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本編
結界
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少年が駆け出し、ヴァロアが後を追う。目の端に見えては居たが、“癒し手”である私は、目の前の患者が何よりも優先事項。
アンスと王子の全身を視て、
共に大丈夫だと確信し安堵の溜め息を吐いた。
不意に肩に鈍痛を感じよろける。
「なん、だ?」
身体に纏う痛みの波。
息も苦しくなり、早く家に帰らなければと言う思いが沸き起こり、あの道へと駆け出していた。
「ねぇ、マム。もしかして、運命の片割れが危ないの?」
ロアが翅を高速で羽ばたかせ私の周りをくるりと回りながら訊く。
「なんの……」
そこで、はたと気付く。
ウォールと私の繋がり。
「ウォールが……危ないのか?」
半信半疑で、
「鈍感ね。マムの感じた痛み、彼の痛みよ」
ロアが解説する。
並行して飛ぶユグが、
「仕方ない。“繋がり”は自覚して行わないと気付かないこともある。
最初は言及しなかったが、守護者の一族なのだろう? 冗談でなく“聖女の末裔”の」
ユグの言葉に、確かにヴォクシー辺境伯の祖先に聖女が居たと聞いたことを記憶している。
「何でそんなこと知ってるんだ?」
「その“聖女”とは面識があったのさ。マムは小さくない“魔力”と、聖女に限りなく近い“聖力”を持っている。“先祖返り”と言うものかもしれない。
余談だが、アウローレンスも祖の竜に最も近い存在だ」
会話している内に大樹の元に辿り着くが、少年の姿は見えず、ヴァロアが呆然と佇んで居た。
「どうした??」
「ウィクルムが飛び込んだら、閉じてしまった」
「大丈夫よ! 私たちが“開ける”から」
ロアがユグの手を取って、大樹の中心へ二人空いた手を当てる。
ヴォン と、言葉に出来ない音が響き、木の内側から花弁が舞いその部分に大きな洞が現れた。
少年の時とは違う繋がり方だ。
振り向いたロアが、
「“精霊”としての私たちはあちらの世界に居るから、“妖精”で在る私たちは二人で一人前なの。だから“金色の花”の力を借りてことを起こすの。さあ、行かないと、あちらの古木が目を覚ましかねない」
不思議な言い回しをする。
「マムはあの家に“結界”を張ってるんだ」
無意識にだが。と、ユグが言う。
「完璧な結界だよ。闇の者は入れない、そして怨霊を眠らせていた」
どう言う?
「マムは媒体を使わず結界を張れるんだよ。魔森は媒体に囲まれていただろう? “ストーン”と言ったか?」
「なっ……」
「何故そんな“結界”が要るか? それはあの場所が穢れているからさ。だからマムはそれを浄化する為にあの場所を選んだんだ」
さあさあと、急かされ先に飛び込んだヴァロアの後に続く。
「放って置いたら、魔森のような場所が出来るところだったんだよ」
聞き捨てならないことを言われ驚くしかない。
「結界の訓練も基礎の基礎で辞めてしまっていたのに、無意識に出来るのだから、やはり血族の能力は侮れない」
ユグが鼻を鳴らし一人頷いている。
結界の訓練のこと。話してなくても“傷”から得た私の記憶を辿ったのね。
「さあ、出るわよ」
見慣れた風景が目に入る筈だったのだが、視界に広がるのは不自然な黒い霞を背負った人物。
黒い服装から大家であると推測出来たが、まるで人には見えない。
ヴァロアが剣を抜いて威嚇している。
私の目に飛び込んで来たのは、「ウォール!!」
ウォールが大家の足にしがみついている。
懐かしい柔らかな瞳が苦しげに細められ、眉根にシワを寄せている。
痛いだろうに、その腕は男を掴んで離さない。
こちらに目線が擦れ、瞬間視線が絡む。
不思議な感覚に包まれる。
周りの声は霞んでウォールと私の二人しか居ない空間が出来た。
「マム。この人は“腐敗したモンスター”に呑み込まれている」
魔森の内側に封印された存在。
人ならざるもの。
そう。
この家を見つけた時の違和感を思い出す。
“癒し”を求めてる。と思ったんだ。
珍しい、古木をそのまま使って作られた家。
私が居ないといけない。
と、無性に思った。だから強引に借りたんだ。
「ウォール……。お前はそれを抑えて居るんだな?」
頷く。縋り着くことで結界の内に固定しようとしていたのだ。
「そう。そうしないと、この人は“腐敗したモンスター”に変化してしまうから」
二人の時間はゆるりと進む。
違う時間軸の私は、大家と話している。
*
「あぁ、女。やっと来たか。この家は引き払ってもらうよ。」
いつもとは違う自信に満ちた話し方。
「……まだ。了承していない」
この土地の秘密が判らなければ。
「マム……」
ウォールが古木に目をやる。
そう、この古木を私は気に入ってここを選んだ。
そう。古木だ。
「持ち主が言うことには素直に頷くのが女だ。女の役目だ」
大家ロマノ。
なるほど、女が鍵。
『だから、職を手にする女は生意気でいけない。ローム。私の言う通りだったろう?』
こちらが腐敗したモンスター。
足裏に違和感を感じ目をやると、古金貨が三枚散らばっていた。
あぁ……なるほど、“古金貨の殴り屋”。その正体がこの男。
更に床に転がる麻袋の口から覗く人の髪。
もう一人の犠牲者か?
少年に執着する男。
それは、生き残った少年ウィクルムを目の前にしてそのタガが外れた。
少年は本来の、出逢った時の姿に戻っていた。
私は私の暴走で実家から解放され、能力を持て余していた。護る術は中途半端で、その仕組みであるウォールとの繋がりは無意識の内に繋げた癒しの糸。
だけど、こうして目の前に居るウォールを見て感じるのは二人の強い絆。
ユグの手で細くなった癒しの糸が互いから新たに伸び絡み、幾重にも重なり太く強くウォールと私を繋ぐ。
これがヴォクシー辺境伯の護りの要なのだろう。
この家の結界が濃くなったのを感じた。媒体は古木。
なるほど。
確かに私は結界を展開していたのだと確信した。
同時に今まで疑問に思っていた古木の違和感が膨らみ始めた。
木は、良くも悪くも取り込みやすいのだ。
その太い幹が蠢いた。
まるで、目の前に対峙する大家、男に反応するように、まるで心臓の鼓動のように波打つ。
ユグが“怨霊”と言った。
土地や建物に縛られた死者たち。
古金貨の殴り屋。
それに取り憑いた者。それは亡霊。ユグの言う闇の者?
この家の古木の変化。
私が居る時は何も感じなかった。
今目の前の大家が居ることで古木が目を覚ました?
古木。
女。
連続殺人。
蠢く古木。
ああ。なるほど。
男はこの古木の下に死体を埋めたのか。
そう理解した時、目の奥の何かが開いたのを感じた。
アンスと王子の全身を視て、
共に大丈夫だと確信し安堵の溜め息を吐いた。
不意に肩に鈍痛を感じよろける。
「なん、だ?」
身体に纏う痛みの波。
息も苦しくなり、早く家に帰らなければと言う思いが沸き起こり、あの道へと駆け出していた。
「ねぇ、マム。もしかして、運命の片割れが危ないの?」
ロアが翅を高速で羽ばたかせ私の周りをくるりと回りながら訊く。
「なんの……」
そこで、はたと気付く。
ウォールと私の繋がり。
「ウォールが……危ないのか?」
半信半疑で、
「鈍感ね。マムの感じた痛み、彼の痛みよ」
ロアが解説する。
並行して飛ぶユグが、
「仕方ない。“繋がり”は自覚して行わないと気付かないこともある。
最初は言及しなかったが、守護者の一族なのだろう? 冗談でなく“聖女の末裔”の」
ユグの言葉に、確かにヴォクシー辺境伯の祖先に聖女が居たと聞いたことを記憶している。
「何でそんなこと知ってるんだ?」
「その“聖女”とは面識があったのさ。マムは小さくない“魔力”と、聖女に限りなく近い“聖力”を持っている。“先祖返り”と言うものかもしれない。
余談だが、アウローレンスも祖の竜に最も近い存在だ」
会話している内に大樹の元に辿り着くが、少年の姿は見えず、ヴァロアが呆然と佇んで居た。
「どうした??」
「ウィクルムが飛び込んだら、閉じてしまった」
「大丈夫よ! 私たちが“開ける”から」
ロアがユグの手を取って、大樹の中心へ二人空いた手を当てる。
ヴォン と、言葉に出来ない音が響き、木の内側から花弁が舞いその部分に大きな洞が現れた。
少年の時とは違う繋がり方だ。
振り向いたロアが、
「“精霊”としての私たちはあちらの世界に居るから、“妖精”で在る私たちは二人で一人前なの。だから“金色の花”の力を借りてことを起こすの。さあ、行かないと、あちらの古木が目を覚ましかねない」
不思議な言い回しをする。
「マムはあの家に“結界”を張ってるんだ」
無意識にだが。と、ユグが言う。
「完璧な結界だよ。闇の者は入れない、そして怨霊を眠らせていた」
どう言う?
「マムは媒体を使わず結界を張れるんだよ。魔森は媒体に囲まれていただろう? “ストーン”と言ったか?」
「なっ……」
「何故そんな“結界”が要るか? それはあの場所が穢れているからさ。だからマムはそれを浄化する為にあの場所を選んだんだ」
さあさあと、急かされ先に飛び込んだヴァロアの後に続く。
「放って置いたら、魔森のような場所が出来るところだったんだよ」
聞き捨てならないことを言われ驚くしかない。
「結界の訓練も基礎の基礎で辞めてしまっていたのに、無意識に出来るのだから、やはり血族の能力は侮れない」
ユグが鼻を鳴らし一人頷いている。
結界の訓練のこと。話してなくても“傷”から得た私の記憶を辿ったのね。
「さあ、出るわよ」
見慣れた風景が目に入る筈だったのだが、視界に広がるのは不自然な黒い霞を背負った人物。
黒い服装から大家であると推測出来たが、まるで人には見えない。
ヴァロアが剣を抜いて威嚇している。
私の目に飛び込んで来たのは、「ウォール!!」
ウォールが大家の足にしがみついている。
懐かしい柔らかな瞳が苦しげに細められ、眉根にシワを寄せている。
痛いだろうに、その腕は男を掴んで離さない。
こちらに目線が擦れ、瞬間視線が絡む。
不思議な感覚に包まれる。
周りの声は霞んでウォールと私の二人しか居ない空間が出来た。
「マム。この人は“腐敗したモンスター”に呑み込まれている」
魔森の内側に封印された存在。
人ならざるもの。
そう。
この家を見つけた時の違和感を思い出す。
“癒し”を求めてる。と思ったんだ。
珍しい、古木をそのまま使って作られた家。
私が居ないといけない。
と、無性に思った。だから強引に借りたんだ。
「ウォール……。お前はそれを抑えて居るんだな?」
頷く。縋り着くことで結界の内に固定しようとしていたのだ。
「そう。そうしないと、この人は“腐敗したモンスター”に変化してしまうから」
二人の時間はゆるりと進む。
違う時間軸の私は、大家と話している。
*
「あぁ、女。やっと来たか。この家は引き払ってもらうよ。」
いつもとは違う自信に満ちた話し方。
「……まだ。了承していない」
この土地の秘密が判らなければ。
「マム……」
ウォールが古木に目をやる。
そう、この古木を私は気に入ってここを選んだ。
そう。古木だ。
「持ち主が言うことには素直に頷くのが女だ。女の役目だ」
大家ロマノ。
なるほど、女が鍵。
『だから、職を手にする女は生意気でいけない。ローム。私の言う通りだったろう?』
こちらが腐敗したモンスター。
足裏に違和感を感じ目をやると、古金貨が三枚散らばっていた。
あぁ……なるほど、“古金貨の殴り屋”。その正体がこの男。
更に床に転がる麻袋の口から覗く人の髪。
もう一人の犠牲者か?
少年に執着する男。
それは、生き残った少年ウィクルムを目の前にしてそのタガが外れた。
少年は本来の、出逢った時の姿に戻っていた。
私は私の暴走で実家から解放され、能力を持て余していた。護る術は中途半端で、その仕組みであるウォールとの繋がりは無意識の内に繋げた癒しの糸。
だけど、こうして目の前に居るウォールを見て感じるのは二人の強い絆。
ユグの手で細くなった癒しの糸が互いから新たに伸び絡み、幾重にも重なり太く強くウォールと私を繋ぐ。
これがヴォクシー辺境伯の護りの要なのだろう。
この家の結界が濃くなったのを感じた。媒体は古木。
なるほど。
確かに私は結界を展開していたのだと確信した。
同時に今まで疑問に思っていた古木の違和感が膨らみ始めた。
木は、良くも悪くも取り込みやすいのだ。
その太い幹が蠢いた。
まるで、目の前に対峙する大家、男に反応するように、まるで心臓の鼓動のように波打つ。
ユグが“怨霊”と言った。
土地や建物に縛られた死者たち。
古金貨の殴り屋。
それに取り憑いた者。それは亡霊。ユグの言う闇の者?
この家の古木の変化。
私が居る時は何も感じなかった。
今目の前の大家が居ることで古木が目を覚ました?
古木。
女。
連続殺人。
蠢く古木。
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