河童様

なぁ恋

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巡る世界

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*優月side* 


母乳を必死で吸う葵。
これが本来の姿。

「……ありがとう」
涙を流す先生がお礼を言うから、僕と姉ちゃんが一緒に言った。

「どう致しまして!」

幸せを感じて笑顔になる。

姉ちゃんを顧みると、傍に白い髪の先輩が人間の姿で寄り添って居た。

そうして思い出す。
朗!

朗を見ると両親を床に並べて寝かせ、自分の血をその口に注いでいる所だった。

「朗!」駆け寄ると、小さく頷いた朗が「大丈夫だ」と微笑んだ。

僕はクロスを抱き上げて朗の傍に行く。

二人の河童様は大きく呼吸をすると、瞼が震え、その眼を開けた。

朗の母さんが何度か瞬きをして、その唇が形作ったのは「朗」息子の名前。

朗が一瞬驚きに目を見開き、呼ばれた事で母親の顔を覗く様に見る。
細い指が伸ばされ、その手の平が朗の頬を撫でる。

「ありがとう。朗」
今度ははっきりと声を出して微笑んだ。

朗にそっくりのその綺麗な顔。
夢の様に綺麗な女性だ。

母親の手をそっと自分の大きな手で包んだ朗が、
「母さん」と、遠慮がちに囁いた。

「朗」朗の声色によく似た声で呼ぶのは本来の河童の見姿をした朗のお父さん。

朗の母さんを優しく抱き起こし、両親は揃って朗を抱き寄せた。

どう見たって朗は大人なのに、その時は小さな子どもに見えた。

良かったって思う。

ここに居る皆が幸せそうで、何故か涙が零れた。
右手に持ったままの“閻魔帖”から感じる想いも呼応して、涙が止まらなかった。
 
 





“幸せな世界”



それだけが望みだった。

二つの世界は憎しみ合っていた。

何故なら出遭えば殺し合っていたから。

妖怪は自らの力を寿命を上げる為に人間を喰らい、人間は生きる為に戦った。


自然の摂理とは言い難い二種族の為り方。

愛し合えるのにそれを拒否していた人間と妖怪。

か弱い人間と強い生命力と能力を持った妖怪。力の差も関係したが、係わりを持つ事をいつからか禁じて来た。

そうして大きな争いを起こさない様にしたのだ。
ならば、その決まりを作ったのは誰か?

人間は死ねば必ず妖界を横切り“あの世”へ行く。

その架け橋に居るのが閻魔だった。



ただ胸を焦がすのは熱い情熱。


赤い髪を持つ逞しい男性。その姿は誰をも魅了する。

初めて彼を見た時、
    ..
僕は……私は、目を離せなかった。

胸を焦がす想い。

恋に落ちるのは簡単だった。
 
熱い。
巡る想い。

忘れられない、一度きりの恋。


僕は“想い”に囚われて、辛くて、辛くて、遠退く意識の中、「朗……」と呟いて居た。


朗。

閻魔の―――……。
 
 
 
 
*朗side* 


優月が私を呼んだ。
「朗……」と、
その声は不思議に心に響いた。

優月は誰を呼んだんだ?

振り向いた時、優月が倒れた所で、化け猫が人型に成り支えた。

一瞬、手に持った古書が爆発した様に光りを放ち、優月の手から離れるとその光りも消えた。
近付くと、化け猫の腕の中、意識を失った優月が完全に力の抜けた身体を投げ出していて心配になった。

優星の話から古書そのものが力を持っていて、それも自分達の祖先である閻魔のもので、優星はそれで“龍珠”を使い、優月はその能力で“転生の術”を使った。


それは見る者を魅了する光景だった。


それだけ体力を使ったと言う事なら気絶しても仕方ないと納得も出来るが、私を呼ぶ優月に、違和感と何故か懐かしさを覚え、不安になる。

「朗、水先に帰りましょう」
母の声で思考から戻る。

「その前に、私の娘を返して下さいな」
母の言葉に驚いた。

そうだ。女、木道の話から“産まれた”くだりがあった。
 
 
「申し訳ありませんでした」

木道は息子を抱いたまま、母の前で土下座した。

「良いわよ。仕方ないもの。助けると決めたのは私だから。
ただ、あの時まだ腹に赤子を宿したままだったから苦しかったわ。
朗、貴方とは双子だったのだけど、殆どが河童の性質を受け継いだ子だったから、私の元人間で在った子宮では成長するのに時間が要ったのよ」

にこやかに話す母は、本当に強いと感心した。

木道は“閻魔帖”を借り受け剥き出しの岩壁に向かった。

ページを捲り、文章を読む。

すると壁の一ヶ所が仄かに光り、丸い球体が壁を擦り抜け降りて来た。

それは真水で造られた子宮と似た役割を果たす水珠だ。

母は近付くとその水珠を腕の中に抱き寄せる。
そして水珠は弾けて中に居た小さな河童が目を覚ます。

「フニャア……」
まるで猫の様な小さな泣き声を上げた妹。

「可愛い」
母が微笑み父を見遣る。
「貴方にそっくりよ」

本当に、髪はフサフサと黒かったが、頭上には皿を持ち、緑色の皮膚と、黄色い嘴、よく見ると背中には甲羅も背負っていた。

「本当に、私にそっくりだな」
父が愛しげに娘を見つめる。

私が産まれた時も二人は同じ様に喜んだのだろうと感じた。
 
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