河童様

なぁ恋

文字の大きさ
上 下
85 / 118
二人の男

しおりを挟む
 
 
陰と陽。
相反した性格をもつ二つのもの。

それは一つのものから成り立つ。

男と女。
胎内に根付いた時、性別はどちらともつかない。

元は一つ。

全ては同じ一つのものから成り立って居るのかもしれない。

********* 
  
† 水先家。


*優月side*

皆が気持ちを一つにした時だった。

悲鳴を上げた母さんが倒れた。
同時に先輩が一つ方向に険しい視線を向けて白髪を逆立てた。

「母さん!?」

僕と姉ちゃんが慌てて駆け寄る。
父さんの腕に抱かれた母さんは苦しい息遣いで、閉じた目を開いた。
左目眼球は黒一色で、右目は赤く色付いていて、それは涙の様に頬を流れ落ちた。
まるで血の涙。背筋が寒くなる。

「どうしたの?!」

心配で声が裏返る。

「……右くんが怪我をしたんだね」

父さんが静かに答えた。

「何でっ」

「白龍が、目覚めた」

先輩が拳を握り言葉を吐き出した。

「目覚めただけじゃない。“黄泉”から来たものが居る」

優良が右手を抑えて顔をしかめた。

「来たもの?」

「私の残して来たもの。私自身───イザナミ」

イザナミ。
黄泉に残ったイザナミ。

 
 
それに、と口を閉じた優良に、母さんが後を続けた。

「見えたは……響夜くんのお母さん、躰を取り戻した」

それは嬉しい事。

「でも……その躰を“イザナミ”が奪ったのよ」

言われた事に皆が固まる。

「そんな事……」
信じられないと首を振る姉ちゃんに、
「私が菊理媛の躰に入った同じ方法だ」
と、苦い顔をした優良が溜め息を吐いた。

黄泉から逃げる為に、岩戸から魂だけを移動させた。

「何で今頃―――」
呟いた先輩が口を開けたまま膝を着いた。
「俺のせいか?」
呟くと同時に姿が人間のものに変わった。

その先輩の肩にそっと手を置いた姉ちゃんが、
「なら、私よ。優良が隠してくれたけど、龍珠の私が白龍を一瞬でも起こしかけて……」

「責任の所在なんてどうでもいい事だよ。兎に角今は右くんを探しに行かないと」

父さんの言う事が今する事だと感じた。

「なら、私が行こう。他の誰かでは見付かっては困るからな」

朗が言った。
 
 
今は、どうすれば良いのか判らなくなった。

先輩のお母さんを助ける。

それは簡単に出来ると思ってた。
それが複雑になる。

でも、何で“イザナミ”がこっちへ来る必要があるの?

「河童が行けば癒せる。それが一番だな」
「なら、僕も」
「お前は駄目だ。前世が目醒めた今、捕まってしまったら何をされるか判らない」

優良は頑として譲る気はないみたいで、

「ゆうつきの時、冥界の境で餓鬼がゆうつきを捕らえ様としたのは、黄泉の王が私に気付いたからだ」

閻魔の朗が救けてくれた。

「恐らくは、私の存在をこの土の焔から気付いたのだろう」

掴んだままの右腕には土色の炎の刺青。
それはイザナミの子どもである雷の一人。

「責任を問うなら、イザナミの本体で在る私にある」
 
 
 
本当に、誰かの責任なんて言ってられない。

「気付かれない様に、座敷わらしの右を見付けたら直ぐ様帰って来るんだ」

優良は朗にしつこく言い聞かせた。

「判っている、それにあの場所は、私がかつて護って居た地だ」

泉守道者で在った時。
朗が、笑顔で僕に言った。

「行ってくる。必ず帰って来るから」

別れはもう十分に経験した。

「うん。信じてる」

笑顔で返す。
これからは、一緒に生きて行くんだから。

出て行く朗の背中を見ながら、初めて“約束”した事に気付いた。

菊理媛の時も、ゆうつきの時も、こんな約束事をする余裕なんてなかった気がする。

だから大丈夫。
朗は僕のところへ帰って来る。
“約束”は、“誓い”なんだから。
 
 
*朗side* 


石段を上がる道すがら、懐かしい匂いが鼻についた。
それは桃の甘い匂い。
かつて冥土へ旅立つ者を桃の木が護って居た。
その痕跡?
いや、今現在香る匂い。

桃の木は全て壁を造る為に消えた筈だ。

桃の加護と、私、泉守道者の躰を使って壁を造った。

だが、酷く匂う。
何かを護ろうとして居るのか?

気配を感じて顔を上げた。
そこに居たのは淡い光りを纏った老人。
そしてその腕には小さな座敷わらしの右。

「誰だ?」

訊くと、声は直接頭に響いて来た。

「「私は、玲子の父親です……その前の世では、“ゆうつき”と“たまゆら”の父親でもありました」」

すると、龍の祖父。

「「……私が決めたのです。贄を捧げると強固な護りになると……それが娘二人を失う羽目になりました」」

「私は懺悔を訊きに来た訳ではない」

老人は、口を閉じた。

「その座敷わらしをこちらに」

差し出した手に、素直に右を寄越した。
 
 
 
右は小さな赤子よりも更に小さな躰をして居る。
水先の母の前世の分身ながら、ちゃんとした座敷わらしだ。
それが躰が透けて魂が弱って居た。
どんなに隠れるのが上手くても、イザナミの力はそれだけ強大。

すぐに治療をしなくては。
石段に座り、右を膝に寝かせ、手首を爪で裂き右に血をかける。

すぐに効果は現れて、実体が戻った。
安心し、改めて気付く、桃の甘い匂いが右から香る。

桃の加護で右は消えずにすんだと言う事か。

背後に居る老人に視線を向けると、その後ろの石段の頂上に入り口の鳥居よりも背の高い樹が見えた。
それは一見桃の木には見えない。
注連縄しめなわをされた大きな幹を持つ護神樹。
長く太い幹の天辺に傘をさす様に開いた葉も、まるで桃とは違うもの。なのに、桃の木なのだ。

「お前が右を救けてくれたのか?」

老人は静かに頷いた。
 
 
 
「「私は死して後に遺した遺言にて、この護神樹の下に埋めて貰ったのです。結果、現世に留まりこの因縁を知る事になりました」」

因縁。イザナミとイザナギと黄泉の王。
更には、菊理媛と泉守道者。白龍と玲子。

「「この護神樹は“壁”に成った桃の木の、遺った“加護”の集合体。私はこの樹と同化し、精霊と成ったのです」」

老人が右の頭上に手を翳すと、右が目を開けた。

「「玲子と龍羽の事も見守って来ました」」

右は慣れた感じで老人の肩に登る。

「「この座敷わらしも、玲子を護る為に無理をしようとしてくれた。けれども、余りの邪気に弾かれて死にかけた」」

溜め息を一つ吐いて、
「「“イザナミ”は、今は白龍の下で眠りについています」」

老人は更に言葉を続けた。
「「桃の加護で結界を造り、この人の居ない神社にイザナミを留めておきます。
決着をつける時だと私は感じています」」
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴方の事を心から愛していました。ありがとう。

天海みつき
BL
 穏やかな晴天のある日の事。僕は最愛の番の後宮で、ぼんやりと紅茶を手に己の生きざまを振り返っていた。ゆったり流れるその時を楽しんだ僕は、そのままカップを傾け、紅茶を喉へと流し込んだ。  ――混じり込んだ××と共に。  オメガバースの世界観です。運命の番でありながら、仮想敵国の王子同士に生まれた二人が辿る数奇な運命。勢いで書いたら真っ暗に。ピリリと主張する苦さをアクセントにどうぞ。  追記。本編完結済み。後程「彼」視点を追加投稿する……かも?

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

この愛のすべて

高嗣水清太
BL
 「妊娠しています」  そう言われた瞬間、冗談だろう?と思った。  俺はどこからどう見ても男だ。そりゃ恋人も男で、俺が受け身で、ヤることやってたけど。いきなり両性具有でした、なんて言われても困る。どうすればいいんだ――。 ※この話は2014年にpixivで連載、2015年に再録発行した二次小説をオリジナルとして少し改稿してリメイクしたものになります。  両性具有や生理、妊娠、中絶等、描写はないもののそういった表現がある地雷が多い話になってます。少し生々しいと感じるかもしれません。加えて私は医学を学んだわけではありませんので、独学で調べはしましたが、両性具有者についての正しい知識は無いに等しいと思います。完全フィクションと捉えて下さいますよう、お願いします。

浮気性のクズ【完結】

REN
BL
クズで浮気性(本人は浮気と思ってない)の暁斗にブチ切れた律樹が浮気宣言するおはなしです。 暁斗(アキト/攻め) 大学2年 御曹司、子供の頃からワガママし放題のため倫理観とかそういうの全部母のお腹に置いてきた、女とSEXするのはただの性処理で愛してるのはリツキだけだから浮気と思ってないバカ。 律樹(リツキ/受け) 大学1年 一般人、暁斗に惚れて自分から告白して付き合いはじめたものの浮気性のクズだった、何度言ってもやめない彼についにブチ切れた。 綾斗(アヤト) 大学2年 暁斗の親友、一般人、律樹の浮気相手のフリをする、温厚で紳士。 3人は高校の時からの先輩後輩の間柄です。 綾斗と暁斗は幼なじみ、暁斗は無自覚ながらも本当は律樹のことが大好きという前提があります。 執筆済み、全7話、予約投稿済み

姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王

ミクリ21
BL
姫が拐われた! ……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。 しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。 誰が拐われたのかを調べる皆。 一方魔王は? 「姫じゃなくて勇者なんだが」 「え?」 姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

春を拒む【完結】

璃々丸
BL
 日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。 「ケイト君を解放してあげてください!」  大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。  ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。  環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』  そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。  オメガバな設定ですが設定は緩めで独自設定があります、ご注意。 不定期更新になります。   

処理中です...