上 下
24 / 56
本編

※古金貨の殴り屋

しおりを挟む

ガキッ

いつものように、古木に短いナイフを立てる。
木の皮の内側からたまに出て来る金貨は、良い具合に朽ちていて、自分のようで気に入っていた。

後一枚で三枚揃う。
大事な“心”は最後に取っておいたんだ。
その日が来るのが待ち遠しい。

“頭脳”のあの子は救われたかな?
右手左手、右足左足、性の象徴。あの子らは救われて良かった。

二枚目の金貨を握り込み、もう一枚は明日にしようと、古木の皮を元の形に押し当てる。
見た目には何も変わらない古木が静かに佇んで居た。
その太い幹を撫で付ける。変わらず居てくれる自分の味方。


この古木から金貨が浮き出たのを見つけた時、心底驚いた。
それは幼い頃。すぐに父さんに見せに行く。それはそれは喜んでくれたが、そんなことをするよりも、勉強はどうしたのかと怒られた。

いつものように室内にある古木の太い枝に全裸で吊るされ殴られた。

右手左手、右足左足。そして、頬を。
心が死んで行く。
痛みに耐えるよりも、慣れてしまい、体が成人に近付く頃には、その痛みに何故か屹立する己が象徴があり、痛みが強い程、硬く硬くなる。憎悪と己への気持ち悪さが心に蓄積されて行く。

大人になってもその仕打ちは終わらなかった。

躾だと言われた。それは親の愛であり、義務である。と、気持ち悪かった。執拗に拳で殴られる身体。その度に反応する己。それを知っていて最後にはそこへ強い一撃を与えられ。盛大に白い体液を撒き散らすのだ。
それが躾の終わりの合図。
その後は床に転がされ、自身の汚した床を掃除させられた。

父さんは“愛”だと言った。
母さんにも与えた愛だと。だがそれは理解されず、逃げ出そうとした。だから、この古木の根元に埋めたのだと。今はこの古木が母自身で、躾をされているお前を優しく見守って居るのだと……。
それは幾度も幼い頃から言われ続け、まるで古木が母親であるかのような、錯覚とも、現実とも判らない状態に陥る。

月日は流れ、父さんとの関係も変わらず続いて、そうしていきなりその存在が消えた。

落馬事故だった。歳をとっても逞しい体躯をしていた父さんが落馬しただけで、首の骨を折って呆気なく即死。
信じられなかった。


成人してからは父親の仕事を手伝っていたので、難なく跡は継げた。
稼ぐ術も解っていた。
祖父の代に建てられた大きな屋敷も有している。貴族ではなくとも、たった一人の裕福な上流家庭。

寂しくて何人かの女性と付き合ったが、誰とも体を繋げることが出来なかった。
肝心な時に屹立しないのだ。
だが、納得する。彼女たちは自分を愛してくれていないからだ。自分の持つ財産が目当てなのだ。

いつしか女性とは関係を絶った。
関わる人間は仕事の関係者のみで、会話も必要最低限。
誰とも関われない寂しさに、狂いそうになる。

ある時、一人の少年と目線が合う。
少年は花開くように微笑みをくれた。近付くと、ぴったりと体を擦り寄せて来た。
胸が熱くなった。嬉しくて、興奮して……屹立した。
そうして初めて体を繋ぐことが出来た。
嬉しかった。自分を愛してくれる者がやっと現れたと。
だけれど、閨で少年が囁いたのは愛の言葉ではなかった。

「はい。報酬を頂戴」

可愛い顔で強請ねだるように首を傾げて手の平をこちらへよこす。

「気持ちいい思いをしたろ? その報酬を頂戴」

あの甘い声が、
あの可愛らしい顔が、
厭らしく歪んで見えた。

呆然とした。
愛ではなかったのかと、

「愛? 何言ってんのさ、いいオッサンが。女たちが役に立たないって噂してたんだ。だから、俺たちみたいなのが好みなんじゃないかなって。誘ったら、熱い眼差し返してくれたろ? すっごく素敵だったよ」

だから誘いに来たと、目線で応じたから着いて来たと、机に置いてあった三枚の金貨を見て、「古くて汚いお金だけど金貨だろ? ならこれでいいよ」と、微笑みを浮かべて掴み取り、呆然として居る自分を置いて少年は出て行った。ありがとう。と言って……。

愛とは何だろう?
今は亡き父親を思う。
あれは真に愛情だったのではないか?
殴られ、愛を囁かれ、屹立し、生を吐く。
これが愛何だと、今更ながら気付いた。

「ありがとう。父さん」

初めて感謝の言葉を。愛とは、殴ること。少年の顔を思い浮かべて、その白い肌に拳を埋める様を思い描いて、屹立する。硬く硬く握る拳。

そこから愛を教える活動を始める。
そうだな。父さんと同じ順番で、愛し抜こう。
これは愛を教える大切な活動だ。
愛を知らない子どもが多すぎる。

今有る金貨は九枚。三枚を渡せば対価になるのだと学習した。彼らにはそれを上げよう。
愛を教えて金貨までやるのだ。
何と大きな愛情ではないか。

一月に一人。そうしよう。

父さんの愛情をなぞるように、右手から。

そうすると金貨が足りないな。
母さんの古木の小さな家は、片目を隠した女の勢いに負けて貸し出してしまったし……金貨は外側の皮から出てくるから問題はないが、この屋敷には連れて来たくはない。

あぁ、愛を知らしめる為に路上で行おう。
愛を知らない少年は多い。

最後に、最初に愛した少年に、たっぷりと愛を教えよう。
そうだな、その時はあの父さんとの愛の家で、それまでにあの女には出て行ってもらえばいい。

とても、とてもいい考えに思えた。

救済する。
自分が父親となって、子どもを救ってやる。

あぁ。父さん。貴方の愛に報いたい。
愛されていた。その実感をまた感じたい。
愛することで、父さんの愛をまた感じられるかな。




考えに耽っていた。
手の中の金貨がカチンと音を立てて、現実に戻る。


さあ、始めよう。

次は、待ちに待った“心”の番だ。


愛しているよ。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...