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本編
小さな想い① ~ウィクルム~
しおりを挟む目の前が真っ暗になる。
ヴァロア様にとって、僕の価値など、ただ傍で喚いていただけの男でしかない。
僕が最初に喧嘩を売って、暴れさせ、アンスを傷付ける結果となった。
ヴァロア様の……大切な方の。
苦しくて苦しくて、胸が潰れそうだ。
僕は醜い。
こんな醜態。有り得ない。
マムのお陰で事なきを得たようだが、許されることじゃない。
ヴァロア様の……大切な方ーーー。
大切な男ーーー……。
許されることじゃない。
どんなに謝ってもすむことじゃない。
あぁ。
心が痛い。
ヴァロア様が選んぶのは、きっと、アンスのような漢気のある者だ。
あんな男そうは居ない。
咄嗟にヴァロア様を庇って怪我をおうなど……。
あの時のヴァロア様の顔を思い出すと息が詰まる。
あの、甘い。甘やかな、女の表情。
どうして、思わなかったんだろう。
好いている相手が居る可能性を。
もう、思考が破茶滅茶で、己で思うよりも追い詰められて……。
「ウィクルム?」
視界は暗いまま、ヴァロア様の声だけが聞こえる。
もう、見たくなくて、固く目を瞑り、気付けば外へ駆け出していた。
こんな気持ち。知らない。
お父さん、お母さん。
両親が死んだ時でさえ、こんな心が黒く塗り潰されるような感覚はなかった。
ただ、呆然と、生きることに必死で、悲しいとか、苦しいとか、感じられなかった。
走る先に、先程通り抜けた世界樹の道か見え、無我夢中で入り込んだ。
僕は、ヴァロア様と同等になりたくて願ったことで見た目が大人に変化した。“花”のことなど、その時はほとんど何も知らなかったから……素直に奇跡を喜んだ。
だけど、ヴァロア様が僕を必要としないのなら、子どもに戻って、ただ眠っていたいと思った。
何も考えず、ただ眠っていたいと。
白い壁に囲まれたマムの部屋に辿り着くと、力が抜け、その場にへたり込んだ。
そして涙が、後から後から溢れて止まらない。
そうして、涙と共に身体に変化が訪れる。
それは、僕の押し上げた年齢を削ぎ落とすように、逞しく成長した体躯が縮み、幼い身体へと。
僕の本当の年齢まで身体が戻ると、それ以上は小さくならず、ただ涙だけが止まらなかった。
こんな想い。
10歳のままなら知らずにすんだのかな。
ヴァロア様に出逢うことなく、あのまま死ねてたら、今よりは楽だったんじゃないかな。
堂々巡りの思考の中で、目が痛くなるほど涙が零れ、このまま水分も無くなって、消えてしまえたらと、切に願った。
それも、もしかしたら叶えられるのでは? と、思い始めた頃、店部分と繋がる戸の無い戸口から一人の男が姿を現した。
「大丈夫かい? すまない。声をかけても返って来ないし、尋常でない泣き方だったから気になって入らせてもらったよ」
柔らかい雰囲気の優しそうな人。
「困ったな……君は、まさか、いや。そんな訳……」
困惑した男は、ブツブツと独り言ちる。
「だれ……ですか?」
驚いて止まった涙。だけど、直ぐに零れそうになるから声を掛けてみた。
「あぁ、すまない。私はウォールウォーレン=ヴォクシーと言う。マリームを……マムを訪ねて来たのだが……もしや、君は、彼女の子どもか?!」
突拍子もないことを言われて、涙が引っ込む。
「違います。……患者です」
嘘ではないから。
「そう、か……良かった。そうか、そうだよな。彼女の子どもにしては君は育ちすぎている」
見るからに安堵したウォールウォーレンは、僕の側まで来ると、懐から出した白いハンカチで目元を拭いてくれた。
「マムの知り合いですか?」
「あぁ。元婚約者だよ」
それは満面の笑みで答えてくれたが、元婚約者に会いに来るなんて、
「改めて、求婚しに来たのさ!」
そこから、ウォールウォーレンの話は止まらなかった。
マムと出逢った日のこと。
マムと婚約した日。
どんなに彼女が逞しくかっこよかったか、
今の彼女は幼い時より美しく女性らしくなっていて惚れ直した。
等など。
ひたすらにマムのことを話す。
マムの生き字引か何かなのか。と、若干引いて聞くに徹底していた。
「だから僕は愛は偉大だと思うんだよ」
ふと思った。
「そんなに離れていたなら、もしかしたら恋人が居たり、それこそ結婚しているかもしれないって思わなかったの?」
「その時はマムの幸せを祈って身を引くよ。だけど、その愛が偽りだったり、マムを苦しめていたなら、迷わず攫って行くつもりだよ」
ウォールウォーレンは、その表情とは裏腹に、雄々しく言いのけた。
「だって、僕はマムを愛してる。
マムもそうであって欲しいけど、僕はマムが幸せならそれでいいのさ」
強い衝撃を受けた。
僕は、僕のものにならないヴァロア様を見て動揺し逃げ出した。
ヴァロア様の心が僕に無いと分かって悔しくて苦しくて涙が止まらなかった。
「彼女を手放せば自分は不幸になるって解ってても?」
「根本が違うよ。マムが幸せだから僕も幸せで居られるんだよ。
彼女そのものが僕の幸せなのだから!」
なんて、ことだろう。
そんな風に言えるなんて。
目の前の男は、それは優しく微笑んでいる。
嘘偽りのない言葉。
僕はなんて小さな男だろう……そんな余裕もないなんて……。
「あぁ! 申し訳ない。自分のことばかり話してしまって!
それで君は、患者であるなら、痛くて泣いていたの?」
「……いえ。失恋して苦しくて泣いていたんです」
ポロリと本音が溢れ出る。
「そうか……て、え? もしかしてマムに恋してるの??」
ウォールウォーレンの中心はマムなのだなと、肩から力が抜けて吹いてしまった。
「はっ! ふふ」
きょとんとしたウォールウォーレンが一瞬止まって、一緒に笑い始めた。
「ふふ ごめんね。本当に僕は嬉しくてはしゃいでしまっているみたいだ。」
そう言って、優しく大きな手が僕の頭を撫でた。
それは優しく……僕の心を穏やかにした。
「小さな想いから、人は大きく育つんだよ。大切に大切に育んで、心も身体も大きく強くなるんだ」
ウォールウォーレンは力説をする。
それは僕の心に素直に浸透した。
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