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龍の呪い
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しおりを挟む「寝ちゃったの?」
優星が俺を見上げる。
その澄んだ瞳に癒される自分が判る。
「もう痛くないの?」
質問ばかりを繰り返す優星を無意識に抱き上げた。
「わぁ。お兄ちゃんはカッコよくて優しくて素敵ね」
ませた物言いをする少女に視線を向けると、表情を崩した優星が俺の唇に触れて、
「……血が出てるよ? 痛いの?」
触れた箇所から全身に痺れが走った。
驚いた。髪の先まで震えたのが判る。
突然、嫌悪する気配が背後に現れたのを感じて体が強ばる。
母の水溜まりが、ざばっと波音を立てた。
「「お前は手に入れたいか?」」
振り向かずとも判る。憎い父親龍。
黙っていると、奴が笑った。
「「“成人”するには“宝珠”が必要」」
“宝珠”それから始まった呪い。
そんなものは要らない。
「「お主が成人する事で母は救われるのだ」」
解っている。
「「それに、そら、“宝珠”ならもう腕に抱いているでわないか」」
言われた言葉に優星を見ると、躰は力なく揺れ大きな眼を閉じていた。
そして、躰の内が仄かに光り出す。
それで理解した。
“宝珠”とは“魂”その集合体。
..
「「最初の魂は気に入った人間の異性が形作る」」
光は優星の形を珠に変えようとしていた。
幼い娘は優しく母を、俺を癒してくれた。
だが、母を救うには成人する必要があって……。
それでも。
光る優星の額に手を添える。
忘れてしまえばいい。
俺の事など。ならば、俺もその優しい手を振り払える。
気に入った異性?
俺は半分妖怪。でも“人間”で在る事を今ほどに意識した事は初めてで、
「「ふん。折角の機会を手放すなど理解出来ぬ。だが、そなたの可能性を目に見れて父は嬉しいぞ」」
それはもしかしたら嬉しい言葉なのかもしれない。
実際、頭の半分は喜んでいた。
「「まあ、良い。いずれその娘は―――」」
「消えろ」
俺は人間で在りたい。
ぽちゃん。と水の音を残して父親龍の気配が消えた。
静かになった部屋に今一度結界を施し、腕に抱いたままの優星の眠る顔を見る。
額の中心に光る何かが目に留まり、前髪を掻き上げそこに触れると……硬い鱗が一枚。
これは“印”本能が付けた“宝珠”にする為の目印。
反吐が出る。
“初めて気に入った異性を龍の宝珠にする”など。
よくよく考えたらこの神社に在る宝珠は元々響夜の血筋の者が変えられた姿なんじゃないか?
優星の珠の形は小さかった。祭られている珠は大きなものだ。人間が珠になるなら、響夜の者の何人が犠牲になったのか。
だから余計に母は宝珠を手放そうとしたのでは、とも考えられる。
眠る母を見る。今となっては訊く術もないが、奴と対峙して感じられた事が真実なのだと理解出来た。
だが、
俺が存在している限り、二度と響夜家から犠牲は出させない。
それだけでも生きていて良いのだと、初めて感じられた。
その為に生まれて来たのだと。思える事が出来た。
眠る優星の額に現れた鱗に触れる。硬い感触。
俺自身に鱗はまだ無いのに。でもこれは俺の鱗だと判る。
優星に愛おしさが込み上げて来た。
出逢って間もない幼い娘。
こんな気持ちになる等、思いもしなかった。
だが、俺は女性を不幸にする存在。
何より、龍の宝珠の真実を知った今、優星を自分に近付けてはならない。
優星の鱗に触れ微量の妖力を流すと、音もなく鱗は割れ落ちた。
「う……」
小さく唸った優星が目を覚ましそうになる。
足早に離れを出て護樹の根元にそっと寝かせ、その樹の後ろに隠れた。
「あれ?」
完全に目覚めた優星が周りを探るように見遣る。
「落ちたと思ったのに」
不思議そうに首を傾げて立ち上がると「帰ろ」一人ごちて階段に向かって走り出した。
胸の辺りが締め付けられる様に冷たくなった。
と、優星が立ち止まり、振り返る。
「またね! 龍神さま!」
その大きな瞳から大粒の涙が零れ落ちたのが見て取れて、傍に行きたい衝動に駆られた。
「? 龍神さまって……何? あれ。何で泣いてんのかな? ……おばあちゃん!」
また階段に向かって走り、その小さな体が、頭が見えなくなって行った。
「またね。か」
溜め息を吐くと、特定の者。優星にだけ効く結界を階段に施す。
これで優星はこの神社には入って来られない。
“またね! 龍神さま!”
思い出すのは俺のエゴ。
優星には触れてはいけない。
なのに、再会し、厄介な事に彼女は俺に好意を抱いた。
はね除けたいのに、出来なかった。
*********
「響夜くん?」
俺を見上げる可愛らしい大きな瞳。俺は。
人間を好きになってはならない。
優星を好きになってはいけない。
ズクン。と、心臓が締め付けられ痛くなる。
ドクン。と、躰全体が波打つ。
“気に入った人間の異性が、龍の宝珠を形作る”
ダメだ!
俺は……失いたくない。
あの優星の笑顔を、ずっと見ていたいんだ!
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