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各々個の真面目
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しおりを挟む少女にまで育った頃、一つの出逢いがあった。
その頃になると、母は体調を崩し横になりがちになって居て、私が面倒を見る様になって居た。
いつもの様に三途の川まで水を汲みに行った時、丘の上に人影が在った。
男が立って居た。
その気配に驚きと喜びが生まれる。
イザナギ。
彼の姿と、気配。
何よりも“魂”が殆ど彼のもの。
驚き、戸惑い、桶を握り締め、立ち尽くして彼を見つめる。
彼はゆっくりとこちらに近付いて来た。
「赤い髪を持つ君は、鬼?」
真っ直ぐに私を見ながら訊く。
私は首を振り、彼を見つめる。
「じゃあ君は村人が噂している閻魔の娘?」
訊かれて、震える手が桶を放し、落ちた桶は突き出した岩に当たり鈍い音を立てて壊れた。
「……君。大丈夫かい?」
そう言って覗き込む彼が、一瞬目を見開いた。
そして優しく目尻を指で拭ってくれた。
「何故泣いているの?」
そう訊かれて涙が流れている事に気付いた。
「嬉しいから」
擦れる声で零れた言葉。
それに驚いた彼が、小さく微笑んだ。
その笑みに恋に堕ちて居た。
彼が好きだ。
彼はイザナギに近い魂の持ち主で、その見姿もイザナギの面影を持って居た。
「僕の名は、優陽。優しい“優”空に輝くお日様の“陽”と書く。水先 優陽だ」
彼は、この瑞雲村の村長の息子だと言った。
「此処には初めて来たんだ。
“鬼”が出るから来ては駄目だと皆に止められていた。
鬼ではなければ、村で噂の閻魔の娘なのだと解った。けれど……“噂”とはやはり、大半は真実とは違うのだな」
そう言って優しく微笑んだ彼は、私を見つめ返して訊いた。
「閻魔の娘。君の名は?」
自然に口が動く。
「優良。優しさが良いと書いて優良」
「同じ字を持つもの同士か」
恋に堕ちる。
それは新鮮であった。
イザナギとイザナミは当然の様に夫婦で在ったから。
この感覚は以前の“想い”とは違う。
少女で在った私は、純真にその想いに従った。
だが、そんな私の変化が匂い立つ。
抑えられて居た力が目覚め、眠って居たもの達を揺さ振り起こす。
イザナギとイザナミが巡り合い、“イザナギ”が探して居た“イザナミ”を見付け出す。
雷が、空を荒れ狂う。
イザナミの子ども達が母親の魂を捕える為に暴れ飛ぶ。
「優良。貴女は恋をしてるのね?」
母が言った。
その問いに答えられずに居ると、ただ笑みを浮かべた母が頷いた。
「私の分も、妹の分も幸せになって」
“妹”ゆうつきの妹“たまゆら”は、あの神社に現れた白龍に龍の宝珠にされたと噂に聞いた。
この人界は私が産まれ出た事で、今や百鬼夜行はびこる未曾有の地に陥って居た。
百鬼夜行は副産物。
私を探す“黄泉のイザナギ”の息吹きが妖人共を人界に押し出していた。
黄泉のイザナギ。
その存在を、嫌でも私に知らしめ、私の周りを不幸に陥れる。
産まれ出た時から判って居た。
閻魔が壁にひびを入れてすぐ、雷が私を捕らえ様と更に壁を壊し空を駆け巡ったから。
そして、それらから私を護る為に命を力に代えて私を包んでくれて居た母。
加えて影から閻魔の父は、霊力の強い母を狙う妖怪を倒して居た。
幼き頃には気付けなかった。
護るつもりで産まれた筈が、いつの間にか護られて居た。
本能で解って居た。
自分は捕まっては駄目なのだ。
..
黄泉のイザナギには。
母の命が尽きたのはそう自覚した時。
体は細く、実際の年齢よりも随分と歳をとった印象をうける母は、最期に私を強く抱き締めた。
「優良は、幸せになりなさい」
それが最期の言葉。
そう願って居たのは私。
転生の後には菊理媛の望みを叶える筈だった。
なのに、また……。
母に、ゆうつきに。
父に、閻魔の朗に。
救われた。
母の命消えた後、赤髪の閻魔が初めて私達の前に姿を現した。
最初に私に目線を寄越し、視線を落とす。
一瞬微笑んだ気がした。
父は黙って母の亡骸を抱き上げると、
「幸せになれ」
母と同じ言葉を残し家を出た。
その後ろ姿を追い掛けて目にしたのは、三途の川に身を沈める二人。
止める事は出来なかった。
そして二人を呑み込んだ同じ場所の水面が揺れ、二人の代わりに現われたのは、緑色の肌をした“河童”
ヒルコの子孫はそう呼ばれる存在となって居た。
本来の人間を救うと言う目的は、泉守道者の造った二界を隔てた壁が要を成して居た。
その為、身を潜めて生きぬいて来た。
そんな河童は、好奇心旺盛な面があって、たまに人間の前に姿を現し驚かしたり等、悪戯好きで、その反面、誰にでも良く利く妙薬を作る妖怪として世に知られて居た。
だが壁が崩れた事で、癒しの力の籠もった真水の匂いが知れ渡り、それが仇となって、今や他の妖怪に命狙われる日々を過ごしていた。
それを解っていたからこそ河童は冥土の“命の泉”に隠れ棲んで居た。
それがいつの間にか閻魔を管理する存在になって居たのだ。
冥界と人界を、壁を気にせず行き来出来たのはヒルコの血筋によるもの。
神に限りなく近い人間である、菊理媛の体から生まれた不完全な神の子ども。
“神人”でも“徒人”でも“妖人”でもない存在。
そんな河童が目の前に現れた。
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