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本編
癒し手と元婚約者②
しおりを挟む何故、ストーンに隙間が在ったのか、何故言われるままにそこへ入ってしまったのか、悔やんでも悔やみきれない。
気付けば、目の前は真っ赤で真っ白になっていた。
痛みに揺れる眼球で、マムを見遣ると、モンスターと対峙していた。
辞めてくれ。君が死んでしまったらこの世界も死んでしまう。
だけど、それは杞憂に終わる。
マムがモンスターを倒したのだ。齢7歳。
自らの魔力を放出して、モンスターの半身を吹き飛ばしていた。
これで安心だ。
痛みに呻くと、マムが何かを手にこちらに翔ってくる。
あぁ、腕の形。僕の体は壊れてしまったのか……痛い筈だ。とまるで他人事の感覚。
そっと塊を痛む箇所に当てられて、マムの全身が光輝く。と、次の瞬間には痛みも軽減されていた。
そして、うっすら遠のく記憶の端に、右半顔が血に濡れたマムの泣く顔が映った。
そこから記憶が途切れ、次に目覚めた時には、マムは居なくなっていた。
何故?
その答えは、次期当主としてやっては行けないことをしてしまった為。子どもだったとしても、それは許されない。と、僕はそのままヴォクシー辺境伯の養子となり、マムは領地追放。二度と戻っては来れない。母方の遠い親戚の元に送られたと言う。
けれど、跡目はどうするのか?
まだヴォクシー辺境伯夫妻は若い。
程なく、長男であるルインが誕生した。
代々長子である子が跡目であるのだから、それで解決した。
マムに冷たいのではないか?
愛情云々の問題ではなく、これが貴族の生き様なのだと理解している。
理解と思いは別物なのだけれども。
僕のことは、責任を取ったと言うことなのだ。
何の分け隔てもなくルインの義兄として育てて貰った。
元男爵の次男である僕の、完璧であると言える人生。
欠けているのは愛しい人。
腕はリハビリと、マムを思うと軽減する痛みも、やがてはすっかり完治していた。
想いは形になるのか。
やがて、夢を視るようになる。
マムが育つ過程を一緒に隣で過ごしているような、夢。
右半顔を、黒いレースの眼帯で隠し、真っ赤な髪に真っ赤なドレスを着ているマム。
可愛らしく、美しく育って行く彼女を、愛しく思う。
愛しい思いと、逢えない苦しさに心が乱れ、体調を崩して行く。
ある日、それを見兼ねたお義父様が教えてくださった真実。
「マムは、癒し手として才能を開花させている。ウォールが切っ掛けだったが、ヴォクシーは、聖女の家系なんだ」
成り立ちは聖女。結界力が強く、それを担う辺境伯となったと言う。
そして、僕の腕は、本来なら形だけ治ったもので、自由に動かせるほどに治る筈はないのだと。
それで調べ解った真実は、マムが治した時に魂の融合がなされ、それ以降、毎日ずっと、癒しの力が僕に流れていて、年月を掛けて完治させたのだろうと。
夢に視る。
それも幻ではなく、本当にマムを視ていたのだ。
喜びに震える。
これは、伴侶としての交わりと同等なのだ。
やはり、自分の伴侶はマムだけなのだと。喜びと、独占欲が爆発しそうになる。
ヴォクシー辺境伯家は、ルインが居れば安泰である。
彼は順調に魔力を高め、伴侶の子爵家の三女を既に家に上げている。
僕は彼らを助けてこれからも過ごすのだと思っていたが、知ってしまった事実に蓋をすることはもう出来なかった。
それを、今までお世話になっていて恩を仇で返すなど陰口叩かれようとも、もう我慢することなど出来なかった。
その旨を義両親に伝えると、大いに喜んでくれた。
マムのことはずっと気になっていて、それでも下した罰に、一番心痛めて居たのはこの両親なのだ。
会うことは叶わない。
それ程の罪を犯したのはマムなのだ。
実際、その箇所の結界石のストーンは崩れ、小さなモンスターが逃げ出し、即座に結界し直すも魔森の部分が増えてしまった。それ故の罰則。
涙を浮かべて僕の手を握る義両親の思いを嬉しく思う。
「僕には、マムだけなんです」
泣き笑い宣言した。
そこから意識してマムと繋がるようになった。
瞼を閉じると、彼女の息遣いさえ感じられる程に。
ある日、その繋がりが揺れる。
何かが物理的に起こり、繋がりが細くなったのだ。
気が気じゃなかった。
けれど、あくまでも細くなっただけであり、繋がりが切れた訳ではない。
それでも心配でどうしようもなくて、互いのタイミングがあったのだと思う。白昼夢を視る。
「「ウォール……。愛しているの」」
初めての、互いに意識しての愛の囁き。
「マム。私も愛しているよ。あと少し待っていて欲しい。必ず、迎えに行くから」
彼女も僕の存在を気付いていたのだと、心震える。
突如頓挫する意識。
それでもマムを待っていると、
意識が再び繋がり、
「「迎えに来るなら、このタイミングだと思うのだけれど……ウォール。愛しているの……出来るなら、傍に居たいわ」」
何かあったのか、困った雰囲気が声から解る。
それに、本心から懇願されていると解って、感極まって言葉が出て来ず、強く心を決めて頷く。
そうなるともう止まらない。
僕がここを出ても大丈夫なように全ては整えてある。整ったのは昨日のことだ。
それでも旅立たなかったのは、ルインを待っていたから。
彼は用事を言い渡され、伴侶と共に出掛けていた。ルインのことは少し心配ではあるが、大丈夫。彼は強く、マムのことも理解出来る歳になった時に話してあった。
少量の自身の荷物を詰めたカバンを持ち、焦る気持ちを抑えて義両親と涙の別れを終わらせ、すぐに屋敷を飛び出る。
ここを出れば僕もヴォクシー辺境伯家とは決別となる。それでも、ヴォクシーの姓を名乗っていいと温情を貰っているので、王都のマムの元、彼女にも懐かしいヴォクシーの姓を名乗って貰おうと考えていた。
王都までは馬車を乗り継ぎ、十日はかかると言う。
今月末の夕方には着く筈だ。
早く、少しでも早くと、屋敷近くの馬車停まで走る。
マム。待っていて!
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