河童様

なぁ恋

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言霊のカミサマ

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間近に見えたのは、妖怪が覆い被さった離れと、大地に広がる瓦礫の山。

「母さん!」

母さんの妖力が弾けるのが判った。
おばあちゃんの結界も、亀裂が入ってる。
体が先に反応する。
天叢雲剣を振り上げ、百鬼夜行と成った妖怪達を退けながら離れへ向かった。
強い力を感じた妖怪達は一度は離れ、それでも戻って来る妖怪を、朗が“水珠”で押し留める。

彼らを退治したい訳じゃない。

右くんが離れの入口を開ける。
そこへ滑り込んだ。

「母さん? 父さん?!」
暗闇に、目を凝らして二人を探す。

「優月……」

名前を呼ばれ、姿も見えて来た。
「あぁ。良かった。」

安堵するも、母さんは限界まで妖力を使ったせいで、姿が変化していた。小さな子どもの姿、座敷わらしに。
その後ろに、気絶して倒れてる父さんと、護る様に被さる左くんが居た。

「間に合ってよかった……」
言って、母さんは力尽きて倒れた。

同時に、空気がざわめいた。
妖怪が、離れて行く気配。

クロス。イザナギ自身が、河童様の池に居るからだ。

「「結界強化」」
言霊で結界をはり、外へ飛び出す。
 
 
河童様の池は光を放ち、百鬼夜行を退ける。
そこに居る優良とクロスを背に、十拳剣を翳す姉ちゃんと龍体に変化した先輩が池を囲んで威嚇して居た。

突如、空が光り、雷が落ちて来て、妖力の宿る雲からうねる龍体が見えて来た。
それは、七体に及ぶ。

イザナミの子ども達。

その龍達が、百鬼夜行の群れを押し留めた。
この場所に集まった妖怪達を、光る雷が、揺れる大地に縫い留める。
思わぬ援護を受け、力を解放する隙が出来た。
大きく息を吸い込み、想いを乗せた言霊を口にする。

「「数多の妖怪よ。イザナミから産まれた、イザナギとイザナミの子等よ。あなた達が無意識に望んでいたのは、父なるイザナギ」」

だけど、それは切っ掛けに過ぎない。

「「あなた方の求めるものは、それは“想う心”それは“愛”」」

壁を越え様ともがき、人間を求めたのは、人間がイザナギの血筋だから。
           
「「血に囚われず、己がに目覚める時、“想いの呪縛”から、解放される時!」」
 
イザナギとイザナミの“想い”から解放される時。

求めるだけの想いは、一方通行でしか有り得ない。
妖怪は、二人の求める想いを具現化し行動していた。

 
 
全ての意識はイザナギとイザナミの“想い”に囚われて、それぞれ個の感情が抑えられた状態にあるんだ。

イザナミがイザナギを想う心が、妖怪が人間を喰らう行為に繋がっている。
人間はそれに対して抗う術を持たない。ただ、その想いの強さに呑み込まれる。

そして、霊能力を持つ女性は、男の妖怪に対して、どうしようもなく惹かれるのだ。

根本に、イザナギとイザナミの宿命が在る。

産む神。

壁は、混沌を生み出すのを抑える役割もあった。
ただ求め合い、産み出しても、想いの果てに、妖怪、イザナミは、人間、イザナギを喰い尽くす。

狂気に変わった愛は、それでもその愛を求め相手を喰らう。

追い掛けるイザナミに対して逃げ出したイザナギはどうしても受け身になってしまっていた。
それが“力の差”をつけていた。

妖怪と人間。
その生態の違いを。
 
 
これが真実、
幾世代を跨いで続いた、愛に迷って遠回りし、残酷で、それでも美しい夫婦の一つの物語。
それを完結させる。

妖怪達……、子ども達の愛に飢えた心を満たし、誰もが、幸せに成る為に。

「「壁を越え、自身を見つめ“イザナギとイザナミ”の元へ、あなた達が“安心”出来る世界へ帰りなさい」」

右手に“天叢雲剣”を握り、左手に“十拳剣”を呼ぶ。
そして、想いの綴られた“閻魔帖”を再び呼び出すと、巻物の様に長く伸び、宙を舞い飛び、人界と妖界の交わった部分に扉の形に貼り付ける。

それは扉。

両手に持つ二つの剣を交差させ、扉を開く。
十拳剣の櫂の鍵と、未来を切り開く天叢雲剣の力を持って。



  
扉は開き、そこから眩い光が差し出す。
そして、呼ぶ声がする。

黄泉のイザナギとイザナミが、我が子を呼ぶ声。

百鬼夜行は、列をなして扉へ飛び込む。
それぞれの性質のままに、その躰は小さい子どもと変わり、妖怪達は、ずっと求めて居た父母の元へ帰って行く。

それは長くも短くも感じ、目も眩む程の美しい光景だった。

最後に、宙に放たれた妖気を全て吸い取った七体の龍が、互いに躰を交差させながら、扉に飛び込むと、扉は音もなく、閉じて行った。
そして、微かに聞こえた声に笑顔が溢れる。

───ありがとう。

と。

扉は閉ざされ、その元となった閻魔帖が、炎を上げ、一瞬で焼け落ち、瞬間、交わっていた二界を繋ぐ扉が、一つの世界、妖界と共に消滅した。
そして、新たに妖界と成った“黄泉の国”は、その存在を別の空間へ移動した。

この世界のどこにも、世界を別ける壁は無くなった。


 
それは、瞬きの間に終わった。

そして見渡す大地は、破壊だけが残っている。
僕は、更に“言霊の力”を使う。

世界を元に戻す。
その為の言葉を。

有った事は無くなりはしない。
だけど、やり直す事は、可能な筈なんだ。

「「世界は、ありのままに、地割れを直し、家を直し、人の記憶から恐怖となった妖怪の記憶を消し去る」」
そして、
     
「「には、に選択させる」」

これは、ずるいかもしれない。
だけど、今までの出来事が、全て幸せに繋がるとは限らないから。



それでも、
神話は神話のままに、
物語の結末は、それぞれに、ハッピーエンドであります様に。

祈りと、願いを込めて、僕は僕の力を使う。
 

 
全てを見届けた。
世界は静寂を取り戻す。
途端に身体中の力が抜けて、崩れそうになった。そんな僕を、朗が抱き留めてくれた。
変わらない愛情を触れた箇所から感じられて安心し、溜め息を吐く。

僕らは、河童様の池の辺りに静かに佇んで居た。
そこには、優良とクロス。姉ちゃんと先輩が待って居た。

「凄いよ……。跡形もなく直ってる!」
姉ちゃんがいつもの通り飛び付いて来た。

「うん。百鬼夜行の記憶も人間の記憶から消したよ。黄泉の国は、今は神社の岩戸が辛うじて繋がってる状態で……」
不意に思い出したのは、母さん!
離れに視線を泳がすと、その戸口に朗の両親が立って居た。

「大丈夫です」
凛とした朗の母さんが言った。
きっと、彼女らが治してくれたんだ。

「ただ……、」
朗の父さんが口を濁す様子に不安が過る。
「右と左は、彼女に還った。そうしなければ、人間には戻れなかったろう」

最後に見た時、その姿は座敷わらしそのものだった。

「そして、記憶が……、妖怪の記憶、前世の記憶がすっかり抜け落ちてしまって居た」

母さんは、それを選んだんだ。

「同じ様に、父上も、妖怪についての記憶が無くなって居る。私を見て、二人は驚いて、意識を失った」

父さんも……。
二人は二人の幸せを、一番に望んだんだ。
 


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