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本編
砂の城
しおりを挟む集まった者たちは沈黙する。
現状を把握するのにそう時間はかからなかった。
柩に詰められた父王らしき残骸。
頭蓋骨は無く、骨と皮だけとなった体に無理やり衣服を着せている。
「ふふふ」
誰の声かと首を傾げると、妖艶に微笑む王妃、母上と目が合った。
「アウロ。礼を言うぞ」
話せたことに驚く。
母上は言葉を失ったと聞いていた。
「この男は、己だけを愛していたからの。だから己の“呪竜”に喰われたのだよ。ふふ……ほほほ」
扇を口元に尚も笑う。
「気の毒じゃが、そなたの婚約は“魔力契約書”を破棄されたでの、まだ正式には結ばれてはおらぬよ。そこまで強い魔力の持ち主とは聞いてはおらなんだ」
くっくっと含み笑う母上は、この上なく上機嫌である。
「あぁやれ。ようやっと双子を解放してやれる……妾はの、この男が心底憎かった。双子の為に我慢をした。それでもあれとの間に生まれて来たそなた達は可愛いよ。特にアウロ。そなたが生まれてくれたことを一番に感謝する」
私は先祖返りとも言える魔力を持つ。それはタマゴとして生まれ来たことも関係するのだろう。
生まれ落ちた時に“恐怖”と“希望”の感情がぶつけられた。
恐怖は父王から。
魔力に慄いて、
希望は王妃から。
今ならその理由が解る。目の前の父王の死なのだろう……
五年の時を殻の中で過ごした。それは私と言う歪な魂をこの体に定着させる為、タマゴの中でゆっくりと魂と体とを融合させる。その時気付いた。私の血脈には竜と精霊が在り、そのどちらも魂とも繋がっていると……だから、竜の血族に生まれるには、魂を安定させなければならなかったのだ。
殻の外は前世と変わらない空気で、仲良さげな両親から感じる違和感をも、別段気にすることはなかった。
私には、“エドガー”には関係ないからだ。
だが、全てを蔑ろにしていたことで、私が最も望んだものは手に入らず、この手から零れ落ちてしまったのか……。
「子どもなど……愛しい人ほど大事なものはないと言うのに」
「アウロの言う通り。妾は双子の父親を愛していたのだ。だが、この男に殺された。だから、愛しい人と同じ瞳を持つ双子が何よりも大事であったのだ。この男から護る為に瞼を縫いつけるほどにな、この男の邪な執着愛から護る為に抱かれもした。魂の磨り減る思いをしながらの……だが、ようやっと、終わったのじゃ。やっと、解放される」
ふらふらと、柩の横に座ると、その亡骸に手を当てる。
「やっと、解放される……」
その白い頬に伝う雫は何なのか?
母上本人は気付いてもいないのだろう。
ことん。と扇の落ちる音。
何も持たない両手が、皮と骨となった亡骸を鷲掴むと、その真っ赤に塗られた唇に呑み込まれて行く。
ガリッ
ガリリ
ボリ……ボリ
父上自身が食べ残したそのカスを、その場に居た誰もが止めることが出来ず。止めることもするつもりもなかった。
竜は時に、愛しいものの亡骸を喰うと言う。
愛しい人。
母上は憎い憎いと言いながら、その実、愛しても居たのだ。
これは儀式だ。
竜の葬儀。
人間では有り得ない。
精霊でも有り得ない在り方。
私は竜の血族寄りの魂で在ったのだろう。だからヴィクトルを喰ったのだ。
それで死ぬまでの一時を過ごすことが出来た。
双子……一番年上の兄上たちを見る。
瞼の閉じた双子。この双子は無事に生まれ落ちて居るのに……私の子は生まれなかった。なんと不公平なことだ。
「はっ! ……愛とは毒よの……」
ユースローゼが母上を見下ろしている。
「愛する者が死したならば私ならば自死を選ぶ」
「私は狂ったよ」
思わず口から零れた言葉は、静かな室内に妙に響いた。
「今日はお開きにしましょう」
いつも静かなナーイアウロが提案したことに、それぞれ静かにその場から離れる。
扉外で待つ女性騎士に飛びつくユーナセリア。
二人いる女性騎士の一人はナーイアウロの後から着いて行く。
今日はヴィクトルではないのだな。
そんなことを考えながら、母上と双子の兄を残し扉を閉めた。
愛とは毒だ。
ユースローゼの言葉は言い得て妙。
毒とも薬ともなるのだろう。
ヴィクトル。
ヴィクトル。
ヴィクトル。
ヴィクトル。
ヴィクトル。
私の心には彼女だけが息づいている。
ふと、厳つい男の顔が頭を過る。
あれは……別物だ。
あの男の傍は何故か心を真っ白にさせる。寄り添うだけで……安心出来る。
花のように美しいヴィクトルを思うと苦しくなる。
なのに、硬い筋肉に覆われた厳つい男を思うと安堵するなど、おかしなものだ。
アンスは今どこに居るのだ?
何故私の傍に居ない?
「……アンス。アンス!」
あれは私の、私だけの護衛なのだ。
途端に苛立ち、荒らげる声を止めることが出来なかった。
ここはまるで砂上の城。
幻で固められた世界に在る、簡単に崩れる砂で出来た城。
足元が崩れてしまいそうな不安定な感覚に酔ってしまいそうになる。
「アンス!」
周りに居る者たちが怪訝な顔をする。
そんなことに構って居られるか。
「アンス!!」
苦しい。
苦しい。
苦しい!
なのに、何故傍に居ない?
こんなに求めているのに、何故居ない?
あれも、アンスも、私から逃げて行くのか?
否、
忠誠と愛を捧げると言った。
否、
愛してる。ずっと傍に居るわ。
そう言ったヴィクトルは傍には居ない。
なら、忠誠と愛を捧げる。なんて言葉など、なんの約束にもならないのでは無いか??
不安は確信となる。
もやもやと胸に広がる黒い塊。
鉛のように体が重くなり、足が止まる。
「……アンス───……」
何故!
何故?
何故傍に居ない??
薄れ行く意識の中、砂の山に埋もれる自身の幻を見た。
砂漠はどこまでも白く、無音で、無慈悲だ。
アンス……誰か、私を───……
続く言葉は砂に呑み込まれ、聞こえない。
虚しく響くは己の内に。
誰か、私を愛して───……
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