まじないとのろいと

なぁ恋

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白い団体と三番目の王子

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真実を知ってから数日、よく晴れた日の午後に差し掛かる頃、仰々しい真っ白な団体がこの山村に現れた。
その代表者だと言う白衣に金の刺繍を首元袖口に施された豪華な服装の男が母を見て微笑んだ。

「元気で居たか?」

母はしばらく呆然としていて小さく「あなた……」と呟いた。

その男は私の父親だと言う。共に現れた団体は、教会関係者と聖騎士様方。そして、

「お前が聖女の妹か? ちっとも似ていないな」

幼い物言いの赤髪に赤い瞳の恐ろしく美しい顔立ちをした少年。
この国の第三王子 ハルク=ドメラルクだと言う。

王族と顔を合わせるなど、一生縁のないことだと思っていた。それに父親と再会するなんて思ってもいなかった。

どこか他人事のような目の前の現実にただ、
「ようこそいらっしゃいました」
と歓迎の言葉を口にし、いつもの笑顔で皆を迎え入れた。

その日山村は、いつになく賑やかで歓迎ムード一色だった。
団体はうちの側にテントを張り、そこで野営をするそうだ。
いつになく違った環境に恐怖で強ばる頬が痛い。

「さて、こちらに赴いたのは、これから魔の者が現れると聖女様が“予言”をなさったからだ」

父は感情の見えない目を私たちに向けていた。

「聖女様が“聖なる檻”にて捉えていたが、今宵、赤い月の照らす暗闇にて魔の者が動き出す。そう言われて討伐に来たのだよ」

聖なる檻

“祝福”された家の周りはいつでも暖かく、地面は夜でもほんのり明るく発光しているように見えた。
そう。この家の周りだけがそのような状態で、“聖なる檻”と言う言葉に当てはまるのではないかと一瞬全身が冷える。

「そう……なのですね」
恐ろしさに身がすくむが、それをお首にも出さずいつもの仮面を貼り付けて頷く。

今宵何かが起こる。

今はまだ太陽は明るく地上を照らしている。
太陽。聖女の名は“太陽”の意味を持つ。
対して私の名は“月”を意味するのだ。

赤い月の夜、暗闇に現れる魔の者

家を囲むようにテントは張られていて、白い団体からピリピリとした緊張感が漂っているのは気のせいじゃない。

村人よりも白い団体の人数は多くて、剣を携えた屈強な男たちがほとんどだ。
不穏な空気を感じないのか、呑気な村人たちは通常通りで、ニコニコと果実や畑、井戸水の“聖女の祝福の奇跡”を説明をする者までいる。

「ムン。うちに入りなさい」

母の手招きで室内に入る。戸を閉めて一息ついたところで、

「何か、良くないことが起きそうな気がするの」
母が暗い顔をして言う。

「私もそう感じたわ」
未だに背中がゾワゾワするのだ。

コンコンと戸を叩く音と、「私だ」と断りもなく入って来たのは父だ。
ひょろりと背の高い父の後ろから頭一つ分背の低いハルク王子が顔を覗かせる。

「へー、小さいけど暖かな室内だな」

ハルク王子は前へと押し入り、父が一瞬顔を顰めた。

「ハルク殿下。着いて来たいと言う願いは叶えましたが、それ以上は自重して頂きたい」
それは嫌そうに言葉を吐く。

「判っているよ。俺はどこまでも傍観者であれ、とのことだったよね。父上からも聖女様からも言われているよ」
にっこりと音がしそうな笑顔で父を見上げる。

「家族の再会です。それにも水を差さないで頂きたい」

厳格さを醸し出す父を、母はただ傍観している。
母の態度からも聞いていた父親像とはかけ離れた印象を受ける。

「とても、出世なさったのですね」
母が声をかけた。

「ああ。聖女様のお陰で、多くを学ぶことが出来たのだ。もうただの農夫ではないのだよ」

輝く笑顔とはこう言うものなのだろう。父はどこまでも誇らしげに“聖女様”を語る。

「水を差すつもりはないさ。積もる話もあるだろう? 取り敢えずは夫婦で話すといい。俺は妹に外を案内してもらうよ」

ハルク王子は有無を言わさない強引さで、私の腕を掴んで外に飛び出した。
背後で父の叫ぶ声が聞こえたが、それさえ聞かぬふりで前へ進む。
テントを越えて、まばらな家屋の中央まで歩き進める。
誰も私たちの後を着いて来る者はいなかった。

これを“わがまま”と言うのだろうか?
突然立ち止まるからそのままハルク王子の背中に顔をぶつけてしまった。

「お前は覚えているか?」

背を向けたまま訊かれたことに首を傾げる。

覚えているか? 
何を?

「初めてお会いしました。何のことか分からないです」

掴まれた腕に力を込められて、少し痛みを感じた。

「俺は、“永遠の三番目”だ」

ハルク王子は振り向いて、その美しい顔を歪めたのだ。
“呪い”の発動にはそれで十分だった。

瞬間、 ひゅっと息が詰まり、息が出来なくなった。
苦しくて苦しくて喉元を掻き抱く。

ハルク王子が目を見開いて私を見ている。

ああ、私はこのまま死ぬのだ。
涙の溜まる霞んだ視界に、ハルク王子の赤い色は燃える炎のようで綺麗だと思った。

突然強く抱きしめられ、私の口が塞がれた。更なる苦しさに口を塞ぐものの赤を掴み引っ張るもびくともしない。
次に口の中に違和感を感じてビクリとするも、苦しかった喉奥にゆるゆると吹き込まれて来たのは空気。
唇が解放されて、激しく咳き込むも、少ししたら普通に息ができるようになった。

安堵したところで赤い瞳と目が合った。物凄く近い距離にハルク王子の顔があった。
頬を両手で挟まれ、覗き込まれている。

動けない。
違う意味で息が止まった。

「“呪い”だろう?」

揺らぐ赤い瞳は何かを期待しているようで、
「はい。姉からの置き土産です」
素直に答えていた。

「やっと同じ時間軸で巡り逢えた。長かった。

そう言ってハルク王子は私の唇にはそれを重ねたのだ。
さっきのも、だったのだと気付いた。
このまま空気を私の中に送り込んでくれたのだ。
こう言う解除の仕方もあるのだとただ驚いていた。

ことよりも、その方法に驚いた。
少し経つと、満足したのかハルク王子の顔が離れていく。

「治して頂きありがとうございます」
まずは感謝の言葉を。

きょとんとした表情のハルク王子は、
「お前は、もしかして、この行為を、男女の何たるかを知らないのか??」
心底驚いた顔で訊くから、正直に答えた。
「それはなんのことですか? 唇を押し付け合うことは解呪の一環ではないのですか? 私の“呪い”は発動すると“息が出来なくなる”ことなので」

“呪い”と訊いたからにはその対処法なり王族だから知っていたのだと理解したのですが、そうではなかったようです。

















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