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産み女神
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しおりを挟む*黄泉の国の王*
女神を初めて見た時、一目で心奪われた。
黄泉の国は魔物の巣窟。
その統括する任を神々から与えられた。
名も無い自分は五体の形は完璧で美しかったが、土色の肌に同色の長髪を持ち、黄泉の暗闇を見渡せる大きな一つ目と、何をもを噛み砕く事の出来る強い牙と、それらを呑み込める大口を持って居た。
一言で言えば容姿の醜い化け物。
だから土の下に追いやられた。
神々は美しいものを愛していたが、醜いものは嫌悪していた。
それらを見えぬ様土の下に隠したのだ。
その気持ちは解らなくはなかった。
神は自身の持ち物全てから神を化生させる事が出来たが、イザナミ、イザナギは愛を持って二人で子を生した。
それを目にする度に何とも言えない嫉妬と、イザナギへの憎しみと、イザナミへの恋慕の情が沸き上がった。
欲しくて欲しくて欲しくて、気も狂わんばかりに心が焼けた。
だから策してイザナミを黄泉に堕としたのだ。
その死体と共に黄泉の国へ、自分の傍へ。
だが、イザナミはなびかず、いつまでもイザナギを想って泣き伏せた。
その涙から化生したのが八体の雷の魔物。
黄泉で産まれたものは、全てがまがまがしい魔物と成る。
魔物を支配して居るのは、黄泉の国の王で在る自分。
雷の魔物達が産まれ出てすぐに、この眼力で施したのはイザナミの見張り。
そして、同調。
雷の魔物は毎日母の死肉を喰らう。
その味や苦痛。母性の味わいは心を満たした。
それが気配が変わる。
地上からイザナギがイザナミを迎えに来た。
それも難なく撥ね除けた。
だが、今度はイザナミが逃げ様としている。
それは何よりも耐え難い事実。
雷の魔物達はそれを阻止し、魂をその身に縫い付けた。
「「イィザァナミィ―――!!」」
一つ目に映る美しいイザナミの二の腕、指先から魂が零れ出る。
逃がすものか。逃がすものか!
今一度雷の魔物達に命令を下す。
どんな形でも良い。逃がすな! と。
「「イザァナミ……」」
再度名を呼んだ時、光りが爆発した。
そして、イザナミの光りは消え、辺りは暗闇に戻る。
その場に残ったのはイザナミの抜け殻。
そして、僅かに遺った魂の欠片。
その躰を掻き抱く。
憎い。憎い。憎い。
だが、遺った躰に在る欠片は、小さく悲鳴を上げた。
―――死にたくない!
―――此処から出たい!
―――助けて……イザナギ!
これは、躰に縫い付けられた、逃げ損ねた魂の欠片。
抱き上げると、確かにまだイザナミはこの中に居た。
嬉々とした感情が躰を駆け抜けた。
これは、自分のものだと、確信した。
―――助けて……イザナギ。
イザナミが呼ぶのは、あくまでも愛した者の名。
ならば、自分がそうなればいい。
名の無い自分には丁度いい。
「「イザナミ、落ち着け、私が“イザナギ”だ」」
愛する者を永遠に手にするには、自分を偽る事も厭わない。
*イザナミ*
苦痛と解放とが唐突に同時に訪れた。
硬い岩戸を抜け、菊理媛と目が合う。
そして、その眼球に飛び込み、体内へ侵入する。
水の匂いと、優しい想いの詰まった躰。
その命の源へ魂は潜る。
そこに在る菊理媛の魂を見つけ、包む様に重なった。
同化する瞬間。
菊理媛の、その魂に重なる時感じた想いと願い。
触れた瞬間に流れ込んで来た理解と切ない憧憬。
イザナミに対する理解と、未来への渇望。
『すまぬ。菊理媛。必ず解放してやる』
菊理媛が愛する者を見付けられる様に。そして、その者との愛を育み産める様に。
約束が理解出来たのか、菊理媛が頷き微笑んだ。
そして、静かに瞼を閉じ、眠りについたのを感じた。
その魂を優しく包み、更に深く深い眠りに誘った。
すると、躰の感覚が自分のものに成るのが解った。
不意に悲鳴が頭を木霊する。
これは……。
捨てた躰から放たれた悲鳴。
微かに残留した魂が躰に在った。
魂の繋がりがまだ有ったので、直接頭に声が届いたのだ。
ただ広がる恐怖と、イザナギへの切ない恋慕と。
苦しみや痛み。
躰に遺ったのは、哀しみにくれた“負”の感情。
逃れたのは“希望”と言う哮り立つ強い魂。
逃げられなかった魂は、意識して切り離す。
速断し、繋がった部分を切る。
そう判断し薄く繋がった部分を切った。
「「―――イザナギだ」」
切り離す瞬間に聞こえた憎い声。
その声が発した名は……その名を聞いた私の残留魂が、安堵し、微笑むのを感じた。
もう私には関係の無い事だと頭を振り、気持ちを切り替える。
本来、この岩戸から逃れられる者は居ないのだから。
そして、腕に居る愛し子の存在を意識する。
緑色の肉塊。
それでも確かに生きている。
今一度、私の胎内に。
腹部にヒルコをそっと重ね溶かし入れる。
子宮の中に、私の力の源へ。
組み換える。何も解らず産んだ最初の子どもの、その可能性と、イザナギとの約束を違えぬ様に。
千人の死者以上を出さぬ様、その能力を持って、イザナギの、徒人達を助けられる、そう言った徒人に近しい、それでも彼らとは違う者に。
そして、それが留まらぬ様、仲間を自身の力で殖やせる能力を持って、他者を癒せる存在に。
胎動が判る程に腹がうねる。
成長は急激に、誕生はすぐに訪れた。
感じるのはヒルコの感情。喜びと、期待と、不安と、産まれ出る痛み。
私は産みの苦しみと、幸せと不安と痛みを持って、出産に挑む。
一人。
独りきりでイザナギとの子どもを産む。
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