光輝く世界で別れて出逢う~世界樹の子どもたち~

なぁ恋

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本編

見えない心② ~ヴァロア~

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目の前で繰り広げられるのは一つの物語。

まるで観劇を観ているようだと思った。
喜劇でも悲劇でも恋愛劇でも。
当事者である筈の私が、まるで他人事のようだ。
否。
他人事なのだろうと思う。

私はこの物語の輪の中には居ないのだから。

ヴァロアは……それさえのヴァロアが居るのだから。

ただ、私の為に怒っているのはウィクルムだけね。けれど、それさえ本物だろうかと疑問に思う。
私を想っていると言ったとて、初めからのあの懐きようはもしかして、初めて目にしたものを親と思う雛みたいなものなのかもしれない。
私の想いだとて、思い込んだ偽りの想いなのかもしれない。

先程使命のように感じた私がお父様をどうにかしなければ、どうにか出来るのでは? 等と思ったことでさえ、夢のまた夢……。


急激に冷めて行く心。
反対に、覚める頭は考える。


なんて茶番だろう。と、

否。
本人たちは真剣なのだろう。
惚れた腫れたと言い合えばいい。
どうして? 何故?
と、何度も堂々巡りをすればいい。

怒りの焔が心に灯る。それは小さな火から大きな炎になる。


そうして、己しか見ていないを体現したが、また竜と成り、その大きな口を開けた。

馬鹿らしい。
馬鹿らしい。
ヴィクトルと、お父様は最愛アンスを見つけているのに現在いまは居ない人ばかり見て、
そんなに私の内のお母様が欲しいならくれてやろう。

半ば投げやりにその体を投げ出すも、大きな体に受け止められた。

ウィクルム?
違う。アンス??

真っ赤な血飛沫が私の視界を彩る。

「アウロ……ダメ、だ」

大きな腕が私を抱き締めた。

「……ヴァロア。……」

苦痛に歪んだ顔で、それでもはっきりと口にしたアンスの澄んだ翠の双眼が物語る。

お前を……、。と、
あぁ、やっぱり貴方は良い男ね。
冷静になった私に、アンスの体重が重く伸し掛る。
私を庇ったアンスの肩口は竜の大きな牙で貫かれ、私を抱き締めたまま頽れている。
尋常でない血液が流れ続けている。

「なんで……」

「ヴァロア様!」

ウィクルムが私の背後で手を出すも、それを無視し、殿下を仰ぎ見る。

「───ばっかじゃないの?! アウローレンス殿下!」

その大きな体躯は、また建物を壊し真っ白な雲の浮かぶ青い空が見えている。
大きな黄金の竜。その赤と黄金のオッドアイから流れ出る赤い涙と、大きな口端からは赤い血が滴る。アンスの血。涙が赤いなんて、異様だ。アンスを抱き留める。私の体にも血飛沫が付着しているだろう。

「貴方は何がしたいの!? アンスを愛しているのではないの?? アンスとヴィクトル、二人は自分と居るのを選んだようなことを言っていたけれど、それは本人たちにちゃんと言質を取ったのでしょうね?? それでこの暴挙なら、100年の恋も冷めると言うものよ! 独りよがりの馬鹿男!」

ロアとユグが幻体からこちらの現体へと瞬時に変わり、私から力の抜けたアンスを受け取る。
けれど、何も出来ないらしい。
 
「“竜の加護”で命は護られている。だけど、痛みはあるし、死ななくとも、眠りに着くこともある」

“竜の加護”を施されたアンスを害したことで、“呪い”が自身に返った殿下は血の涙を流し、体が麻痺し、そのまま動けなくなってしまっているのだとユグが教えてくれた。
竜体では死ぬことはないらしいので、このまま放置しておく。
深刻なのはアンスだ。死にはしないが、痛みは相当で、このままでは生きたまま死んだように眠ってしまうかもしれない。

祝福の花であればと思ったが、あくまで私たちリロイ家の者の花。
ウィクルムはユグが憑依していたから花を受け入れられたのだ。
命を繋ぐ為にどうにか出来ないかと頭を捻る。
マムのように魔力を補う訳でもない……マム?! “癒し手”の彼女を忘れていた!

「ウィクルム!」

呼ぶと、シュンとした顔の彼が近寄って来た。

「さっきみたいに、世界樹経由でマムのところに行ける?」

「あ……アンスの状態をみるに、マムをこちらに呼んだ方がいいと思う」

「じゃあ急いで!」

ウィクルムは瞬時に外に掛け出した。

私は上着を脱いで、傷口を押さえる。遅くなったがしないよりはマシだろう。

さっきは殿下を馬鹿呼ばわりしたけれど、私だって馬鹿だ。私が命を投げ出そうとしたから、それを庇ったアンスがこんなことになった。

私たち親子は本当に馬鹿だ。
目に見えないものを欲して強請って誰かを傷付ける。

目尻が熱くなり、涙が零れた。

「……っ。アウロ……」

焦点の合わない眼で、必死に殿下を呼ぶアンス。

“無償の愛”とはこう言うものだ。
己のことなど二の次で、愛する者をひたすらに想う。

殿下は常に先に己有りきで言葉を発する。

私も聖人君子ではないから、まずは私が中心だ。

アンスは、本当に出逢った時から変わらない。懐に入れたらとことん甘やかし、護って、愛してくれる。

友愛にしろ、情愛にしろ、愛情にしろ、己の全てで表してくれる。

こんな人に愛されたなら、
私なら彼しか見ないのに!

──……そうだ。そうか。私は、アンスが好きだったんだ。
初めから、彼の恋愛対象になり得ないから判らなかった。
気付きたくなかった。

恋情なんて、毒だ。
愛情は癒しであるのに。

流れる涙はそのままに、悔しくて噛み締めた唇がじくりと痛んだ。

「アンス……貴方はどうして“寂しい人”ばかりを愛するの……」

今までの彼の相手は、必ずと言っていいほど孤独に傷付いた人間で、それを癒すために己の全てを掛けて相手に尽くす。

私がお祖母様を亡くした時も、アンスは寄り添ってくれた。
どんなに救われたか。

そんなアンスを彼だけを見ようとしない殿下に心から腹が立つ。

愛されて当然などと高を括る馬鹿な男は、罰せられて当然なのだ。

「皆、馬鹿よ」

私も、お父様も、殿下も、ユグドラシルも。

独りよがりの大馬鹿者はこんなにも沢山居て、周りを傷付ける。

ただの人間で在ったヴァロアも、ウィクルムも、私たちの犠牲者だ。






    
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