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本編
見えない心④ ~アウローレンス~
しおりを挟む“魂”が痛む。
そう言う表現しか出来ない。痛みに身動きも声も出ない。
自身の呪詛に蝕まれ、魔力が流れ出るのを止められない。
父王はそれで自死した。
本当の意味でそれを理解出来た。
転生し、先祖返りとも言われる“莫大な魔力”を持っていることは理解していた。
それが感情の爆発で竜に変化したことで、莫大な魔力は血脈に眠っていた“竜気”が原因と理解出来た。
そして、竜体に成ったことで、理解出来なかった事柄がはっきりと形として見えるようになる。
例えばアンス。あれは私の番。
理屈抜きで私はアンスを大事に想い、アンスなしでは生きては行けない。そう言った相手なのだ。
ヴィクトルも、おそらくはエドガーの番だったのだろう。人間に番の概念は無い。けれど、精霊はもしかしたら竜と同じなのかもしれない。
竜と成り初めにしたことは番に“竜の加護”を与えること。
言葉通りの護りの力で、アンスが死ぬことの無いよう竜気を分け与えたのだ。
私の一部をアンスの内に孕ませる。
それはゾクゾクと脳天を貫くほどの快感を感じ、アンスへの愛おしさが更に増した。
愛を囁き微睡んで居たのに、
いきなり、無粋な男が目の前に現れ、私のものに難癖をつける。
話の噛み合わない相手とは何と疲れるやり取りで、更に、それに割って入ったのは二人の我が精霊の祖。こやつらのせいでヴィクトルが死んだのだと深い心の底から怒りが沸き起こる。
糸が切れるように、力のたがが外れた。
理性を押し退け、暴れる竜気を思うままに力を放つ。
が、我が牙が貫いたのは、アンス!
嘘だ、嘘だ!?
“竜の加護”を持つ者が、どうしてその身に傷を負う?
その身を貫く牙に呪詛が張り付き、脳天まで貫く。
幸福から一転、脳が焼き切れるほどの痛みに苛まれる。
熱くなる眼からどろりと血の涙が流れ出て、呪詛は簡単に私を絡め取りその力を貪り喰らう。
が、私は誰よりも魔力量が多い。
父王のように命を落とすにはまだ余力があった。
だから、甘んじて我が罪をこの身に受けて血の涙を流す。
霞む視界に、ヴィクトルが立ち塞がり、多くの言葉を落とす。
「貴方は何がしたいの!? アンスを愛しているのではないの?? アンスとヴィクトル、二人は自分と居るのを選んだようなことを言っていたけれど、それは本人たちにちゃんと言質を取ったのでしょうね?? それでこの暴挙なら、100年の恋も冷めると言うものよ! 独りよがりの馬鹿男!」
……。
まるで私が、愛するものを蔑ろにしているような口振りだ。
だが、今までで一番あれの声が届いた。
あぁ、そうだ。
私は、俺は……いつでも独りよがり。
だが、誰も彼も俺の声など聞きはしなかったではないか?
───それは、貴方もでしょう?
懐かしい声。
愛しいヴィクトル!!
───可笑しいはね。
貴方がヴィクトルだと公言はばからなかったのは、目の前に居る私たちの娘。
そうだ。確かにあれはヴィクトルだった。
───そうね。私はあの子の内に留まっていたから……。
ヴィクトル……
───あの子は、ヴァロア。貴方と私の娘よ。
可哀想に、愛されたくて、愛されたくて、精一杯頑張ったのに、父親である貴方は、前世からあの子を見なかった。
私は確かに、最大の間違いを犯した。
だけど、母性とはそう言うもの。
だから、あの死に様は私の罪。
あの子の、ヴァロアのせいじゃない。
あの子を娘として愛してくれていたなら、私も早くに癒され貴方の前に転生も出来たでしょう。
けれど貴方はそうはしなかった。
あの子の魂は飢えのせいで輝きを失いかけているの。そのせいで、私と言う御魂はもう形を持てないほどに弱ってしまった。
あの子の魂が弱ってしまったのは全て私たち親のせい……
今一度、貴方は考えなければならない。
己だけではなく、周りを見て?
貴方はアンスを傷付けた。
だから自身も傷付いた。
だけど、貴方を無条件で第一に愛してくれるあの人は、貴方の全てを癒すでしょう。
私は私でしかないけれど、あの人と共に貴方と生きたいと思ったのよ。
ヴィクトル……。
───ええ。私はヴィクトル。
貴方をエドガーだけを愛する女……。
貴方はエドガーで在ってエドガーとは違うアウローレンスと言う男なの。アウローレンスが唯一と想う相手は……
アンス……。
───そうよ。間違えないで?
ちゃんと。ちゃんと、貴方を生きて欲しいの……
愛していたわ……エドガー
あぁ。愛していたよ……ヴィクトル……
俺は俺のままに、私になった。
だけど、もう過去なのだと。エドガーは過去なのだと、愛しい女性が私を諭す。
理解出来るようで理解出来ない心の内で、まるで独り言を延々と考え続けているような錯覚に陥る。
だけど、異様に敏感になった鼻先で、懐かしい者の匂いを嗅いだ。
ほんの少しの時間で、永遠とも思える幻を視た。
ズキっと、頭に激痛が走り抜ける。
そうだ。呪詛が魂に絡む痛みに意識が浮上する。
痛みよりもはっきりと視界に飛び込んだ来たのは淡く輝く温かな光。
アンスが淡く光っていた。
その光は、懐かしい匂いの主。
可憐な美しい女性が光の中で微笑んだ。
そうして光はアンスの中に溶け込んで一つの魂と成った。
私の幸せの具現化。
「「───……アン……ス」」
声を、声を聞きたい。
「「愛しい……私の……アンス」」
アンスアンスアンス
私のアンス!
痛みに視界が狭まるも、アンスだけはしっかりと見えている。
肩から流れ出る血が痛々しい。固く閉じられた瞼が揺れて、ゆっくりと開いた。
「アウロ……」
私の番が私を呼ぶ。
強い目に見えない絆が引き寄せる奇跡のように、私の躰が人の姿に戻った。
痛む躰で地べたに這いつくばり、微かに動く腕の力だけでアンスの傍まで行く。
「……可哀想に……痛いでしょう? 大丈夫、ですか?」
己のことよりも、先に私の身を心配する。その深い愛に私の心は浄化される。
「アンス……お前だけだ……私の、私の番」
「えぇ。俺もアウロ様だけですよ」
言いながら、動く方の手で私の目尻を擦ると、更に浄化されたように頭の痛みが和らぐ。
私だけの、愛しい人。
アンス。
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