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精鬼
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しおりを挟む傷付いた頬を擦り、駆け出す。
温室が小さく扉を開いた。流れ出る鬼気に震える体。
恐怖心がかすめる。
否、まほろばはまほろばだ。
ガラス扉を開き中へ入ると、目に飛び込んで来たのは“鬼神”の姿。
両足から腰辺りまで無数の骨がすがる様に群がり、まほろばの動きを封じていた。
彼の目の前には壁にしがみついた震える一人の男、守恵人。
そして重なる様に寄り添う少女、慶子。
止める事、
これが限界だった。
まほろばは硬い爪を伸ばし、振り下ろす。
「まほろば!!!」
何も考えず、
ただ、彼らの前に飛び出して、かばう形でまほろばの爪を胸に受けた。
五本の筋が身を引き裂き血を吹き出す。
まほろばのあの姿での攻撃は、守恵人と慶子は消滅し二度と転生出来ない。
何故だかその事が解った。
まほろばの能力は、そうした力を持っているって、
その能力を奮って、朱色の鬼を絶滅させたんだ。
二度と再び俺を失わない為に。
なのに、まほろばの見開いた金の瞳に映る青い髪。青鬼ライの俺の姿が見えた。
香る血のニオイは、まほろばを正気にさせるには十分だった。
*まほろばside*
ライの、甘いライの香り───
「ラ……イ?」
思考が戻り、目の前に倒れたライを確認する。身体から力が抜け足が頽れる。
ガチャガチャと、すがり着いていた亡者達が音を立て崩れた。
「ライ?」名を呼ぶが、返る返事が無い。
「ライ!!」
「まほろば……」小さく息を吐き出しながらライが目を開く。
胸の傷から流れ出る血潮。
震える右手で傷口を包み“癒し”を施す。
程なくして血は止まる。だが、
引き裂かれた服から覗く鋭い爪痕は、くっきりと残った。
「ライっ! 何て事を!」小さなライを大きな腕に抱いた。
「まほろば……ごめん。本当に独りにさせて、永い孤独を過ごさせて───ごめん」
青白い顔は、悲しい笑顔を浮かべ謝罪の言葉を述べる。
「そんな事は! 今が一緒に居られる。
また。失うかと───……」
溢れる安堵の涙。
「大丈夫、大丈夫だから」ライは安心させる様に俺の腕を擦り、耳元に顔を寄せ、
「もう、離れない。居なくならないから」
本心から、誓いの言葉を囁いた。
すると、徐々に落ち着いて来て、自身の居る場所を仰ぎ見る。
薔薇の花弁が舞うこの空間は静かで。
薔薇は荒れ、覗く土から無数の骨が見え隠れしている。
俺の周りにもおびただしい数の“しゃれこうべ”が重なり倒れて居た。
この犠牲者の数は、守恵人と慶子の“罪”の数。
「守恵人……私達は逝かなければ」言いながら慶子が我が身を抱き締め、
「愛して居るのに触れ合えないのは……切ない」
慶子の言葉に我が身を抱き締めたまま守恵人が涙する。
「解っていたさ……ただ、一緒に居たかった。
幸せになりたかっただけ」嗚咽する。
「必ず生まれ変われる」
ライは確信を持って語る。
俺の腕から身を起こし、
「俺達はそうして再び巡り逢えた」
俺に身を預けながら幸せそうにほほ笑んだ。
「そうね」俺の、ライの過去を垣間視た慶子は静かに頷いた。
「俺達の“罪”も一緒に連れて逝こう」守恵人が慶子を慶子が守恵人を互いを抱き締めた。
彼らは、長い年月を“朱色の鬼”の能力で生き長らえて来た。
だから“血の珠”を抜けば“命の元”を抜くのと同じ。
死を迎える事となる。
「どうしても、俺には必要だから。
……君達の命を貰うよ」
ライはゆっくりと腕からすり抜け、彼らの前に進み出る。
─── 一緒に居たいだけ。
けれども、代償は人の“生命”
それは許されない“罪”
「“朱色の血”よ。出て来い───」
彼らの額に手を翳し“言霊”を使う。
二人の関係を哀れんで悲しみを宿した声色で。
「慶子「守恵人……」
互いを呼ぶ声が切なく交差する。
次の瞬間。
全身からほとばしる赤い血の珠が両手の平では足りないくらい飛び出して来た。
そっと後ろから添え、鬼本来の大きな手でライの手を助け体を支える。
全ての血液が無くなると、守恵人の体が前のめりに倒れた。
彼の体は干からびて、薔薇の亡者と同等になる。
やがて静寂がその場を包んだ。
じわりとライの体温を感じ安堵する。
そして、その両手一杯に溢れた“血の珠”を見る。ゆるりと熱を放ち始める血珠。
掌がその熱に慣れて来ると、珠は小さくなり、全てがライの体内へ吸収される。
一度に沢山の吸収は初めての事、
ドクンッ
ライの心の臓が、大きく波打った。
“中和”が終わると、落ち着き浅く息を吐く。
ライは体を伸ばし、安心した様にもう一度息を吐き出すと裸の胸板にもたれ掛け、俺を見上げる。
優しい瞳は、
優しいままにほほ笑んでいる。
「本当にデカいんだなぁ……」
「怖いか?」
見上げたまま、
「まほろばが怖いなんて思った事ないよ」
ほほ笑む。
ザザ……
砂が流れる様な音が微かに聞こえて来た。
“主”の居なくなった洋館の“幻”の崩れ行く音。
温室も小さな振動から大きな振動に変わり、ガラスが割れ落ちた。
「行こう」
勢い良く立ち上がり、ライを抱えて“薔薇の園”から静かに飛び出すと、大きく跳躍し入口となった木の上に降り立つ。
そこから見渡す洋館の最期。
形あるものが幻の様に砂になり風に運ばれ流れて行く。
それは静かに、
朽ち崩れた洋館の後は、割れ落ちた温室から流れ出た薔薇と、無数の人骨が溢れ見えていた。
雨の止んだ空、雲の隙間から柔らかい陽が射し、その場を照らした。
人骨の周りから“白い玉”が揺らぎ出現する。
数を増すそれらは“魂”と呼ばれるもの。“人魂”はゆらゆらと廻り、少しずつ空の光りの中へと消えて行く。
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