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本編
王女と竜
しおりを挟むお母様とお父様に会いたくて二人の居るであろう庭園まで空を見ながら歩いていた。
今日も空は良い天気ね。
生えて来た長い尾にまだ慣れないから、女性騎士と手を繋いで、ゆっくりゆっくり歩いて進む。
花の綺麗な色がとっても素敵ねとのんびりと歩いて……
突然の悲鳴と怒号が耳に届くまで、いつもと変わらぬ柔らかな日だとふわふわと笑ってた。
お父様が死んだ。
何が起きたのか判らない。
狂ったように笑うお母様の声を今も時々夢に見る。
お母様の目の前には何かに食べられて行くお父様が……
悲鳴を上げそうになった時、目の前は扇に遮られて、ユースローゼお姉様が呟いた。
「そなたは見なくていい。」
思わず仰ぎ見たお姉様の表情はとても静かで、それで落ち着きを取り戻したの。
お母様は話すことが出来なかった。なのに色んな言葉が口から吐き出されて……だけど、理解するよりも早く、
「貴女は聞かなくてもいいの。」
ナーイアウロお姉様が優しく両耳を手で塞いでくれた。
そうして見なくてすんで、聞かなくてすんだ。
お姉様方はいつも静かに守ってくれる。
私はそのまま意識を失ったの。
それからの日々時間は、現実味がなくて。訳の分からぬまま、葬儀の日が来て、お父様の亡骸の前でお母様がお話をしている。
言葉の意味が解らない。
お父様とお母様はとっても素敵な夫婦だった。
私はそんな二人が大好きだった。
なのに。
お母様は“憎い人”とお父様を罵りながら、それでも涙を流してお父様の骨を食べる。
ユースローゼお姉様はもう覆ってはくれなかった。
まるで見ていなさい。とでも言うようにその光景を静かに眺めていて、私もそうしないといけない気がして見つめる。
「これも一つの愛の形なのよ」
傍に居たナーイアウロお姉様がそう小さく呟いた。
「はっ! ……愛とは毒よの……愛する者が死したならば私ならば自死を選ぶ」
ユースローゼお姉様が吐き捨てると、
「私は狂ったよ」
お姉様の問いに答えるみたいにお兄ちゃまが言った。
途端に皆静かになった。
「今日はお開きにしましょう」
ナーイアウロお姉様がそう言ってくれたからやっとこの場所から開放されるとホッとしたの。
待っていてくれた女性騎士に飛びついたら抱き上げてくれたわ。
もう、私は疲れたの。
柔らかな腕の中で安心していると、叫ぶ声が聞こえて来て、それはお兄ちゃまだと判って、頭を上げると目に映るのは、狂ったように叫ぶお兄ちゃま。
誰かの名前を呼んでるの?
切羽詰まったその様子は尋常じゃない。
恐ろしくなっていると、お兄ちゃまの気配が変わる。
反射的に目を瞑り、開いて視界に飛び込んで来たのは、大きな黄金の竜が城を壊して咆哮していた。
ガラガラと崩れる音。
私は騎士に抱き締められたまま城の外の大樹の側まで来ていた。
大きな竜。
綺麗な、私だけの黄金の竜。
私だけの?
───私は狂ったよ
何故か先程のお兄ちゃまの言葉が心に根付く。
そうか。
そうだ。
あの竜は私の竜ではない。
あの竜は、お兄ちゃま。
アウローレンスお兄……様。
ガラガラと崩れるお城の破片が降り注ぐ中、危険なのも構わず誰かがアウロお兄様の傍に行ったわ。
あれは、アンス。女性騎士近衛隊隊長のアンス。
あれだけ吠えていた竜のお兄様が静かになって頭を垂れた。それを受け入れるようにアンスが撫でて、目元にキスをしたわ。
それからすぐに、小さな、私のよく見知っているお兄様の姿に変化していた。
そして甘えるように抱き上げてもらい、それは幸せそうに目を細めたのだ。
私はとっても目が良いの。
だから細部まで良く見えた。
不思議な光景だった。
怖くないの?
あんなに大きな竜に戸惑うことなく駆け寄って……私は少し怖かったのだけど、小さなあの子を拾った時、大切に愛してあげるって約束したから……
私は。私は、小さな普通の女の子だったの。
ただ、王女で在っただけ。
それを思い出し始めたのは、アウロお兄様が女性騎士に噛み付いた時。
怖かった。
白い薔薇の花弁が一瞬で赤に染まるさまは美しくて恐ろしかった。
私はこの光景を、私の目で前に見てる。
そう感じてから、繰り返し夢を見るの。
私よりも小さな黄金の竜。
その子を拾ったのは白い薔薇の園。
怪我をしていたの。
赤い血が白い薔薇の花弁に落ちて地面に赤い血溜まりが出来るほどに流れてた。
このままでは死んでしまう。
「ねえ、あなた。死んでわダメよ。……そうね。死ななければ私が大切に愛して上げる。」
そこには崇高な想いは欠片もなくて、傲慢な王女は命令すればどうにかなると本当に信じていた。
実際には、言葉にした小さな願いを周りが知らぬうちに叶えてくれていたから、それが当たり前だと認識してしまっていた。
私の言うことは叶う。と無敵だと本気で思っていたから、
死なないで。私が言えばそれは叶うと。だから慌てた護衛たちが側に来て小さな竜に手を伸ばした時、大丈夫よと下がらせた。
愚かで何もしらない子どもだったのよ。
奇跡が起こると信じていた愚かな私は何も起こらないことに首を傾げる。
苦しい息の下、小さな竜が弱々しく鳴いた。
可愛そうになって手を伸ばし傷付いた小さな体の下に手を差し込んだ時、折れた白薔薇の棘が柔らかい手の平を傷付けた。
一瞬痛いと感じたけれど、そのまま小さな竜を抱き上げた。
すると、傷付いた箇所が熱くなって、小さな竜が光輝いた。
私の血と竜の血とが交ざり合った結果、知らぬ内に“契約”が成されて居た。
血溜まりはいつの間にか無くなって、私の腕の中、黄金の小さな竜がその赤い眼を瞬いて私を見つめていたの。
綺麗と溜息が出たわ。
そして名付けたの。
「あなたの名前は“アウローレンス”よ。私は王女のユースセリア。よろしくね」
無邪気に何も知らない子どもは、名付けて竜を“縛った”。
竜と“血の契約”と“名の縛り”を。
その時まだ5歳だった。
私は何の感情も伴わない愛の誓いを竜と交わして、竜はそれを受け入れた。
私は。私は、小さな普通の女の子だったの。
ただ、王女で在っただけ。
そうして竜は私を番と見なし、私の魔力を糧に傷を塞いだのだ。
瀕死の竜も死にたくないが故にそれに縋ったのだと後に全てを告白してくれた。
けれど、こんな事は今までに前例がなく秘匿とされ、二人の関係は事実上無いものとされ密かに王城に閉じ込められた。
自由は、王女の自室と白い薔薇の園まで。
白い薔薇のーーー……
“お兄ちゃま”に駆け寄って転んでしまいそうになって恥ずかしかったわ。
ガゼボはあの頃は無かったなと思ったところで、現実に浮上する。
アウローレンスお兄様。
黄金の竜アウローレンス。
私はユースセリア。
王女ユースセリア……。
三番目の王女。
唯一の王女ではない。
幼い私はここで混乱する。
そうして概ね意識を失う。
それを何度も繰り返し、魂が目覚め始めていた。
───対となる魂を揺さぶりながら……。
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