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本編
妖精ユグドラシル
しおりを挟む腕に在る重みは儚げで、現実味がない。
ロアは泣きながら少年にすがり付いている。
路地裏から出て、その建物を進んだ先に、大きな木が屋根のように頭上を占める小さな雑貨屋が見える。
ここが雑貨屋兼治療院。
ドアを開けると、カラン と、低い鈴の音が鳴る。
「マム!」
マリーム=ワイソン。
アンスと同年代の未婚の女性だ。
「ヴァロアか?」
店内の奥から現れた彼女は、長い真っ赤なワンピース姿だ。
その赤に負けない赤髪の、美しい作りの顔に、少しキツい印象の藍色の瞳。右側は黒のレースの眼帯をしている。眼帯からはみ出て頬に沿う薄い傷跡が未だに痛々しい。
「それは何だ?」
「頼む。死にそうなんだ!」
近付いて、少年を覗き込んだマムに店の奥に誘導される。
そこには壁の一面が木の幹の白い部屋が現れた。
真ん中に白布の掛けられた飾り気のないベットがあり、そこに寝かせる。
「妖精か?」
少年にすがり付いているロアの姿は動揺しているせいでか、誰にでも見えるらしい。
「そうだ。ロアと言う。この少年は彼女の旦那様なんだ」
「そうか」
「三枚の古金貨が握っていた」
その事実に薄い形のいい眉が上がる。
「殺人鬼か」
忌々しいと、呟いて、少年に向き合うマムが手を翳す。
淡い、白い光を発する彼女の手が、少年を撫でる。
ゆっくりと形を取り戻す鼻。丸かった顔も、普通の状態に戻った。
唯一浅黒くなった色は抜けず、少し窪んだ眼球も、元には戻らないようだ。
「この眼はもうダメだ」
言うが早いか、その細い指先を躊躇うことなく押し込んで、その眼球を引きずり出した。
ベット脇にある机の皿の上に眼球を置くと、手の血を横にある器の溜め水で洗う。
素早くタオルで水分を拭き取り、両手の平を目線に合わせ、息を吹き掛けると、そこに丸い白い球が現れる。
義眼だ。それを空いた穴に押し込み、淡い光を当てる。血も出ず、綺麗に瞼が閉じた。
治療は、流れるように短時間で終わった。
涼し気な顔で、完璧に終わらせたマムは、少年にくっついたままのロアに優しく声を掛ける。
「もう大丈夫だ」
「ありがとう!」
ロアの瞳から、ぶわぁ っと、有り得ない程の涙がぽたぽたと落ちる。
「ん……」
少年の無くなった右眼側に落ちた涙が、すうっ と、その眼に落ちて流れ込む。
すると、そこから光の丸い塊が宙に浮かび出る。
「ユグ!」
ロアが涙ながらに叫ぶと、ゆらゆらと揺れたそれは、机に在る取り出した眼球に飛び込んだ。
ロアが頭上に手を翳すと、金色の花が室内に降り注ぎ、花は眼球に落ち浸透する。次の瞬間、それは発光し、形を変え、やがてその場所に、六枚翅を持つ妖精が現れた。
「ユグぅ!!」
ロアが飛び付く。と、その場に二人は転んでしまった。
「痛たたた……え? ロア?」
ユグドラシルは、自らの腕で震え泣く者がロアであると、すぐに理解した。
「もう。バカ!バカバカバカ!」
小さな体で、目一杯その腕を振り下ろし、愛しい人を叩く。
ユグドラシルは、目を細め、ぎゅうっ と、ロアを抱きしめた。
「ごめん」
そうして妖精たちは落ち着いた。
金色の花に埋もれるように抱き合う妖精は、本当に幻想的で綺麗だった。
マムが、一輪手にし、クルクルと回し見る。
「妖精の花か?」
「そうだ。水が無くても瑞々しく枯れもしない。だけど、食べちゃダメだよ。こちらの食べ物を受け付けなくなるから」
ふーん。と、マムは無表情で花を見て、次にベットへ視線が行く。
「あれはどうなんだ?」
見たら、少年の上に落ちていた花が、その体に吸収されて行くところだった。
「ええええ???」
と、言う間に全てが無くなった。
「あぁ、大丈夫だ。彼はもう、この花しか受け付けない。ずっと空腹だったから、体ごと栄養を吸収したんだよ。まだ足りないくらいかも知れない」
との、ユグドラシルの言葉に、マムがそこらに落ちている花を両手で集め、容赦なく少年の上に撒き散らす。
それを繰り返して、一輪のみを残し、花は全て少年へと消えた。
「綺麗になった」
と、パンパン 手を叩くと、一輪だけ残った花を手に持ち、
「これを今日の報酬とするよ」
有無を言わさぬ口調で宣言した。
ロアたちを見ると頷いた。
「ならもっと、」
「いらないよ。やっと片付いたんだから、さばかないでくれよ」
ロアに釘を差すマムが、花に顔を近付け匂いを嗅ぐ。
それは、甘い味と同じで、甘い匂いがする。
突如、その体が癒しの力を使った時と同様の光に包まれた。
と、カッ と、目を見開いたマムが、わなわなと肩を震わせる。
「嘘だろう。魔力が一気に元に戻った」
癒しは、その傷に応じて大量の魔力が必要となることがある。
少年の為にごっそりと使ったのだとマムが呟いて、花の香りを嗅いだだけで、その魔力が復活したのだと驚いていた。
「だって、ユグドラシルの花だもの」
ロアは隠すつもりがないらしい。
重大告白をスルーしたマムは、
「やはり、この花を定期的に頂けないだろうか?」
ロアに交渉するマムは真剣そのもの。
何故なら、癒しの能力は高いが、魔力が追いつかない。
以前に、重篤患者が二人一度に連れて来られ、半々の力で治したところ、一人は翌日亡くなったのだと言う。
それが解決するなら、もっと救える命がある。
匂うだけで魔力が戻るなら、それは奇跡。
「良いわよぉ。命の恩人なんだから、遠慮しないで」
と、手を上げたロアに、
「いや、今ごっそりとは困るんだ」
本当に危機感ってものが無い。
妖精だから?
「ロア。そんな効力があるとか、誰かに知られたら大変よ。ここは妖精の世界とは違って、悪いことを考える輩もいるから、出来るだけひっそりとしていないと」
妖精も、竜も、存在は知っていても、目にするのとは感覚が違ってくる。
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