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本編
精霊の“祝福の花”
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己の半身が脆く崩れる泥のような感覚。ねっとりとして動きにくくて重い。
それは幼い頃から感じていた。
私の名は、ヴァロア=リロイ。
リロイ家は騎士の家系であり、父も、祖父も、曽祖父も王都を護る騎士であった。
曽祖父の代から賜った男爵の位も祖父も父も目立った功績もなく、更にどの代でも、子は一人きりだった為、父が若くして亡くなった後、私の代で平民となった。
母親は私を出産時に亡くなっていて、この無駄に広い屋敷にはお祖母様と私。二人だけで慎ましやかに生活して居た。
幸いにも、父は二人で生活して行くには十分な財産も遺してくれていて、何不自由なく過ごして行けた。
その頃は、二人だけの静かな屋敷を一人散策するのが日課で、朝から晩まで一人かくれんぼをしていた。
お祖母様は放任主義だったので、自由に過ごせてそれなりに楽しかった。
そして、私には誰にも言えない“秘密”があった。
自分が誰とも違うと自覚したのは物心がついたあたりだったと思う。
あの頃は父も元気で、何人かの侍女も居て、小さかった私は、かなりのお転婆で、侍女を巻いてはお気に入りの大樹の下で遊んでいた。
ひとしきり遊んだ後、いつものように柔らかな草の上で寝転んで目を瞑る。
頬を掠める風の柔らかな感覚と、耳につく小さな音が気になって、目を開ける。
木の葉が陽の光を遮ってキラキラと輝いていた。
ふと、空腹を覚えて目を瞬くと、フワフワと光が落ちて来た。
ぽそり と、お腹の上に落ちて来た光は、淡く輝く金色の花だった。
両手で持ち上げて、その美しさにうっとりとする。
鼻先に寄せて匂いを嗅ぐと、それはそれは甘い匂いをしていて、本当に、何も考えることなく、花弁にかぶりついていた。
その芳醇な甘みに頬が綻び、何にも変え難い宝物をみつけた気持ちであった。
それは本当に、ある意味で宝物で、けれども、呪いのようなものでもあった。
何故なら、それを口にした日から、水以外の他の食べ物を食すことが出来なくなったから。
忙しくしていた家族は、共に食事をすることが滅多になかったので、そのことは知られることはなかった。
侍女たちにも、毎食部屋に用意してもらって、後から近くの森に捨てに行っていたので気付かれずにすんでいた。
だけども、お祖母様と二人きりになった時、共にテーブルに座って「久しぶりに一緒にお食事出来ますね」と微笑まれた時、隠し仰せないと思って、ポロポロと涙が零れた。
そしてその頃には、願えば何も無い空から降って来るようになっていた金色の花を出し、お祖母様に説明をした。
すると、お祖母様は一瞬は驚いて、けれども、ふと、懐かしむように微笑んで、その花を手にした。
途端に白く花が萎れ、風と消えた。
「これは、妖精の“祝福の花”です」
と、教えてくれた。
お祖母様の家系は、実は精霊との混血なのだと言う。
それがいつなのか、どんな精霊だったかまでは分からない。
ただ、代々長子のみに語り継がれた物語のような本当の話。
“祝福の花”は、長子の、五歳の誕生日に初めて頂ける贈り物。
その花を手にして願えばその思いは成就する。それも、一度きり。その後、花は現れない。
お祖母様も、毎年一輪“祝福の花”を頂いて、それは次の花が現れる誕生日まで美しく咲いていて、新たな花が現れた後は、精霊様に感謝の気持ちをお返しする為、川に流す。
川は、どこにある川でも、精霊の森に続いていて、花には持ち主の息災が記憶されている為、未だ生きていると言われる祖先の精霊様に届くと言い伝えられていた。
私は元気です。そう言った手紙みたいなものなのだと、だから心からの願いが見つかった時、祖先が花を通してそれを叶え、贈ってくれるのだと。
そして、小さな声で、内緒話のようにお祖母様が“秘密”を打ち明ける。
「私は貴女のお祖父様との結婚を望んだのよ」
と、お祖父様は、それこそ、自分より格上の令嬢と婚約をしていたそうで、婿養子に入る予定であった。
けれども、一目で恋に堕ちたお祖母様は、花に願ったのだ。
彼に愛され幸せな結婚をしたい。と、
それは叶えられた。
令嬢に、他に想い人が出来、彼女に甘い両親がそれを了承したのだと言う。
お詫びに少なくはない賠償金をお祖父様は手にした。
そして、お祖父様はお祖母様と出逢い、恋に堕ちたのだ。まるで、魔法のように……。
それはそれは幸せな日々で、花が現れなくなったのは寂しいが、それすら忘れてしまう程に幸せだった。
そして、お父様が生まれた。
お父様の五歳の時に、やはり“祝福の花”は現れて、お祖母様はその物語を語って聞かせた。
それから次の代に語るのはお父様の役目であったと。
けれども、お父様は、私と極力顔を合わさずにいたので、この素敵な物語は聞いていなかったのだ。
そこでお祖母様の微笑みは消えた。
「ごめんなさいね」と、悲しい目で私を見る。
「あの子は貴女のお母様を深く愛していたの。貴女のことを愛してはいたけれど、愛する人を失った哀しみは生涯癒されなかった」
そう。最期まで父は、愛する女性を失った原因である私と関わろうとはしなかったのだから……
それは幼い頃から感じていた。
私の名は、ヴァロア=リロイ。
リロイ家は騎士の家系であり、父も、祖父も、曽祖父も王都を護る騎士であった。
曽祖父の代から賜った男爵の位も祖父も父も目立った功績もなく、更にどの代でも、子は一人きりだった為、父が若くして亡くなった後、私の代で平民となった。
母親は私を出産時に亡くなっていて、この無駄に広い屋敷にはお祖母様と私。二人だけで慎ましやかに生活して居た。
幸いにも、父は二人で生活して行くには十分な財産も遺してくれていて、何不自由なく過ごして行けた。
その頃は、二人だけの静かな屋敷を一人散策するのが日課で、朝から晩まで一人かくれんぼをしていた。
お祖母様は放任主義だったので、自由に過ごせてそれなりに楽しかった。
そして、私には誰にも言えない“秘密”があった。
自分が誰とも違うと自覚したのは物心がついたあたりだったと思う。
あの頃は父も元気で、何人かの侍女も居て、小さかった私は、かなりのお転婆で、侍女を巻いてはお気に入りの大樹の下で遊んでいた。
ひとしきり遊んだ後、いつものように柔らかな草の上で寝転んで目を瞑る。
頬を掠める風の柔らかな感覚と、耳につく小さな音が気になって、目を開ける。
木の葉が陽の光を遮ってキラキラと輝いていた。
ふと、空腹を覚えて目を瞬くと、フワフワと光が落ちて来た。
ぽそり と、お腹の上に落ちて来た光は、淡く輝く金色の花だった。
両手で持ち上げて、その美しさにうっとりとする。
鼻先に寄せて匂いを嗅ぐと、それはそれは甘い匂いをしていて、本当に、何も考えることなく、花弁にかぶりついていた。
その芳醇な甘みに頬が綻び、何にも変え難い宝物をみつけた気持ちであった。
それは本当に、ある意味で宝物で、けれども、呪いのようなものでもあった。
何故なら、それを口にした日から、水以外の他の食べ物を食すことが出来なくなったから。
忙しくしていた家族は、共に食事をすることが滅多になかったので、そのことは知られることはなかった。
侍女たちにも、毎食部屋に用意してもらって、後から近くの森に捨てに行っていたので気付かれずにすんでいた。
だけども、お祖母様と二人きりになった時、共にテーブルに座って「久しぶりに一緒にお食事出来ますね」と微笑まれた時、隠し仰せないと思って、ポロポロと涙が零れた。
そしてその頃には、願えば何も無い空から降って来るようになっていた金色の花を出し、お祖母様に説明をした。
すると、お祖母様は一瞬は驚いて、けれども、ふと、懐かしむように微笑んで、その花を手にした。
途端に白く花が萎れ、風と消えた。
「これは、妖精の“祝福の花”です」
と、教えてくれた。
お祖母様の家系は、実は精霊との混血なのだと言う。
それがいつなのか、どんな精霊だったかまでは分からない。
ただ、代々長子のみに語り継がれた物語のような本当の話。
“祝福の花”は、長子の、五歳の誕生日に初めて頂ける贈り物。
その花を手にして願えばその思いは成就する。それも、一度きり。その後、花は現れない。
お祖母様も、毎年一輪“祝福の花”を頂いて、それは次の花が現れる誕生日まで美しく咲いていて、新たな花が現れた後は、精霊様に感謝の気持ちをお返しする為、川に流す。
川は、どこにある川でも、精霊の森に続いていて、花には持ち主の息災が記憶されている為、未だ生きていると言われる祖先の精霊様に届くと言い伝えられていた。
私は元気です。そう言った手紙みたいなものなのだと、だから心からの願いが見つかった時、祖先が花を通してそれを叶え、贈ってくれるのだと。
そして、小さな声で、内緒話のようにお祖母様が“秘密”を打ち明ける。
「私は貴女のお祖父様との結婚を望んだのよ」
と、お祖父様は、それこそ、自分より格上の令嬢と婚約をしていたそうで、婿養子に入る予定であった。
けれども、一目で恋に堕ちたお祖母様は、花に願ったのだ。
彼に愛され幸せな結婚をしたい。と、
それは叶えられた。
令嬢に、他に想い人が出来、彼女に甘い両親がそれを了承したのだと言う。
お詫びに少なくはない賠償金をお祖父様は手にした。
そして、お祖父様はお祖母様と出逢い、恋に堕ちたのだ。まるで、魔法のように……。
それはそれは幸せな日々で、花が現れなくなったのは寂しいが、それすら忘れてしまう程に幸せだった。
そして、お父様が生まれた。
お父様の五歳の時に、やはり“祝福の花”は現れて、お祖母様はその物語を語って聞かせた。
それから次の代に語るのはお父様の役目であったと。
けれども、お父様は、私と極力顔を合わさずにいたので、この素敵な物語は聞いていなかったのだ。
そこでお祖母様の微笑みは消えた。
「ごめんなさいね」と、悲しい目で私を見る。
「あの子は貴女のお母様を深く愛していたの。貴女のことを愛してはいたけれど、愛する人を失った哀しみは生涯癒されなかった」
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