河童様

なぁ恋

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黄泉のイザナミ

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そんな時、怪しい男の集団が夜闇に紛れてうちに来た。

沢山の金貨を持って来て、宝珠を譲れ。と、けれど、父はそれを拒んだ。

男達は静かにその場を離れたが、その中の一人と目が合った。
男は父に判らぬ様に小さな紙片を私に握らせた。
見ると、次の晩同じ時刻に伺う。と書かれてあった。

金貨。あれがあれば村人もいくらか助かる。

その思いに駆られた私は、宝珠を持ち出す決意をした。

あんなもの。ただの水晶珠だ。
昔話に縛られたこの家にも嫌気がさしていた。
         ..
あれが無くなったら解放される。

繰り返し聞かされた昔話を、龍の宝珠とされるあの水晶珠を私は恐れていた。

いつも感じていた不安と恐怖。

龍の祭壇は、龍が眠りに就いたとされる岩壁に沿って造られた社の奥、剥き出しの岩壁を削り作られて居た。

私は見るのも近付くのも避けていた。
これは最初で最後。
そう思えばその祭壇の部屋へ入る事が出来た。
 
 
足元は貼りたての畳の匂いが立ち込め、空気は氷の様に冷たい。

岩壁に目をやると、もの言わぬ水晶珠が静かにそこに在った。

手に持った蝋燭の炎が静かに揺れる。
その炎に照らされて怪しく光る宝珠。

まるで生きているみたいで子どもの頃からこの水晶珠が恐かった。

近付くと意味もなく落ち着かなくて、
最初に人柱になった先祖の悲鳴が聞こえて来る様で耳を塞いだ。


これが無くなれば、私は安全だ。
それに村人も助かる。

深く大きく深呼吸して、足を進める。

私は、間違ってない。

「……売れば、皆が幸せになる」

知らず言葉にしていた。

水晶珠に手を伸ばした時、岩壁から風が吹いて来た。

岩壁の奥には何があるの?

ここは龍神の祭られた神社。
この宝珠は龍の珠。
 
宝珠に触れた。
触れた箇所が熱く、驚いて片手に持って居た火を落とす。

火は畳を焦がす音を立て消え、宝珠に触れた手はそこから離れず、風が強さを増して私の束ねた髪を解いた。

冷たい風が体にまとわり着き足先に冷たい水が触れた。
何で?
室内に水なんて?

水。
龍羽神社の龍は白龍。
水の龍。

まとわり着く風は龍の息吹き。
足先に触れた水は龍の躰。


思うよりも先に悲鳴が口を吐いて出た。
それを消し去る程の低い声が耳に届いた。

「「───……何故……逃げた───」」

その声は、地から、天から、そこら中から響いて来た。

逃げた?
「何、から?」

悲鳴は呑み込まれ、返事をする様に訊ねていた。

「「我から、逃げたぁ……。“たまゆら”よぉ───」」

たまゆら。
人柱となった先祖の少女の名前。

「ちが……私は、珠を売ろうと」

風が一瞬止まり、
瞬きをして次に目を開いた時、視界に飛び込んで来た白い瞳にいすくまる。
 
 
視界に映ったものに驚き、それと共に、その美しさに息を呑む。

白く輝く肢体。
そして、その眼は力を持って、強い光を灯して私を見ている。

大きな口から吐き出された冷たい息吹きが頬を撫でた。

「「…………名は?」」

白龍が口を開く。

「玲子」

応えずには居られなかった。

「「……“たまゆら”の……血の者だな」」


たまゆら。
響夜家最後の女性。

「「あれは、逃げた……“玲子”よ。何故、私から“たまゆら”を奪おうとしたのか?」」

たまゆら?
白龍は短い右手に握り締めた宝珠を私に差し出した。

「わたしは、珠を……」

言葉を呑み込む。
宝珠を見つめ気付いた。
この宝珠こそがたまゆらその人なのだ。と。
 
  
恐ろしくて堪らなかった水晶珠を目の前にして、祭り主である白龍を見て、怖いと同時に美しいと思う気持ちが沸き上がる。

どうしようもなく、惹かれるのはどうして?

私の想いが解ってるみたいに白龍が笑う。

「「私は飢えていた。
“たまゆら”が私から逃げて幾数年過ぎたか判らぬが、あれのせいで腹が空いて仕方ない」」

白龍に捕まれた体が言う事を聞かない。

「「玲子。主は飢えた私に捧げられた贄よ」」
  ...
その白い瞳が私を捕えて放さない。

「「贄の分際で、私の宝珠を売ると言ったか?
“たまゆら”の魂の抜けた宝珠を?」」

贄は捕らえられた魂。
魂は逃げた?

「「だが、まあ良い。主は簡単には逃がしはしない」」

骨が軋む程に白龍の大きな冷たい三本指が私を握り締める。
 
痛みに感じたのは、私は、代わりなのかもしれない。
 
 
 
白龍の冷たい息が私の顔を舐める。
体を覆う白い巨体。その鱗が柔らかい皮膚を裂く。
次に感じた体が裂かれる様な痛みに、何が起こったのか理解出来なかった。

ゆっくりと白龍は離れ、途端に腹部に違和感を感じ、それと同時に腹が膨れ上がり、呼吸が苦しく息が上がり、一気に痛みが押し寄せ、股の間から何かが出て来た。

私の胎内から産まれた。
体を裂いて出て来たのは、

それは少年。
血に濡れた黒髪裸体の、私と同い年くらいの少年。

私の口からは悲鳴が止まらない。
体は痛みに震え、頭は考える事を止めた。

耳に残ったのは、
「「“龍の宝珠”を売ろうとしたそなたの罪は永劫に続く。その罪が解かれる時は、そなたの子が立派に成人し我龍の姿を持ち得た時」」

白龍の呪いの言葉。

私は、“たまゆら”の代わりに龍に囚われた。

 
  
……
───……


すべてを思い出して、息を呑む。

視線の先に在る龍の宝珠が仄かに光り出し、恐ろしさに後退る。

揺れる水面に映り出された光りの中に人影が見えた。

それは私?

───玲子。

この声は……。

───痛みと苦しみと……、

最初に聞こえた声。

───すべてを取り除いてやろう。

名は、

───私を、受け入れるだけで楽になる。

その名は、イザナミ。

───そうだ。イザナミ。私は、イザナミ。




その名を口にした途端、体が熱く火照り、体を浸していた水が熱く煮立ち出す。

「アァアアアア───……!!!」

知らず叫び出した声は大きく家屋を軋ませた。

───そなたは静かに眠ると良い。

その声は有無を言わせぬ絶対的力があった。

───恐ろしい事等もうありわしない。夢見の中に深く堕ちよ。


意識が遠退く。
イザナミの声に呑まれて、私は、玲子は玲子でなくなって行く。
 
 
 
私が、私で無くなる。
それは新たな恐怖!

手を伸ばす。
伸ばした手は宙を掴み、誰かの名を呼んだ。


「───……!」


いつも私の傍に居て、
いつも私の世話をして、
いつも私を呼んでくれた人。


「……りうぅ───」


私を“母”と呼んで居た少年。
あの時、私から産まれた少年。

龍羽。

私は長い間、彼に護られて居た。
大事にされて居た。






私は、


───私?
私は、



「私は、イザナミ。
産女神イザナミ」


足元の水は蒸発し、むき出しとなった土に足を踏み締める。
力に押しつぶされた家屋の隙間から、昇り始めた太陽が私の瞳を捕え焦がした。

「……くっ」
影に隠れて目を閉じる。

「慣れるには今少しの時間が必要か」

玲子がした様に手を伸ばすと、ひんやりとしたものに触れた。

「あぁ、頭の……久しぶりじゃの」

愛しい我が子。
頭のが長い舌で瞳を舐めた。焼けた眼球が癒され、同時に水の膜を作り保護される。
ゆっくりと目蓋を開けると、頭のの白い躰が陽の光りに美しく輝く様が鮮やかに見えた。
 
 
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