19 / 56
本編
癒し手マム
しおりを挟む「その通りだよ。人の負の感情は、何をしでかすか判らない。本当に恐ろしいんだ……」
ロアの旦那様だと言う生まれたばかりの妖精が恐怖に震える。
「ユグ……」
「あの子が命奪われそうになった時の恐怖は、とても言葉では表せないくらい恐ろしいものだったよ。私は焦るあまり、無理に抜け殻だと思ったあの子の体に降臨したんだ。だから記憶が曖昧になって、誰だか解らなくなってしまった。あの子の存在が、生きたいって思いが強くて……あの子に呑み込まれてしまったんだ。人間は……」
妖精は寄り添って微笑み合う。
「人とは時に精霊よりも強いんだよ」
ロアが意味深に微笑んだ。
「だからマム。本当に、ありがとう。この人を私に返してくれて」
「ありがとう。ロアの言う通り、貴女がいなければ、恐らく、私も、この少年も死んでいたと思う」
小さな妖精が二人して頭を下げる。
「なんだ。こちらこそ、ありがとうなんだがな。ロアと、あーと」
名を呼んでいいのかな?
戸惑っていると、あぁ。と、察してくれたロアの旦那様が、小さく礼をとる。
「改めて、はじめまして、マム。私は妖精のユグドラシル。ユグと、呼んでくれたらいい。そして、やはり、はじめましてヴァロア。私の愛し子」
互いに畏まって頭を下げ合い、妖精二人は机の上に身を落ち着けた。
それにしても、ヴァロアも初めましてなのか。愛し子って?
「貴女は前から魔力が足りなかったの?」
ユグのいきなりの問い掛けに、古い記憶が蘇る。
「子どもの頃の方が魔力は強かったが……」
眼帯のレースに触れる。
あの時のことは後悔したことはない。
「失礼だが、その傷が出来てから魔力が少なくなったのではないか?」
心を見透かすように言われ、
「……そう言えば、そうかも知れない」
どうしようもないことだと、諦めていた。
子どもの頃、7歳だった私は恐ろしい程無鉄砲で無知だった。
長いドレスをズボンに変えて冒険だと野山を駆けた。
どんなに注意されても、注意されればされる程に反抗したくなったのだ。
ある日、いつものように子分を連れ回していた。
楽しんでいたし、あいつも楽しんでると思ってた。
それで、門番が言った言葉を思い出して、
絶対に森のストーンから
向こう側に行ってはいけない。
嬉々として、そちらに向かう。
「ストーンに行くつもり?」
子分が不安な顔をする。
その顔を見るのも大好きだった。
「行かないでかっ!」
片手で引っ掴んでずんずん進む。
“ストーン”とは、領地の境。
森の深みに入る手前に置かれた大きな結界石のこと。
二メートルの高さを越す岩の羅列。それはとても魅力的に思えた。
実際には、未知の生物を排他するもので、その日はその動きが活発で、警戒令が発令されていたのだ。
森をぐるりと囲む結界石の、見張りの者が居ない箇所を私は知っていた。
そしてその先に進む“穴”も。
「やめようよぉ……」
子分は涙目だ。
それがゾクゾクする程楽しくて、無茶をする。
「大丈夫だよ! 何かあれば私が助けてあげるから」
嫌がる子分を先に穴へ押し込む。
子どものお遊びでは済まされない行為だ。
子分が入って行ったのを見て後に続く。
その先は、暗いただの森だ。
いつも遊びで入り込んで居るいつもと変わらぬ風景。
だけど、私の目に映る背中は小さく震えそこに佇んでいた。
いや、動けずにいたのだ。
「マム……」
私の愛称を呼ぶ彼が、振り向くと同時に横に吹き飛んだ。
暗い木々の間から“それ”はのそりと現れた。
“それ”の振り上げた手には、赤い血が滴る“腕”がぶら下がっている。彼の血だ。彼の腕だ……。
ひゅっ と、息が詰まる。
森の入口に彼が転がっていて、その下に血溜まりが出来ていた。
死んでしまう。
死んでしまう。
私を見て笑う彼の笑顔が、
彼の笑顔が私の前から消えてしまう。
目の前の出来事に、私の中の何かが切れる音が聞こえた気がする。
胸の奥に燃えるような塊が、膨れ上がる。
その塊が飛び出す瞬間、“それ”の爪先が視界に入る。
視界が赤く染る。ジンと目が熱くなる。それでも踏ん張って立っていた。
“それ”は立った姿のまま、上半身は抉れ消失していた。
かくりと、足から力が抜ける。
だけど、目の端に彼の腕が見えて、その先にある彼自身を見て、助けなきゃ。と言う気持ちが体を突き動かす。
腕を手に取り、彼の傍に。
青白くなった顔。
私は彼の笑顔が好きなのだ。
千切れた腕をあった箇所に押し当て、ただ、助けたいと言う気持ちが頭を一杯にする。
手をそこに当てると、傷んだ顔から力が抜ける感覚が当てた手まで降りて来て、彼を白い光が包む。
そこまでの記憶しかない。
目覚めたら数日経っていて、
後から聞いた話。
私は癒しの力を開花させ、彼を助けたのだと。
けれど、その腕は形こそ治されたものの動かない飾り同然になったのだと。
リハビリをすればまた違ってくるだろうと言う話ではあったが、彼とはそれ以降、会うことは叶わなかった。
その時気付いた。
私は彼が好きだったのだ。
私を見て笑ってくれる彼に恋していたのだ。
子分だなんて思っていた彼は、私の婚約者で、家へ婿入りし共に跡取りになる筈だったと聞かされた。
涙を流す。後悔の、懺悔の涙。
私の右側の顔面には薄い太い傷跡が残った。
故に、令嬢としての役目は果たせないこと。
7歳とは言え重大なことを起こしたこと。
それを鑑みて、跡取りとして廃嫡となり、母方の遠い親戚にあたる今の義親に預けられた。
だからその後、彼がどうなったか、生家はどうなったか。
私は知らない。
それは両親の愛だったのだと徐々に気付くこととなったけれど……。
そうして目覚めた能力を高め、今に至る。
懺悔の気持ちで始めた“癒し手”は、今ではライフワークで、無くてはならない唯一の大切なもの。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説

女性の少ない異世界に生まれ変わったら
Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。
目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!?
なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!!
ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!!
そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!?
これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない
たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。
何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

お飾り公爵夫人の憂鬱
初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。
私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。
やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。
そう自由……自由になるはずだったのに……
※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です
※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません
※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります
皇帝の番~2度目の人生謳歌します!~
saku
恋愛
竜人族が治める国で、生まれたルミエールは前世の記憶を持っていた。
前世では、一国の姫として生まれた。両親に愛されずに育った。
国が戦で負けた後、敵だった竜人に自分の番だと言われ。遠く離れたこの国へと連れてこられ、婚約したのだ……。
自分に優しく接してくれる婚約者を、直ぐに大好きになった。その婚約者は、竜人族が治めている帝国の皇帝だった。
幸せな日々が続くと思っていたある日、婚約者である皇帝と一人の令嬢との密会を噂で知ってしまい、裏切られた悲しさでどんどんと痩せ細り死んでしまった……。
自分が死んでしまった後、婚約者である皇帝は何十年もの間深い眠りについていると知った。
前世の記憶を持っているルミエールが、皇帝が眠っている王都に足を踏み入れた時、止まっていた歯車が動き出す……。
※小説家になろう様でも公開しています

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)
miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます)
ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。
ここは、どうやら転生後の人生。
私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。
有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。
でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。
“前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。
そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。
ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。
高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。
大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。
という、少々…長いお話です。
鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…?
※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。
※ストーリーの進度は遅めかと思われます。
※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。
公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。
※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。
※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、142話辺りまで手直し作業中)
※章の区切りを変更致しました。(11/21更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる