36 / 56
本編
見えない心② ~ヴァロア~
しおりを挟む目の前で繰り広げられるのは一つの物語。
まるで観劇を観ているようだと思った。
喜劇でも悲劇でも恋愛劇でも。
当事者である筈の私が、まるで他人事のようだ。
否。
他人事なのだろうと思う。
私はこの物語の輪の中には居ないのだから。
ヴァロアは……それさえ本物のヴァロアが居るのだから。
ただ、私の為に怒っているのはウィクルムだけね。けれど、それさえ本物だろうかと疑問に思う。
私を想っていると言ったとて、初めからのあの懐きようはもしかして、初めて目にしたものを親と思う雛みたいなものなのかもしれない。
私の想いだとて、私を愛する誰かが欲しくて思い込んだ偽りの想いなのかもしれない。
先程使命のように感じた私がお父様をどうにかしなければ、どうにか出来るのでは? 等と思ったことでさえ、夢のまた夢……。
急激に冷めて行く心。
反対に、覚める頭は考える。
なんて茶番だろう。と、
否。
本人たちは真剣なのだろう。
惚れた腫れたと言い合えばいい。
どうして? 何故?
と、何度も堂々巡りをすればいい。
怒りの焔が心に灯る。それは小さな火から大きな炎になる。
そうして、己しか見ていない我儘を体現したお父様が、また竜と成り、その大きな口を開けた。
馬鹿らしい。
馬鹿らしい。
ヴィクトルと、お父様は最愛を見つけているのに現在は居ない人ばかり見て、
そんなに私の内のお母様が欲しいならくれてやろう。
半ば投げやりにその体を投げ出すも、大きな体に受け止められた。
ウィクルム?
違う。アンス??
真っ赤な血飛沫が私の視界を彩る。
「アウロ……ダメ、だ」
大きな腕が私を抱き締めた。
「……ヴァロア。お前を投げ出すな……」
苦痛に歪んだ顔で、それでもはっきりと口にしたアンスの澄んだ翠の双眼が物語る。
お前を……、私を投げ出すな。と、
あぁ、やっぱり貴方は良い男ね。
冷静になった私に、アンスの体重が重く伸し掛る。
私を庇ったアンスの肩口は竜の大きな牙で貫かれ、私を抱き締めたまま頽れている。
尋常でない血液が流れ続けている。
「なんで……」
「ヴァロア様!」
ウィクルムが私の背後で手を出すも、それを無視し、殿下を仰ぎ見る。
「───ばっかじゃないの?! アウローレンス殿下!」
その大きな体躯は、また建物を壊し真っ白な雲の浮かぶ青い空が見えている。
大きな黄金の竜。その赤と黄金のオッドアイから流れ出る赤い涙と、大きな口端からは赤い血が滴る。アンスの血。涙が赤いなんて、異様だ。アンスを抱き留める。私の体にも血飛沫が付着しているだろう。
「貴方は何がしたいの!? アンスを愛しているのではないの?? アンスとヴィクトル、二人は自分と居るのを選んだようなことを言っていたけれど、それは本人たちにちゃんと言質を取ったのでしょうね?? それでこの暴挙なら、100年の恋も冷めると言うものよ! 独りよがりの馬鹿男!」
ロアとユグが幻体からこちらの現体へと瞬時に変わり、私から力の抜けたアンスを受け取る。
けれど、何も出来ないらしい。
「“竜の加護”で命は護られている。だけど、痛みはあるし、死ななくとも、眠りに着くこともある」
“竜の加護”を施されたアンスを害したことで、“呪い”が自身に返った殿下は血の涙を流し、体が麻痺し、そのまま動けなくなってしまっているのだとユグが教えてくれた。
竜体では死ぬことはないらしいので、このまま放置しておく。
深刻なのはアンスだ。死にはしないが、痛みは相当で、このままでは生きたまま死んだように眠ってしまうかもしれない。
祝福の花であればと思ったが、あくまで私たちリロイ家の者の花。
ウィクルムはユグが憑依していたから花を受け入れられたのだ。
命を繋ぐ為にどうにか出来ないかと頭を捻る。
マムのように魔力を補う訳でもない……マム?! “癒し手”の彼女を忘れていた!
「ウィクルム!」
呼ぶと、シュンとした顔の彼が近寄って来た。
「さっきみたいに、世界樹経由でマムのところに行ける?」
「あ……アンスの状態をみるに、マムをこちらに呼んだ方がいいと思う」
「じゃあ急いで!」
ウィクルムは瞬時に外に掛け出した。
私は上着を脱いで、傷口を押さえる。遅くなったがしないよりはマシだろう。
さっきは殿下を馬鹿呼ばわりしたけれど、私だって馬鹿だ。私が命を投げ出そうとしたから、それを庇ったアンスがこんなことになった。
私たち親子は本当に馬鹿だ。
目に見えないものを欲して強請って誰かを傷付ける。
目尻が熱くなり、涙が零れた。
「……っ。アウロ……」
焦点の合わない眼で、必死に殿下を呼ぶアンス。
“無償の愛”とはこう言うものだ。
己のことなど二の次で、愛する者をひたすらに想う。
殿下は常に先に己有りきで言葉を発する。
私も聖人君子ではないから、まずは私が中心だ。
アンスは、本当に出逢った時から変わらない。懐に入れたらとことん甘やかし、護って、愛してくれる。
友愛にしろ、情愛にしろ、愛情にしろ、己の全てで表してくれる。
こんな人に愛されたなら、
私なら彼しか見ないのに!
──……そうだ。そうか。私は、アンスが好きだったんだ。
初めから、彼の恋愛対象になり得ないから判らなかった。
気付きたくなかった。
恋情なんて、毒だ。
愛情は癒しであるのに。
流れる涙はそのままに、悔しくて噛み締めた唇がじくりと痛んだ。
「アンス……貴方はどうして“寂しい人”ばかりを愛するの……」
今までの彼の相手は、必ずと言っていいほど孤独に傷付いた人間で、それを癒すために己の全てを掛けて相手に尽くす。
私がお祖母様を亡くした時も、アンスは寄り添ってくれた。
どんなに救われたか。
そんなアンスを彼だけを見ようとしない殿下に心から腹が立つ。
愛されて当然などと高を括る馬鹿な男は、罰せられて当然なのだ。
「皆、馬鹿よ」
私も、お父様も、殿下も、ユグドラシルも。
独りよがりの大馬鹿者はこんなにも沢山居て、周りを傷付ける。
ただの人間で在ったヴァロアも、ウィクルムも、私たちの犠牲者だ。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
お飾り公爵夫人の憂鬱
初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。
私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。
やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。
そう自由……自由になるはずだったのに……
※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です
※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません
※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります
悪役令嬢が死んだ後
ぐう
恋愛
王立学園で殺人事件が起きた。
被害者は公爵令嬢 加害者は男爵令嬢
男爵令嬢は王立学園で多くの高位貴族令息を侍らせていたと言う。
公爵令嬢は婚約者の第二王子に常に邪険にされていた。
殺害理由はなんなのか?
視察に訪れていた第一王子の目の前で事件は起きた。第一王子が事件を調査する目的は?
*一話に流血・残虐な表現が有ります。話はわかる様になっていますのでお嫌いな方は二話からお読み下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる