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御霊の焔
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しおりを挟む“暗闇”に見えたのは、黒い衣。
その存在は一言で言えば、闇そのもの。
天叢雲剣は、その刃の半分を岩にめり込ませて居た。
そして、その刃に縫い付けられているのは、黄泉のイザナギ。
その顔は見た事のない異形。大きな一つ目が顔の真ん中にあって、同じくらいの大きさの口が牙を剥き出して何かを叫んで居た。
剣は、黄泉のイザナギの黒い衣を貫いていた。
それも、胸の中心部を……。
痛みに歪んだ顔は、とても醜くて、思わず顔を背けた。
「「イザナギぃ───……」
その体に追い縋る黄泉のイザナミ。
僕は、岩戸を開けただけ。
まさか、黄泉のイザナギ本人をどうにかしようとは思ってなかった。
黄泉のイザナギに追い縋り泣き叫ぶ黄泉のイザナミ。
そのイザナミの足元に映る影が長く伸びる。
影は流れて黒い煙に変わる。影は黄泉のイザナギの足元に転がってた“ヒトガタ”の塊にまとわり吸収された。
ヒトガタの塊は蠢き、形を成す。
一人の、人間の、女性の姿。
「「……ハ、ハハ……」」
その女性の口から重なる声が呼ぶ。
―――ハハ。
ハハ……母?
この女性は、イザナミ?
淡い光を帯びた躰、黒く長い髪。体は女性の理想が形になったみたいに綺麗で、長く伸びる四肢は美しさを醸し出し、ゆっくりと、優雅に立ち上がった。
そして、長いまつ毛が震え、瞼が開く。
色んな色彩に光る眼。
「「……ハハ」」
母を呼ぶのは、龍の兄弟。
イザナミの元の躰に生まれた子ども達。
イザナミの躰は、子どもらは嘆く母親の背中に覆い被さる。
「「あぁああ───……!!」」
黄泉のイザナミが叫ぶ。
嘆きよりも、それは苦痛の悲鳴。
次の瞬間には、黒く輝く光りに包まれて、瞬きの後に現れたのは影。
影はぶれて二つに分裂した。
二人の女。
黒い衣を纏った黄泉のイザナミと、素肌に滑った液体を纏った先輩のお母さん。
「母さん!」
先輩が素早く駆け寄って、倒れそうになってたお母さんを抱き留める。
前のめりに倒れた黄泉のイザナミは、黒い衣を踏みつけて、黄泉のイザナギを凝視する。
「「私は、貴方だけが大事なのだ!」」
叫んで、黄泉のイザナギの胸を刺し貫いている天叢雲剣の柄を握り唸る。
───私は貴方だけが大事なのだ!
黄泉のイザナミの、それは心からの言葉。
それが、彼に届くといいと、思った。
黄泉のイザナギ。
彼は、何で目の前の女性を見ないの?
見れないの?
凝り固まった心。
置いてかれた心。
未来を見ようとしない、後ろ向きな心。
朗と繋がれた手の平から、違った角度から視えるのは。闇。
黄泉のイザナギの闇。
一つ事しか見えない眼。
一つ想いは純粋で、だけど、純粋故に、歪む程に心に生まれる闇。
闇に呑まれて囚われた。
自身の心に、自身の闇に。
心は、想いが渦巻いて、今は空っぽの箱の様。
そこに刺さった天叢雲剣。
心をバラバラにして、縫い付ける。
縫い付けるのは、彼を想う一人の女性。
黄泉のイザナミ。
───私ハ貴方ダケガ大事ナノダ!
言葉は言霊に成る。
言霊は想いの力。
*黄泉のイザナギside*
気付いた時には遅かった。
熱い痛みが胸を貫いていた。
どうしてこうなった?
私のイザナミが戦っていた。
私の力をイザナミに重ねて……それは確かで。
優勢であった筈だ。
目の前の、輝くイザナミの魂に、もう少しで手が届くところだった。
それが、神々しい光に遮られた。
その光の渦に一つ目が眩んだ。
そうして気付けば胸を貫く冷たい感触と熱い痛み。
息も出来ない。
考える事も出来ない。
私は……そもそも、何で在ったのか??
痛みは、産声。
私の産声。
生まれて初めて目に写ったのは美しいイザナミの泣き顔。
そして、その涙を受け留めた私は、それは自然にイザナミを腕に抱いた。
夢の様だった。
柔らかい肌。
長く美しい肢体は私に従順で、素晴らしい感覚だった。
そして、イザナミの子宮に種を残した。
全てを終えると、イザナミが狼狽えた。
それは私をも巻き込んだ。
何がいけなかったのか?
手に在るのは確かに自分のもので、イザナミ自身も私に身を委ねた筈なのに……。
イザナミの態度は、私を不安にさせた。
イザナミは、私を見ない。
反らされた瞳は見る間に揺らぎ、その双眼から流れ落ちて来た涙が、私の姿を写し大地に落ちた。
その姿に驚愕する。
何故?
私の見知った顔ではない。
この顔は……一言で言うなら醜い。
恐ろしい。
イザナミが顔を反らすのは当然に思えた。
私は“イザナギ”だ。
だからイザナミは体を開いた。
だが、
だが?
私は何だ?
私は?
“イザナギ”。
だが、全く違う顔をしている。
イザナミは自身の体を抱き締め項垂れた。
その視線の先には自らの腹部があり、そっと、愛しそうに一撫でした。
“種”は、すぐに実を結んだ。
私と、イザナミの子。
“私”と。
イザナミの……。
思考が迷走する。
突如、唸り声と、天地を揺るがす地響きと共に、現れた人影。
その声の主は、イザナミの傍に寄り添い立つ。
それは、イザナギ。
イザナギ!
イザナギ?!
───イザナギ。
それは私ではなかったのか??
あぁ。
だが、イザナミの涙に写ったのは。写った私の姿は、全く違う。イザナギとは違う顔。
私の疑問と苦悩に呼応する様に、足元が揺らぎ大地が割れた。
イザナミを、汚したのは……誰だ?!
誰だ??
あの、花の様な女性を。
女神を、私は、私は……。
私の足元の大地は割れ、穴が開く。それは私の心を現してるみたいに大きく、大きく口を開く。
頭上を照す光は、私の足元に影を作り、その影は私をすっぽりと覆う黒い黒い衣となる。
それはキツく、私の躰にキツくまとわり、闇へと引き摺り落とす。
穴は深く、深い魔窟に繋がっており、そこは私を捉えて離さない。
私は私の影を纏い、それは“獄衣”と成る。
獄衣。それは私の心を閉じ込め、私自身を闇へと繋ぐ鎖と成る。
私は、誰で、
私は何処に居る?
繋がれた躰は闇に色を変え、それでも“想い”は残り、求めた。
求め続けた。
ただ、ただ一人の女性を。
私の心を掴んで離さない。
イザナミへの想いはいつまでも心に居座り続け、それは、狂気と成る。
イザナミの育む腹の子は、確かに私と繋がって居た。
地の底に繋がれた私と、かの子は、同調する。
私は、イザナミが欲しい。
ただ、彼女だけが欲しい。
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