28 / 56
本編
癒し手と元婚約者①
しおりを挟む貴女のことが忘れられない。
貴女のことばかり考えてしまう。
私は初めから貴女のことが好きでした。
小ぶりの顔はとても可愛らしく、真っ赤な長い髪はぶわりとボリュームがあり、走り出すと跳ね回る子犬にも見えた。
僕は男爵家の次男で、既に彼女の辺境伯家へ婿入りすることは決まっていた。
体は小さくて見た目も女の子みたいで、それに、なんの特技もない。だから僕とは正反対の三男は家に残され、僕が婿入りすることとなったのだ。と、最初は思っていた。マムの一言で、請われて入家したなどと夢にも思っていなかった。
この、ヴォクシー辺境伯家は、国と魔森の境を代々護る家系。
ストーンを生成しバリアーを張り巡らす能力を持つ一族。
今世の跡継ぎが女性で、婿を探していた。
そして、僕が選ばれた理由は、本人たちには知らされない、歳の頃が同じくらいの子どもたちが集められたお見合いのお茶会でのこと。
僕は彼女。マリーム令嬢に、選ばれたのだ。
庭の誰にも見えない端の方で三男ムアトに馬乗りになられていた時、マムが現れた。
令嬢なのに、ドレスではなく、ズボンを身につけて、真っ赤なふわりとした長い髪をふわふわさせて、その髪には沢山の葉っぱが埋もれていた。
「何してんだ?」
そう言ったマムに、弟はさも当たり前のように、
「兄がどうしようもないから、躾てるんだよ」
「ふーん。だけど、それって、弱いものいじめなんじゃないの?」
え?
びっくりした。
弱いものいじめ。って……僕って、どうしようもないな。涙が溢れて来た。
「は? 何を言ってるんだ? 家族間でいじめなんて言葉使わないだろう。兄はどうしようもなく無能だから、そのことを教えてやってるんだ」
「へえ。で、お前はその兄上より出来がいいと」
「そうだ。体も大きい。お父様とお母様もそう言っている。俺は三男だが、無能な次男の兄よりも次男として相応しいってな」
「ほー。次男として。な。では、長男がいるのだろう? それと比べてお前はどうだ?」
ムアトはキョトンとして、
「長男は跡継ぎだ。比べる立場でもないし、兄上は素晴らしい跡継ぎだ」
「なら、お前も無能な弟なんじゃないか?」
「はぁ?!」
「だって、人様のおうちの庭で、暴力行為。いじめ。そんなの、ここの家長が知ったらどう思われるかな?」
理解出来たのかどうだか、ムアトは途端に焦り出す。
「そんなの、知られなければいいんだ! お前と兄が言わなければ判らない!」
の言葉に、アムはにやりとほくそ笑み、
「残念。ここは私の家だ」
と、胸を張った。
ムアトは弾かれたように僕の上から跳び退き、
「な。ななな……」
目を白黒させている。
「まあいいや。黙っていて上げるよ。その代わりその子は私が貰うよ? 生家で大事にされてないみたいだし、家には私しか子どもが居ないから欲しかったんだよね」
にかっと笑うマム。その笑顔の眩しさに、僕は一瞬で虜になった。
その後、あれよあれよと言う間に、僕は生家から出され、婚約者として婿入りする為に共に生活する事となった。
マムは、そのことを正しく理解出来ていなかったんだと思う。
現に僕は子分扱い。
体力お化けのマムに、一緒に野山を駆け回り連れ回された。
とてもとても伸びやかに育てられたマリーム。マム。
彼女はそれで良かった。自由は子ども時代だけ。それがこの辺境伯の仕事。
ヴォクシー辺境伯。お義父様に、僕は早くからその役割を教えられていた。
ヴォクシーは、個人の魔力が莫大で、一人では支えきれない程なのだと、なのでその魔力を共に支え歩むのが伴侶の役目。
その役目が出来るのが、魔力を受け入れる器を持つ者で、その相手を無意識ででも選ぶのがヴォクシーの当主。
器を選ぶ。それは生涯を共にする一生を決めること。
何故なら、魔力と器は循環し続け、一心同体となる。それは寿命も同等となると言うこと。
あの時、どんな形であれ、僕を手元に置くと言ったマムは、無意識に僕を選んだのだと言う。
その魔力を媒体に、この国の境目、魔森のストーンは力を発揮出来るのだ。
現ヴォクシー当主とその伴侶のお義母様は、静かに魔力を練り上げストーンを維持している。
故に、代々伴侶と決まった者たちは、その瞬間から例外なく生活も共にする。
国境にある魔森は、それはそれは広範囲で、魔森とは、腐敗したモンスターの苗床であるのだ。
腐敗したモンスターとは、人とも獣とも竜とも精霊とも違う生き物。
この魔森の奥に入り込んでしまった者の成れの果て。
元は、人であり獣であり竜であり精霊であった者たちの巣窟。
何故そうなるのか解明はされておらず、ただひたすらに、国への侵入を防ぐ。
解明するよりも侵入させぬよう、護りに徹していた。
人と獣は理解出来る。だけれど、竜と精霊は眉唾物だ。
竜は王家の血筋だから存在するのは知っている。精霊は居るとされているが、見たことはない。
それらが存在するかどうかは本当に判らないけれど、魔森に存在する腐敗したモンスターは現実に居るのだ。
要は、実際に腐敗したモンスターは居て、それを侵入させない。魔森に人間が入らないようにする。
それがヴォクシー辺境伯の役割。
僕は子どもながらに十二分にその役割を理解していた。
なのに、
その理解は子どもだからと言い訳の出来ない失敗を犯す。
僕はどこまでもマムに弱くて、言われるままに行動していた。正すところは正さなければならなかったのに。
伴侶としての自覚も無かった。
それ故に、手放すことになる。
僕は出逢った時から貴女に夢中で、貴女の行動に制限をつけなかった。
それをするのも伴侶の役目であるのに。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
フェル 森で助けた女性騎士に一目惚れして、その後イチャイチャしながらずっと一緒に暮らす話
カトウ
ファンタジー
こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。
チートなんてない。
日本で生きてきたという曖昧な記憶を持って、少年は育った。
自分にも何かすごい力があるんじゃないか。そう思っていたけれど全くパッとしない。
魔法?生活魔法しか使えませんけど。
物作り?こんな田舎で何ができるんだ。
狩り?僕が狙えば獲物が逃げていくよ。
そんな僕も15歳。成人の年になる。
何もない田舎から都会に出て仕事を探そうと考えていた矢先、森で倒れている美しい女性騎士をみつける。
こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。
女性騎士に一目惚れしてしまった、少し人と変わった考えを方を持つ青年が、いろいろな人と関わりながら、ゆっくりと成長していく物語。
になればいいと思っています。
皆様の感想。いただけたら嬉しいです。
面白い。少しでも思っていただけたらお気に入りに登録をぜひお願いいたします。
よろしくお願いします!
カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しております。
続きが気になる!もしそう思っていただけたのならこちらでもお読みいただけます。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

男女比の狂った世界で愛を振りまく
キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。
その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。
直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。
生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
蛮族女王の娘 第2部【共和国編】
枕崎 純之助
ファンタジー
女戦士ばかりの蛮族ダニア。
その女王ブリジットの娘として生まれたプリシラ。
外出先の街で彼女がほんのイタズラ心で弟のエミルを連れ出したことが全ての始まりだった。
2人は悪漢にさらわれ、紆余曲折を経て追われる身となったのだ。
追ってくるのは若干16歳にして王国軍の将軍となったチェルシー。
同じダニアの女王の系譜であるチェルシーとの激しい戦いの結果、プリシラは弟のエミルを連れ去られてしまう。
女王である母と合流した失意のプリシラは、エミル奪還作戦の捜索隊に参加するべく名乗りを上げるのだった。
蛮族女王の娘が繰り広げる次世代の物語。
大河ファンタジー第二幕。
若さゆえの未熟さに苦しみながらも、多くの人との出会いを経て成長していく少女と少年の行く末やいかに……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
実はスライムって最強なんだよ?初期ステータスが低すぎてレベルアップが出来ないだけ…
小桃
ファンタジー
商業高校へ通う女子高校生一条 遥は通学時に仔犬が車に轢かれそうになった所を助けようとして車に轢かれ死亡する。この行動に獣の神は心を打たれ、彼女を転生させようとする。遥は獣の神より転生を打診され5つの希望を叶えると言われたので、希望を伝える。
1.最強になれる種族
2.無限収納
3.変幻自在
4.並列思考
5.スキルコピー
5つの希望を叶えられ遥は新たな世界へ転生する、その姿はスライムだった…最強になる種族で転生したはずなのにスライムに…遥はスライムとしてどう生きていくのか?スライムに転生した少女の物語が始まるのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる