河童様

なぁ恋

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龍の呪い

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ただ生きて行く為。
その為にした行為を罪と言うには酷過ぎる。
 
 
 
目覚めは突然で、苦痛に満ちた悲鳴と、大地を震わす無情な高笑い。

「「“龍の宝珠”を売ろうとしたそなたの罪は永劫に続く。その罪が解かれる時は、そなたの子が立派に成人し我龍の姿を持ち得た時」」

その声を忘れはしない。



時は戦時中。
神社に祀る“龍の宝珠”と言い伝えられていた大きな水晶の珠。
それを生きて行く為に売ろうとした神社の娘。

それを罪と言い、姿を現した宝珠の持ち主であった白龍。

そいつがした事は、娘を犯し、子を生み付ける事。

娘はその時、齢18。龍の子を身籠り一瞬で産み落とした。
自分と同じ年齢程の躰をした俺を。
俺は母の身体を壊しながら産まれ落ちた。

身体が裂かれるなど、普通なら死ぬ。
だが龍は、子を生み付けたと同時に母に“永劫の命”を与えていた。

子宮から下の機能を破壊された母はそれでも死なず……死ねず。
今も尚生き続けて居る。

龍の子は、18の姿のまま成人する気配もなく、ただ父親龍を探して生きて来た。
 
 
“龍羽神社には同じ顔をした子どもが代々生まれる”

俺はそう言った“まやかし”を使う事は出来た。
他者には、だ。
身内にはまやかしは利かず、響夜家の者は“天罰”を与えられたと恥じ、頑なに口を閉じ、俺はその白龍の息子だからと、腫れ物を触るみたいに扱われた。

いや、歳もとらずただ存在する俺を恐れていた。

母は離れに閉じ込められ、俺の作った結界の中で腐る身体を抑えながら半分眠って居る。

河童。河童には母の身体を治す事が出来るだろうか?





********* 


「なんで? そんなに詳しく知っているみたいに話すの?」

優星の問い掛けに思考から戻る。

まゆら。
神社の境内で泣いていた少女。
 
 

優星。


真夜中、祈りの声に目が覚めて、その声を頼りに境内で娘を見つけた。

一心に祈るその小さな姿に興味引かれて、気付かれない様に護樹の大木の影から見守る。

「ばあちゃんが助かります様に」

必死さが伝わって来た。
何度も長い石段を上っては下り、神に向かって頭を下げる。

あの龍神に。

願い等、届いても叶える事をしない“妖怪”に。

奴は人の思いを喰らい、恐怖を糧に生きている。

ようやく判り始めて居た。

恐怖に固まった俺の母親。
不死の躰に留まる恐怖に閉じた母の魂が、それが少しずつ“天”へ昇って居るのを感じて居た。


“多くの犠牲より、ただ一人の“恐怖”が何よりのご馳走”



俺の中の“龍の血”が“人間”である俺にさとらせた事実。

打ち拉がれて、悲しみに深く眠れぬ日々を過ごしていた。

何度目かの石段を上る時、高い悲鳴と、落ちて行く少女が見えた。

気付けば体が勝手に動いて居た。
 
 
落ちて行く少女に手を伸ばす。伸ばした手が届く筈がない程遠くに居るのに。

遠くに?
いつの間にか少女は俺の腕に居て、目を強く瞑っていた。

「あれ?」

突然開かれた大きな目が俺を見た。

「お兄ちゃん、誰?」
瞬きし、その愛らしい目を細め笑顔になる。

「私はまゆらって言うの。優しい星って書くのよ。お兄ちゃんのお名前は?」
腕に抱く少女を“温かく感じ”て、「龍羽りう」思わず答えていた。

「神社とおんなじお名前! だから綺麗な姿してるのね?
もしかして、お兄ちゃんが龍神さま?」

龍神……綺麗?

「綺麗?」
「白い髪に、んと。白と黒が反対になったおめめ。雪みたいに綺麗だよ」

白い姿?
そんな筈は―――。

ドクン。

「痛……」
突然心臓が大きく弾け、躰が波打つ。

「あれ?」
目を擦った優星が、不思議そうに首を傾げた。

「お兄ちゃん? だよね? 髪の毛も目も黒くなったよ?」

まさか?
いや。きっと優星の気のせいだ。

白龍。

俺の父親龍。
成人に成ったら迎えに来ると言った。

そうすれば“母の呪い”も解けると。


「「きゃあぁ―――!!!」」


突然の悲鳴に体が震える。
悲鳴は直接頭に響いて来た。
優星を境内に残し、後も見ずに母の元へ駆ける。
 
 
母の眠る離れの結界を潜り抜け、母の姿を確認する。

背中から胸より下が溶けた躰が床に水溜まりを作り、その上で寝ている筈だ。が、そこにあった現実は、眼を見開いて泣き叫ぶ、“年相応”の皺くちゃになった顔。

「「あぁあああ―――。嫌だぁ……痛ぁあぃ……」」

言葉通り、躰が腐り溶ける痛みは相当なもので、治る事もなく不死なだけの身体。経つ年数はそのまま母を年老わす。

残酷な仕打ち。

ギリッと音が聞こえる程に口端を噛む。
口内を鉄の味が広がり、怒りで眼球の奥が熱くなって来た。


「おばあちゃんケガしてるの?」

背後から聞こえた声に驚いて振り向くと、優星が居た。
躊躇う事なく部屋へ入って来た少女は、水溜まりに足を踏み入れ、母の傍に座る。

「おばあちゃん。痛いの? 大丈夫?」

母は視力も聴力も衰えていた。そうなってから意識を封じていたのに、俺の感情が弾けた時、その封じが解けた。結果が、痛みに聞こえない声を上げる母。

「痛いの痛いの飛んで行け」

そう言って母の頭を撫でる少女。

「あ、ぅ……」

気のせいか母が微かに穏やかな表情になった気がした。
我に返った俺は、そのまま母の心を封じる。
母の額から目までを手で被い思うだけでいい。

固く閉じた目。嘘みたいに穏やかな表情。
 

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