河童様

なぁ恋

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河童の薬

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悲しみに暮れた夏。
不思議に出逢った一夜。


あれからまる十年。

おばあちゃん。
水先 優月みずさき ゆづき、16歳になりました。


目の前にある古い祠。
河童様の祠。
隣りにある“お供え岩”にキュウリを一本置いて手を合わせる。

「おはようございます」

頭を上げて空を見る。
太陽も眩しくて今日も良い天気になりそうだ。


6歳からの学校に行く前の習慣。
河童様に話して居るのか、おばあちゃんに話して居るのか。時々判らなくなるけど、朝夕とキュウリを供えて、朝の挨拶と夕方は一日の報告をする。

不思議な事に、キュウリはその都度無くなっていて、河童様と出逢ったのは夢じゃなかったのかな? とか、未だに“不思議”は続いていた。


「ゆづ~」

姉ちゃんの声。

「何?」

「あんたもよく続くわね。河童様」

長い黒髪をツインテールにして可愛い笑顔を浮かべた姉。
だけどそれは、よそ行きの貼り付けた作り笑顔。
姉ちゃんは弟が言うのも何だけど、可愛い。それを解っていて、男子に笑顔を武器として使う。

僕に向ける笑顔は、何かよからぬ事を考えて居る時。

優星まゆら姉ちゃん。何か頼み事があるの?」
 
「なんで判るの~?」
 
 
判らない訳がない。
不満げに鼻を鳴らすと、「お姉様にそんな顔、生意気よ」と、鼻をつままれる。

「ふが……痛いよ。もう!」

ずれた眼鏡を直しながら鼻を擦る。

「で、何?」

めんどくさい。
でも、訊かないと更にめんどくさいから訊く。

「協力して欲しいんだ!」

ツインテールを揺らし、今度は本気の笑顔。

「“河童様”に会った話をさ、話して貰いたいの」

嫌な予感がする。

「僕が話さない訳知ってるよね?」

学校で河童の話をして、嘘つき呼ばわりされ、軽いイジメに遭った。

理由は皆の常識に在る河童の容貌と全然違う話をしたから。

たったそれだけの事でイジメられて、かなりの人間不信になった。
今も友達と呼べる人は居ない。

「優星の為にお・願・い(ハート)」

口で「ハート」って言いながら両手でハート形を作る。
何だよそれ。

「つべこべ考えず、協力しやがれ!」

笑顔でするっと口悪く命令されて、うなだれる。姉ちゃんは昔っから有無を言わせない。

“男子”に対して絶対の自信があって、それは姉ちゃんの中では弟も同じ扱い。
“男は皆自分の思い通り”だと思ってるし、実際にそうだったから。
 
 
今日は終業式で午前中で学校は夏休みに入る。

なのに何だろうね。
めんどくさいったら。

放課後姉に無理矢理約束させられた。

どこに連れていかれるんだろ?

と、いつもの様に一人物思いにふけっていた。
それが、突然のざわつきに我に返り騒ぎの元を探す。

ここは体育館で、終業式の最中だった。

正面を見て、そこに立つ見知らぬ男の人。その人にざわついて居ると解る。
男の人と判るけど、綺麗だぁ……長い黒髪を後ろで軽く束ね、綺麗な顔付きは人目を嫌でも惹きそうだ。

心臓が跳ねたのが判る。

だって、その人は……。

水宝 朗すいほう ろう。保健医だ」

声。柔らかく優しい声で、“朗”と言った。


河童様が名乗った名前と同じ。

保健医?
永迫先生は産休に入るって言ってたっけ。

朗。偶然だと自分に言い聞かす。
あれは僕にとって夢みたいな現実離れした出来事。

それでも、自然と水宝先生に視線が行く。

え?
気のせいかもしれないけど、僕を見てる?

『迎えに来た』

突然“頭の中”に聞こえて来た声。

気のせいだと思う。
“声”が“頭の中”で聞こえた。なんて。
 
 
とうとう僕は気が触れてしまったのかな?

声が頭の中に……なんて。
頭をぶんぶん振って、耳を塞ぐ。
ざわつく声が邪魔だと思ったから。

後少し、後少しで式は終わる。
そしたら速攻姉ちゃんなんか無視して帰宅だ!

ひたすらに耳を押さえ付けたまま目を痛い程に閉じて。

その目が、正確には左目がズキンッと痛んだ。

「大丈夫か?」

優しい声。柔らかくて低い男らしい声がすぐ傍で聞こえた。
驚いて目を開ける。
そしたら、僕の目の前に水宝先生が居て、僕の顔を覗き込んで居た。

「! 河童様」

思わず、それでもかろうじて小さな声で言っていた。

有り得ない。
だけど、どう見ても、この人は河童様。

「気分が悪いのか?」

河童様は優しく笑って僕に訊く。

「ひ……ぃえ」

出たのは悲鳴みたいな声。

「無理はしない方がいい」

立ち上がった河童さ……水宝先生が、いきなり僕を抱えて、ざわつく生徒達の間を抜けて体育館を出る。
 
それはあっと言う間の出来事で、校舎へと続く渡り廊下を歩く水宝先生。しっかりと僕を腕に抱えて……って、これって、お姫様抱っこじゃん。
 
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