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隠れ鬼
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しおりを挟む声の主。
声の主は、
暗い深い闇の中に、
長く黒い髪が足下まで伸びていた。
白い面が光りの様に浮かび上がる。
姉を、樹利亜の身体を強く締め上げる複数の手は、その“女”から伸びていて、肩の、元々の腕を器用に折り曲げ自分の髪をすき、長い爪で数本を抜き取り、太くて固い髪の毛をこより立て、
母の、父の、唇に刺す。縫い付けながら、
“女”はつぶやく。
「「ウソヲツクカライケナイの……」」
自由を奪われた樹利亜は、大きく呼吸をしながら、
「おかあさん?
おかあさんは、死んだって?」
「「ウソヲツクカラ。ウソヲツクカラ───
樹利亜? おかあさんは、死んだも同然。
入院してた。
長く、精神病院に。
半分寝ている様な状態。
お父さんが、お父さんが……離婚届にサインさせた。
この、コノ、コノオンナとイッショニなるタメにぃいぃイイィ」」
“女”は顔を左右に振りながら、強く強く樹利亜を締め上げる。
「痛い。おかあさん!!」
「「ご、ゴメンナサイ。
痛いイタイ?」」
俺は息をひそめていた。
でも、現実とは思えないこの光景に、ただ聞こえる姉の声に、思わず声をかけた。
「姉さん? 大丈夫?」
「逃げてぇっ!!!!」
樹利亜の叫ぶ声。
「元気ぃっ!!!」
樹利亜の声が響く。
声がこちらに届く前に伸びて来た長い手が、俺の頭をわし掴む。
「「き゛ゃあぁああぁあ!!!」」
聞こえたのは、
俺の声?
違う。
“女”の声。
俺がした事。
握られた腕をねじりあげ折り曲げる。
死にたくない。
ただ、その思いが頭を一杯にしていた。
内から熱くたぎる様な“力”が沸き出て“女”に悲鳴を上げさせる程に、掴んだ手をさらにねじり、鈍い音が手の中で響いた。
ボキッ と。
「───げ……んき?」
そして、か細い樹利亜が呼ぶ声に力が緩んだ瞬間、俺の手からすり抜けた“女”が空気が抜ける様に縮まって、萎びた手の長い爪先で樹利亜の胸を刺すと、暗い小さな穴が開いた。その穴に、まるで吸い込まれる様にして“女”が消えた。
樹利亜は苦しそうに顔を歪め、きゅううぅぅと、変な音を出しながら、
“女”が開けた穴へ、くるん。と、自分の体がまるで、外から内側にひっくり返る様に縮まりながら吸収され、消えた。
俺は一人、血だらけの室内に取り残され、そのまま気を失った。
まるで、蜘蛛の様な“女”は、姉を連れて“闇”に消え、
でも、細い糸の様に髪の毛を俺に巻き付けていた。
それは消えない印の様に、どこに逃げても捕まえられる様に残されたモノ。
俺は怖くて、全てを封じた。
記憶と共に、能力と蜘蛛の糸を。
ゆっくりと眼を開くと、まほろばに握られたままの手が見える。
そして、視えた。
小指から伸びる一本の黒い髪の毛。
「思い出した。あの時は幼すぎて無意識にしてた。“女”に負わせたのは、骨折だけじゃない。内側から壊した。“破壊”したんだ」
まほろばも同意する様に頷き、
「だから、娘を連れて行った。“生”に執着し、娘の身体に潜む事で、溶け合い。混じり合い。生き長らえる為に」
そして、と、間を置き、
「繋がった“糸”から少しずつ“生命”を盗られている」
小指にある細い髪の毛の先には“闇”があった。
「隠れていても、繋がったままでは意味がない。」
「姉は?」
混じり合ってしまったなら。
「12年経っている……」
「助からない?」
静かに頷くまほろばが、
「彼女の“意識”があるままなら……地獄だな」
樹利亜。
姉を想い、繋がった“糸”を握る。
『───げんき───』
頭に直接聞こえた声は、
「姉さん?!」
俺と繋がる空間。
ただ暗いだけだったそこから“闇”が広がる。
「現われる」
小さくつぶやいたまほろばの、
額に二本の角が、
口から覗く牙が、
全体を覆う“闘気”が、物語っている。
姿現わすは、朱色の鬼。
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