
  
*大輝side*


触れた唇は柔らかくて……すぐに離れた。
けど、その感覚は残った。

「ごめん……僕、水浴びしてくる」

うつむいた天狗が瞬時に消えた。
消えた……けど、彼が居た場所には彼の服だけが残ってて、中身だけが? どこに?


パシャ


水音。
“水浴び”は文字通り。湖に入った。
服だけを置いて移動出来るのか。
服に触れる。まだ温かい、天狗の、虎之介の温もり。

触れた唇に指を置く。
何だか
何だろ?
嫌じゃない。

天狗は同性だ。

でも。
初めて逢った時から、ときめいた気持ちは、幻でも何でも無く、真実。

恋だろうか?

胸を掴みながら、小窓から外を見る。

湖に泳ぐ影。
水面から覗く肌……白過ぎる肌が、月の光りに照らされて光る。


彼は、綺麗だ。
彼は……


自然と足が進む。
小屋から出て湖に。

泳ぐ天狗がこちらを振り向く。
気付いたら、水に足を入れていた。
服を着たまま進む。
肩まで浸かる。

「大輝?」

天狗がこちらに近付く。
俺は手を伸ばす。
天狗の頭をそっと掴み、引き寄せ口付ける。

「―――だい……き?」

天狗が腕を絡めて来た。

幻の様な天狗の存在。
抱き締めて、
抱き締め合って、

湖に沈む。

触れ合ったままの唇で、お互いの空気を交換しながら水に沈んで行く。


この高揚感。


口端から出る空気の泡が見える。

揺らぐ水に天狗の顔。
視線が重なる。


次の瞬間には、木の上に居た。
太い幹に座って、俺の上に天狗が座ってた。

「上に乗るのが好きなのか?」
「乗ったのは大輝だけだよ」

ドキッとする。

そんな表情でこちらを見る。
目を細め、重なる唇。

何度も。
何度も……
 
 
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