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仄暗い焔の先に
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しおりを挟む私には優月が居れば良い。
それだけをこの10年考えて居た。
両親に、父に会うのが怖い。
それが躊躇する理由。
一緒に過ごした父はいつもどこか上の空で、話す時も私を見ている時でも、違う誰かを見ている様で寂しかった。
今ならそれが母を想って居たのだと理解出来るが、私が居た事で父はすぐに行動出来ずに苦しんでいた筈だ。
手放しで愛された記憶がないのだ。
水先の両親は温かく、見るからに子ども達を愛しているのが解る。
父親に対して、何か心の中で許せないで居る。
優星に言われて、そう思い当たった。
「そうかもしれない。だが“鬼”と言う妖怪は厄介なんだ。
生きる事に貪欲で死以外に恐れるものはない」
「鬼は滅多に死する事はないしニャ」
「なら、どうして死にそうになってたんだろう?」
化け猫と優月の言葉に、確かに、と、浮かぶ疑問。
「心当たりがあるニャ」
化け猫が目を細める。
「人間との混血は必ずどの妖怪も作るんだニャ。でも、その扱いと言ったら酷いものニャんだ。
何故か判るかニャ?」
「人界に来る手段だから」
答えたのは水先の父。
「妖界と人界の境目には見えない壁が在るんだ。その扉に成り得る存在が混血。それを産み出せるのは霊力の備わった女性のみ。
身近な例は響夜くんのお母さん。それに優星もそれは可能だろうね」
名指しされた優星が顔を赤らめる。
「まだ嫁にやるつもりはないけどね」
涼しい顔でさらりと釘を刺す父親に眉間にシワを寄せる娘。
重い話をして居るのに思わず笑みが零れた。
「あ……」
こちらを見ていた優月が、口を開けて黙る。
? 不思議に思ったが、水先の父の話は続く。
「霊力のある女性は妖界に安易に入れるんだ。
女性陣には聞くに堪えない事なんだが、力の強い妖怪に呼び寄せられ、そこで種を生み付けられる。
そして人界に戻される」
「よく知ってるニャ」
「水先家は本来“壁を護る者”なんだよ。だから二つの世界の事情には詳しい」
にこやかに重大な事柄を口にした父を見る子どもらは驚きに絶句してしまって居た。
「そうだったのニャ。それが“存在”するって噂話は聞いてたのニャ、優月達だったのかニャ」
「どんな噂話だったのか想像付くけどね。
大体は噂通りの“存在”だと思うよ」
化け猫の毛が一瞬逆立つ。
「“閻魔の子孫”」
そう呟いた。
閻魔大王。
人間の罪を裁く地獄の大王。
それ位の知識ならあった。人間の知識を分けて貰った時に、そう言った話が好きな教師が居たのだ。
「その通り。水先家に伝わる口伝によると、なんだけどね。
だから二つの世界を行き来出来る“櫂”を持って居るのかもしれない」
何と謎めいた家系なのだろう。
私もその中の一人なのだ。
「扉を無条件に開ける事が出来るのが“櫂の持ち手”。
妖怪が人界に来る為の手段は“混血者の命”」
それにも例外はある。と、こちらを見た水先の父が優しく笑う。
「河童は共存する事を選んだ。だから唯一、人自体を仲間に引き入れる事が出来る能力を持ち得た種族なんだよ。
傷を病を治す、優しい妖怪」
誉められて居るのだろうか?
「優月を助けてくれてありがとう。これは優月の“親”としてのお礼だよ」
でも、と分厚い眼鏡から細められた目が鋭く光る。
「“父親”として言っておかなければならない事は、優月はまだ16歳の子どもだからね。本人の意思を無視しての無体な事はしない様に。」
強く釘を刺された。
両親の許可なく連れて行く事は出来ない。
それは考えれば当たり前の事なのだろう。
..
「無体って何されたのっゆづ!?」
優星が私を睨み付ける。
「キスをしただけだ」
正直に告白すると、声にならない声を上げた優星が私に飛び掛かろうと身構えた。
「お前も響夜としていたじゃないか」
本当の事を言っただけなのに真っ赤に顔を染めた優星が顔を伏せて高い悲鳴を上げて二階へ上がって行った。
「朗くんはもう少し学ばなければならない事がありそうだね」
静かな語り口調の中にも、怒りが見て取れる声色をした水先の父の顔だけは笑って居た。
笑みが怖い人はこの人くらいだろうと感じた。
「相手の気持ちを考える事を学ばないといけないわ」
そう言った水先の母も苦笑している。
相手の気持ち?
「思い遣る気持ち。よ。優月が“欲しい”なら学びなさい」
「母さん! 欲しいってなんだよぉ」
優月が叫ぶ。
頭に残ったのは“優月が欲しいなら”の言葉。
「理解出来たなら優月をくれるのか?」
思わず訊いていた。
「ちゃんと優月の気持ちを掴めたらなら許そう」
水先の父がきっぱりと宣言した。
「父さん!?」
「俺も欲しいニャあ!!」
化け猫も立候補した。
「クロスっ!!」
優月の問う声はことごとく無視された。
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