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二界の壁
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しおりを挟む「「河童……河童が治す」」
息子が腕に抱いて居た女を床に落とす。
「河童?」
万能薬を作ると言う妖怪。
確か書物には、河童は妖怪全般の怪我を治せる。
だから他妖怪に常に狙われていると記してあった。
故に、唯一人間と取引をする事で安全に人界に来る事が出来る存在とも。
どこで捕まえて来たのか?
何にせよ、息子は自力で帰って来た。
硬い灰色の肌に頬擦りする。
「お帰り」
愛しい息子。
「お帰りなさい。葵」
もう放さない。
だからこそ、命名していた。
その名も“葵”と。
河童は葵を治してくれるだろう。
そうでないと困る。
葵の焔が揺れる。鬼は自分の焔を一つ有していた。“鬼火”
それは命の輝き。焔の勢いで強さや体調の良悪しが判る。
葵の鬼火は静かで小さく、葵は暗い場所に行きたがった。
そして葵が望む場所がこの医院の土の下にあった。
地下室。
もしもの為の隠れ部屋にと作ったものだ。
そこに女……見るからに人の姿をした河童と、葵を匿う様に住まわせた。
女は妙と言い、懸命に傷を治そうとした。
その躰に流れる血液を使って。
だが、治らない。
見た目が治った様に見えても、数日経つと腐ってしまうのだ。
「「痛いよぉ……母さん」」
葵の悲痛な叫びは私の心をも傷付けた。
一緒に泣いた。
この頃には私の変わらぬ姿を誤魔化す事も限界で、一度身を隠し、そうする事でさらなる術を覚えた。
生まれ変われば良いのだ。と、何十年か身を隠し、初代医院長の娘に、そして姪に……。
簡単ではなかった。
不安を取り除く為に、顔を少しずつ整形し、周りに気付かれない様に努めた。
葵の為に頑張れた。
図書館で見付けた書物はそのまま手元に置いていて熟読した。
不思議な事に、白紙の多かったこの古書は“欲しい答え”を教える様に文字が増えた。
その中に時の流れを緩やかにする結界のやり方が書かれてあった。
丁寧に書いてあったので簡単に真似が出来た。
それでも年月は経ち、痛みに耐えかねた葵が、妙を胸に同化させた。
それは鬼の本能がさせた奇跡。私にとっては奇跡だった。
葵と繋がる事で妙の意識は沈み、或いは葵の痛みの全てを妙が引き受けた形になり、そうした事で妙が隠して居たものが、
....
産まれた。
私は元来医者で、何よりも赤子の誕生には敬意を払い、全力で取り組んでいた。
腕は確かで死なせた子は一人として居なかった。
だから、妙が護って来たものを見て、今更ながら罪作りな事をした。と罪悪が心に宿った。
けれどやはり、私には葵が大事で、河童は葵にとって命綱。
妙を手放す訳にはいかなかった。
産まれたのは、緑色の幼子。
妙とは違い、伝承の河童の姿をした河童の子。
...
気の毒に思ったが、それは葵にとっての薬なのだ。
私に迷いはなかった。
そんな時、もう一つの希望が飛び込んで来た。
河童だ。
妙の番の河童。
その頃には葵の鬼火の大きさは勢いを増して元気に見えた。
けれど、保険は居るものだ。
書物を開くと、答えが浮かんで来た。
“死者を留める方法”
嫌なタイトル文字だったが、それは葵に通じる答えだった。
“結界”に閉じ込めた河童のオス。
それを、捕まえたのは葵の鬼火。
胸に抱く妙の意識は混濁とし、生まれた子は結界の揺りかごで眠らせてある。
葵を救う手立ては、河童の力。
脅したってどうしたって私は葵を救ってみせる!
それが、母親の義務だと思うもの。
だから、多少の犠牲は仕方ないのよ。
「一番大切なのは、やっぱり我が子なのだから」
腹に宿した時からそれはずっと変わらない。
「あの子の為ならどんな事でも出来るのよ」
他の誰かが不幸になろうとも。
**
目の前に並ぶ面々の顔。
「理解、出来るかしら?」
手の平がじっとりと汗をかく。
“結界”の中は安全な筈なのに、河童と龍の混血の妖気が目に見える。恐ろしい程に強力。
「美しい姿ね」
溜め息が出る。
河童も龍も本来は醜い。
葵も、美しかった。
美しかったのよ……。
書物に書かれた二界の壁を破る方法。
それは、混血の命を持ってのみ開く扉。
理不尽な話ね。
理不尽……そう。理不尽なのは仕方ない。
それぞれが生きる為にしている事なのだから。
だから、私も。
葵だって生きる権利があるのよ。
どちらを取るかと訊かれたら、私は迷わず葵を取る。
だって、あの子は私の唯一の存在。
私が存在する理由。
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