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各々個の真面目
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しおりを挟む河童は目を細め口を開く。
「私の息子は消えた」
悲しげに顔を歪め、ホロホロと涙を流した。
「息子?」
「私の息子の魂の欠片を身に宿した閻魔の朗」
河童は首を傾げて訊く。
「お前はゆうつきの娘? だが……何故? 私の知っている匂いが、する」
涙の枯れない瞳に輝く星。
紛れもないヒルコと同じ瞳。
その瞳を食い入る様に見る。
「知っているぞ!」
河童は顔を両手で覆い肩を震わせ叫ぶ。
「知っている。お前は、イザナミ!」
目の前に居る河童はヒルコ。
あの時に産み落とした愛しい我が子。
「ヒルコ」
思わず名を呼ぶ。
「イザナミ……母様?」
巡る運命の糸は誰が繰り出しているのか?
別れと再会が繰り返される。
気を取られ、背後に迫る気配に気付いたのが遅かった。
「「イ ザ ナ ミ」」
耳元で囁かれ、全身に鳥肌が立つ。
頭上で雷の走る光と、足元に響いた雷鳴。
体にまとわる痺れ。
肩に食い込む痛み。
「あぁっ」
雷の、イザナミの愛し子が、私の、優良の肉体に歯を立てる。
ゆうつきの加護が途切れ、私自身の気が反れ、油断していた。
私を見付けたのは、右手の“土の雷”。
右肩に食い込む雷の牙が、そのまま指先まで斑の跡を付けながら大地に縫い付ける。
「母様!」
ヒルコの悲痛な叫びと、大きな水の波動を感じて痛みをこらえて頭を上げる。
ドンッ
鈍い音と、土の雷の泣き叫ぶ声。
肩を見ると、水珠が肩から指先までを包み、キツく縛り土の雷を苦しめていた。
息を吐く事が出来、考える。
この子に見付かったと言う事は奴に知られたと言う事。
壁が壊される。
完全に崩壊してしまったら逃げる術はない。
水に閉じ込められた土の雷に話し掛ける。
「愛しい子。土の雷よ。
貴方は母と居たい?」
体に食い込む痛みは、昔を思い出させる。
「「イ ザ ナ ミ。イッショニ……イタイ」」
即答した土の雷に言霊を乗せる。
「これからの転生を私と共に、私の手と成り、私の力と成る事。
それが条件」
土の雷は、私の肩から指先に雷跡を残し、しがみついた。
承諾は服従に代わる。
水珠が雷の熱で蒸発し、ヒルコを見る。
「私は“壁”を直さなければならない」
ヒルコに言った様で、自分に言い聞かせる。
壁を補強する。
いつも視えていた透明な壁を仰ぎ見る。
全体にひび割れた壁をどうすれば?
―――桃の香りが仄かに鼻につく。
次の瞬間。
壁が一瞬輝き、その根元、三途の川から上へ薄い布の様な壁が壁の前に立ち塞がった。
「これは?」
「朗が命を絶ったからだ」
ヒルコが呟いた。
「思い出した。
.
壁の出来た時、私は立ち会って居た。
泉守道者が命を賭して壁を張り巡らせた」
壁にひびを入れた閻魔が、まるでその責任を取った様に遺した新たな壁。
それは最初のものより明らかに薄く儚げで、保って数年。
口端を噛む。
やはり、今よりも強く保つ壁を造るには……この体を使うのが一番だと結論付いた。
そして知識と力を体とは別に分ける為“書物”を造る。
更に、書物を持ち徒人を助けるものが必要。
私を継ぐものが必要。
私は恋をして居た。
だから、本当はもっとそんな幸せを味わって居たかった。
「優良!」
丘から駆け降りて来た優陽が、躊躇なく三途の川へ足を踏み入れて私の傍へ来た。
「雷が落ちたから……優良が心配で」
息を切らし全身ずぶ濡れの私を抱き締める。
それがどんなに嬉しくて、どんなにときめいたか……愛しさが込み上げる。
イザナギ!
抱き締め返す。
この温かみや匂い、彼の全てを忘れない。
「優陽……貴方が好き」
「素直に、嬉しいですね」
でも。と、事の顛末の全てを優陽に語って聞かせた。
イザナミ。イザナギ。
始まりと今からも続くであろう道筋を。
そして優陽が笑顔を見せた。
光栄です。と、頭を下げた。
いつまで続くか判らない。
それを覚悟して……。
私達には“力”がある。
混沌から産声を上げた古の魂の。
それに続く血脈と、受け継ぐ能力は、護る力と成る。
全てを、終わらせるには……?
「“イザナギ”を倒さなければならない」
意識は現在へと戻る。
目に映るのは水面から見える風景の様に歪んでいて、それが徐々にはっきりとした形になって行く。
目を閉じて、新たな肉体と一体化して行く感覚に身を委ね、その力を吸い込む様に大きく息を吸う。
次に目を開けた時、そこに居る者達の顔がはっきりと見えた。
優月、朗。
優星、龍。
優太、璃世。
河童の夫婦に、
化け猫。
新しい者。
この世代で終わりにしなくては、改めてそう誓いを立てた。
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