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隠れ鬼
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しおりを挟む狭い室内を“闇”が侵蝕して行く。
白い壁を黒い影の筋が走り、光り一つ無い“暗闇”が出来上がる。
きゅうううぅぅ と、言う音が微かに聞こえる。
昔、聞いた音。
暗闇から
能面の様な白い顔、左半分現われた。
見開いた赤い眼。
続いて右半分。
閉じた眼から流れる涙。
「姉さん!」
涙を流す、右半分が、樹利亜。
「げ・ん・き」
小さく動く唇から渇いたかすれ声。
左から伸びた四本の長い腕が元気を掴んだ。
「「ツライツラかったあぁあぁ……
やっとヤットでるコトがデキタ」」
“朱色の鬼”
「「オマエが、ニクイ───けれど、ソノいのちワ、すばらしく……ゴクジョウで、ワタシヲいかした」」
元気の頭を握り、続く腕は肩を掴み、後二つが両手首をねじる。
「う……」苦しい息の下元気が口を開く。
「姉さんを、放せ!」
「「ネエさん?」」
「樹利亜を……放せ!」
朱色の鬼、左半分の口が耳元まで上がり笑う。
「「じゅりあ……
ワタシノむすめ。
コドモはオヤとイルのがシアワセ」」
「止めて!
おかあさん。元気を放して」
右半分の樹利亜が眼を開き、哀願する。
文字通り、身体を半分にした状態で二人は存在していた。
朱色の鬼は左側を自由に動かした。
右側の樹利亜は右側を抑えていた。
「止めて!!」
樹利亜が叫び、母親をなだめる。
「「ナニをヤメル?
コイツヲくラエバ、ワタシは、カンペキにナれル」」
言いながら、元気を側まで引き寄せて、
「「じゅりあァ……ワタシたちはカンペキにナれル」」
長い舌を伸ばし、元気の頬を舐める。
「止めて!」
樹利亜の涙は止まらない。
実際に、泣き続けて居た。囚われたあの日から。
*樹利亜side*
おかあさん。
記憶にあるのは、
優しい姿。
優しい声……。
ある日居なくなった。
父は毎日悲しげで、でも新しい母が出来て兄弟が生まれ、
幸せを感じて居た。
誕生日、母に取り込まれた。
あの日に起きた惨劇を、忘れたかった。
なのに、繰り返し視える。
母の呪いの言葉と共に。
繰り返し
繰り返し。
赤い赤い血が流れる。
暗い闇の中。
二人。
産みの母は、もはや“人”ではなく、
繰り返し
繰り返し。
私は、
蜘蛛に捕まった蝶の様に動けない。
ココロが壊れずにいれたのは、元気の存在。
繋がった糸から、彼の“生命”が流れて来た。
それは微量でも、確かな繋がり。
笑う彼の顔が視えた。
成長し、大人になった姿も。
それだけが救い。
私が“人間”で在れた理由。
“母”が動きを止めた。
目の前に佇む、大きな存在の、強い、強い金の眼光に射ぬかれ、その動きを止めた。
燃える様な赤い髪が、暗闇を照らす炎に成る。
「「オマエワだれダ?」」
“母”が震え出す。
「俺はお前の“祖先” 鬼 だ」
自らを鬼と言った男の視線が、静かに、静かに“母”を捕らえる。
歪めた顔をした“母”が、元気を掴む掌に力を込めた。
「う……」
痛みに顔をしかめる元気は体の自由を奪われ、唸る事しか出来ない。
「元気。お前は、出来るだろう?」
言葉の意味を元気は解っているの?
「姉さんが……」
“母”に喰われた躰の半身は、私。
「元気。私は貴方の成長を視て来た……だから自由に、自由になって欲しい。もう“闇”を恐れずに」
涸れない涙を流しながら言う。
「───私も自由にして?」
私のココロからの願い。
それからは、早かった。元気の両手首を掴んだ手が煙を立ち上ぼらせる。
「「アツイィ───!!!!」
朱色の鬼は、悲鳴を上げながら放す。放したその拳に厚みのある力強い手が重なり掴む。
「貴女は悪くないのかもしれない。
父の不実が貴女をそうさせたのかもしれない……でも、やっぱり許せない」
落ち着いた口調。
その瞳が、金色に変わる。
「「グギャアァああぁ!!!!」」
断末魔の叫び。
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