河童様

なぁ恋

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巡る世界

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「かあさんっ!!」
葵の叫び。
触れた箇所から葵の記憶が流れて来る。

満月の夜、鬼に誘拐された。
何も理解してない幼い葵。身体は成長を果たしていたが、彼の世界は母親との優しい時間だけだった。

それが鬼の世界へ連れ去られされた事は、彼の父親達の無体な仕打ち。

能力を目覚めさせる為に痛め付けられ、生きたい本能で鬼に成り、変化した途端、壁の前まで追い詰められ、命を潰されそうになった。

ずっと彼を支えて居たのは母親の愛。
恋しいと思う心が信じられない力を発揮した。

鬼を数体喰い殺し、壁を擦り抜け逃げた。

躰はボロボロで、山から転げ落ちる。

その先、山の麓に在る存在に気付いた。

河童の優しい匂い。
それは母親に似た匂い。

河童は赤ん坊を産み落とした直後で、母乳の匂いをさせていたから。

人間で在る葵は傷付ける気はなかった。
だが、妖怪で在る葵は、河童の価値に気付いた。

その本能が妙を傷付けた。

その飛び散る血液が痛みを和らげた。

後はもう、生きたい気持ちだけが葵を支配する。

人間で在る部分が泣き叫ぶ。
―――怖いよ。痛いよ。助けて、母さん!

妖怪で在る本能が怒号する。
―――生きたい。喰いたい。憎い。

闇に呑み込まれそうになった時、
「大丈夫よ。助けてあげる」
冷たい手の平が優しく頬を撫でた。

母親の優しさを感じ、恋しさに涙が流れた。

「さあ、貴方のお母さんの所へ帰りましょう」

忘れそうになっていた母の匂いが鼻につく。

そうして葵は家路に着いた。
 
 
 
 
辛い記憶に押し潰されそうになってる葵。
今まで何とか持ち堪えてた。そんな気持ちも引っ括めて朗の母さんはこの子を護ってた。

それが崩れた。

身体の傷は治せても、心に刻まれた恐怖は簡単に治せない。

どうすれば良い?
心が壊れる前にどうにかしないと!


不意に暖かな風が僕を包み込んだ。
あ……おばあちゃんだ。

思った瞬間、姉ちゃんが言った。

「“転生の術”……」

姉ちゃんが手にしてた“閻魔帖”なる古書が光り、パラパラと捲れるページ。
そしてあるページでピタリと止まった。

「ゆづ。閻魔の能力を」

姉ちゃんの言った言葉の不思議に、それでもそれが当たり前の様に感じてる自分が居て、戸惑う事なく、風に運ばれて来たその“閻魔帖”を手に取る。

温かい想いが手の平から僕の身体全身を包み、自分の内から溢れだす力が目覚めさせる。

河童に成った自分に、それよりもさらに奥深くに有った血の流れの中に確かに息づく能力。

ページに書かれた言葉を口にする。

「転生の術」

今一度生まれ変わる。

これは母さんが人間に生まれ変わった時に使われた術だ。

葵の場合は、鬼から人間に戻し、さらに失われた人間の時間の流れへ戻すと言う事。
 
 
巡る。
巡る。

能力の欠片。

巡る。
巡る。

血の記憶。


赤い髪の女性。混血。
黒髪の男性。人間。


そこから始まった。


ただ、染み渡る。
僕の身体に、
僕の精神の深い場所に。

手の平に集まる熱が、
葵に作用する。


葵の身体が宙に浮いて、
「母……さん」
呟きながら目を瞑る。

身体が光を発し、変化する。
小さな赤ん坊の姿に。

怖い事は忘れよう。
覚えてて良いのはお母さんの匂いと優しさ。

宙から僕の腕の中に収まると、
「ホギャ―――」
産声を上げて母を呼ぶ。


それは純粋な叫び。

力一杯に泣き叫ぶ。
それは生きている証拠。


命は巡る。
 
 
*鈴鳴side* 


目の前で起こった事に息も吐けなかった。

あの古書が本棚からガラス戸を擦り抜けて飛び出して来た。

そして、水先の娘の手に収まった時、奇跡の様に光りだした。

まるで意志がある様に、ページが捲れる。

私が見つけた時は無地のタイトルもないシンプルな表紙のただの古い古書。

それが見る間に赤く色付く。
薄く文字が現れて、表紙に“閻魔帖”のタイトルがしっかりとした字体で刻まれた。

何故か納得出来た。

そして期待に胸が震える。

葵は助かるかもしれない。

そうして、最後の二人が部屋を飛び出した。




しばらくすると、叫び声が聞こえて来た。
葵の苦し気な唸り声。



あの子が助かるなら、私は何でもする。

私の可愛い坊や。

あの子の痛みも苦しみも、私が引き受けるから。
だから!

助けてやって。
 
 
  
 
「ホギャ―――!!」

高い産声が聞こえた。

瞬時にその声が葵のものだと判った。
何故そう思ったのか判らない。
それでも葵だと判った。

足は自然と地下室へ向かってた。

ドアを開けると暗い筈の地下室が明るく光っている。あの子の“鬼火”よりも明るい光り。

葵が居る場所へ走って階段を降りた。
そこに見えたものは、奇跡。

「ホギャァ……」
水先の息子の腕の中、産声をあげる赤子。

「葵……」
傍に寄って、その子を見る。

力一杯泣く産まれたばかりの赤子。

私の葵!

涙が溢れる。
夢にまで見た私の赤ちゃん。

私に葵を差し出す。
震える手に取ると、ずっしりとした確かな重みが、温かみが、これは現実だと解らせた。

泣き声は私の身体を変化させる。
双方の乳房が熱を持ち、あふれ出る。

葵の唇に乳首を当てると、むしゃぶりついて来た。

力強く母乳を吸う。
葵。葵!

「……ありがとう」
感謝で、胸が一杯になる。

「どう致しまして!」
水先の姉弟が声を揃えて笑顔で言った。
 
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