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御霊の焔
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しおりを挟む「イザナミは黄泉に囚われた“イザナギ”を見捨てられなかった」
優月が、言い切る。
「イザナギ自身は知らない事。だから彼に判らぬ様どうにかしたかった。助けたかった。だけど、イザナギの元に戻るには……」
「記憶が混濁し過ぎて居たの」
言葉を引き取る様に優良が話し出した。
「強く思って起こした行動だった。だけど、それだけでは上手く行く筈もなくて……混濁した記憶の中、イザナギが私を迎えに来てくれて、だけど、どうしてか別れる結果になった。……なのに、彼を想う気持ちは止まらなくて。救いに来たイザナギを忘れて逃げ出した。周りを巻き込んだ……菊理媛、ゆうつき、優月。あなた逹を巻き込んだ」
優良の瞳から涙が溢れた。
溢れ出た涙は丸い玉になって、すぐに水に解ける。
「私は……ただ、イザナギを愛して居ただけ」
顔を両手で覆い、泣き伏す優良を、化け猫、クロスが背後から抱き竦める。
「“私”も、イザナミを愛して居た。なのに、簡単に騙されて……手放した。それ故に、永い輪廻の罰を受けたのだろう。会わす顔がなかったんだ」
だけど、と、クロスが呟いた。
「何もかも忘れていた状態で、それでも、一目で恋に落ちた……理由なんてないんだ。好きになるのは、愛する事は……どんな事でもしてしまう。バカな事でも、無謀な事でも。それは、黄泉のイザナギも同じなんだろうな。ただひたすらに愛し続けて居る」
その気持ちは誰でも根本にある想いだ。
誰かを求める想い。
それは枯れる事のない想い。
そう言った相手に巡り逢えるのは幸せな事で、背中合わせに不幸になる事もありえる。
*優月side*
朗の手の平から伝わる複雑に絡んだ想いの渦。
自分ならば、どうする?
どんなに望んでも手に入らないなら……?
愛なんて不確かで、目に見えないものの為に、僕なら……どうする?
閻魔帖は光る。
光りは天叢雲剣を包み力を増大させる。
閻魔帖の力を、イザナミの想う気持ちを食み、剣が力を輝かせる。
「───解放しよう。黄泉のイザナミの望み求める者を、彼女の望みを叶え様……彼女の望む“世界を変える”よりも、彼女達が変わる方が良い」
何よりも、望むのは最愛の人と共に生きる世界。
そっちの方が良いに決まってる!
二人で孤独よりも、二人で幸せな方が良い……。
黄泉の国の扉を開く。
そこから出て来るのは、神か仏か?
僕にも判らない。
だけど、
だけど。
目の前の二人の女性、二人のイザナミ。
深い愛情と後悔とを涙に吐き出す、イザナミの優良。
黄泉のイザナミの両眼に見えるのは、希望の光。
水が揺らぎ、激しく渦を巻く力の光を柔軟に受け入れる。
水柱の丁度真下に、黄泉の国の入口がある。
そこは黄泉比良坂。
岩戸に塞がれたその入口に向かって、イザナミの想いを吸い取った天叢雲剣を放つ。
水が割れ、一直線に剣は岩戸に突き刺さり、そのまま深く内側まで刺し貫く。
くぐもった音が水面を滑り、口を開いた黄泉の入口に向かって真水が吸い込まれて行く。
水の渦はそこに居た全てのものを包み、優しく運ぶ。
運命の場所へ、
黄泉のイザナギの居るところへ……。
真水に優しく運ばれて堅い岩場に全員が落ち着くと、真水はそのゴツゴツした岩場に吸い込まれる様に消えて行った。
来た道を見上げると、自身で形直った岩戸が鈍い音を響かせながら入口を塞ぐ。
途端に、生温い空気が肌にまとわりつく。最初に黄泉のイザナミに感じた重い空気が、この空間を満たす。
「……皆。大丈夫?」
姉ちゃんが最初に声を上げた。
「「あぁあああ───……?!」」
姉ちゃんの声で我に返った黄泉のイザナミが、悲鳴を上げたかと思うと、岩を蹴る様に飛び立ち、暗闇の続く長い道を駆け降り始めた。
それが、進む道。
「優月!」
朗の腕に支えられ立ち上がると、その後を追う。
誰もが無言で走り出す。
まとわる空気は重く、行く手を阻む様にも感じる。
頭の天辺から足の先まで暗闇に呑み込まれた感覚。
行く手は視界には映らない。
だけど、強い気配と存在感を感じ、進む方向に迷いはなかった。
いきなり暖かさを感じ、横を見ると、茶色の炎が顔を照らす。
「見えないでしょう?」
優良の土の炎。
柔らかい炎。
土の龍は、優良の腕に戻って居た。
炎を見て、気持ちが落ち着く。
そうしたら足取りもゆっくりとなる。
「ここが、私が長く居た世界」
優良の声が岩に響く。
それはとても実感のある言葉で、重かった。
「くしゅんっ。寒……」
姉ちゃんが盛大なくしゃみをした。
───寒い?
それで気付く。僕は冷たさを感じてなかった。
肌の冷たさ。
朗と同じ、河童の躰。
微笑みが浮かぶ。僕らは、初めて同じ者に成れた。
変な感じだけど、嬉しくて。傍らに寄り添う朗を見上げると、繋ぐ手が頷く様に握られて安心出来た。
くしゅん。と、姉ちゃんが二度目のくしゃみをした。
「姉ちゃん。大丈夫?」
僕は河童で風邪はひかないだろうけど、姉ちゃんは龍珠とは言ってもほとんど人間で、濡れたままでは体に悪い。
「大丈夫だ……」
傍に居た先輩は、人型に戻って居た。
姉ちゃんに手を翳し水を弾いた。
「うわ! スゴい」
姉ちゃんが歓喜して先輩に飛び付いた。
姉ちゃんのそう言う素直なところは素直に羨ましいって思える。
相手を想う気持ちは、それぞれ各々違って見える。
姉ちゃんと先輩。
優良とクロス。
僕と朗。
それに、黄泉のイザナミと黄泉のイザナギ。
想うのは、想い合えるのは素敵な事だと思うのに……、それは紙一重で残酷で地獄に堕ちる事にもなり得る。
誰もが、姉ちゃんみたいに素直ならいいのに。
足は進んで居たけど、緊張感が切れてしまっていた。
それで暗闇の奥の奥から漂って来る気配に気付くのが遅れた。
感じるのは、黒い闇の闇。
一瞬で誰もが息苦しくなり、足を止めた。
「「───……イ……ザナギっ!!」」
先に行った黄泉のイザナミの声が木霊する。
その声には苦痛が滲んで居た。
急がなきゃ。って気持ちだけが足を進める。
重い暗闇の中、行く手に見えて来たのは一点の光。
その光が何か?
気配で判った。
天叢雲剣。
それが、暗闇を固い一つ岩に縫い付けて居た。
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