鬼を継ぐ者

なぁ恋

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鬼のココロ

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桃太郎が倒れた後。

*桃太郎side*


俺を支える確かな温もりが遠のき、見えるもの見えないもの全てが歪む。
躰が熱く厚く、頭が沸騰する。


視界がぶれて、開けて来る。

そうして気付けば、懐かしい空気と風景の中に居た。

前世の“宗寿”の意識、存在を強く感じる。
全てのものが不確かで、人のココロさえ信じられず、それが前世の俺だった。
表立っては穏やかで見目は美しく神秘的な存在で在ったと思う。
自分の己らしさも分からない者として育って、周りの
それが暖かな一つの生命を拾って、その存在に救われて、自分だけの為に存在している者として、依存するのは至極当然のことだったと思う。
自分とは違う言葉も持たぬ獣故に恋慕の情など起こる筈もなく、けれど身近で愛おしい存在には違いなく、獣である丸も傍に居て離れなかった。
否、が離れなかったのだ。
常に傍に置いて、それが自然であるように育てたのだ。

今考えれば、人間扱いをして話しかけ、まるで会話をしているように獣相手に一人遊びをして居た状態。
周りから見ればその様に感じても仕方なかったと思う。
或いは、“鬼の巫子”として獣と心通わせることも出来るのだと思われていたか。

どちらにしても“宗寿”と言う存在は確かな鬼と巫女との子どもであり、“生き神様”と言う立ち位置が完璧で絶対的存在であった。

そこで私が物心ついた頃から共に居る伊久汐いくしおと言う側仕えが居たことを思い出す。

彼は兎に角私を神聖化していた。
恐ろしい程に盲目で、だからか初めから丸を敵視していた。

そう。
だから、油断しては居なかった。
丸に対して危害を加えないよう、それだけを見ていた。

だからまさか自分に“呪い”を向けられるとは考えもしていなくて、そして感受した時には手遅れで、実体化した呪蛇に噛まれ毒されていた。

いつもと変わらぬ一日だった。
いつもと変わらぬ態度だった。
それなのに、伊久汐は無表情で至る所に火矢を放つ。
俺に縋るように庇った丸は火矢を受けて事切れた。

無表情の伊久汐が俺の側に近寄って来る。焼ける臭い、人の悲鳴、それが遠のいて、深い声が耳に届く。

───貴方を愛していたのに

と、あぁ。俺は何も見ていなかった。自分のことだけを悲観して、自分のことだけを見ていた。
愛する誰かを求めていた筈が、愛されていたのに気付かなかっただけ。
傍で長くを共にしていたのに、伊久汐、彼を、“個”として見ていなかったんだと、“


だけど、だからこそ言ってくれなきゃ気付くことも出来ないんだよ。

だからココロの声なんて聞こえない。
想いは言葉にして伝えないと理解出来ないし伝わらない。

時代が違ったと言い訳なら思い浮かぶ。
だけど、独りよがりはダメなんだ。
ねぇ、宗寿。お前はどうしたい?
ああ、桃太郎は?

丸が不二丸と重なり、不二丸に変わる。

出逢った時の小さな不二丸。
同じくらいの背丈の可愛い子が突進して来て抱きしめられた。
「会いたかった」そう言ったんだ。

その時からずっと一緒に居る。
当たり前のように傍に居て、同性だから恋愛対象に見てなくて……。
だけど、告白してくれたんだ。
俺のことをどんだけ好きか言葉で態度で示してくれた。

“丸”は私のことを慕ってくれていたのだろう。
“不二丸”は前世を思い出す前から、俺のことを好きになってくれてたんだ。

俺は……羅刹が。気付いた時には失恋してたけど……それなのに、不二丸にココロ掻き乱される。
触れられて、好きだと言われてそれだけで幸せだと感じたんだ。
そう。幸せを感じたその瞬間、躰の奥深くから甘い痺れが腹部に広がって、耐えられなくて、気絶したんだ。

自身の吐き出した息に気付いて、意識が浮上する。
体が目覚めようとしている。

抗わず、そっと瞼を開ける。
視界に入るは暗い空間。
一筋の光が天窓から差し込んでいた。柔らかな月光。夜は“私”の安息の時間だった。
“俺”はこの島に来てから無意味な夜の訪れを何度も繰り返してる。

俺の右側に重みを感じて視線だけを向けると、そこには寝息を立てる不二丸が居た。
俺を覆うように抱え込んで眠って居た。
ああ。あったかいな。
無意識にその体を抱き返してた。

ん。と、小さな声を立てて不二丸の長いまつ毛が震えて開く。
綺麗な淡く銀色を帯びた黒い瞳か揺れて縦に長い瞳孔が現れるそれは“丸”の、ケモノのそれで、その美しさに息が止まる。

「もも。大丈夫か?」

優しく頬を長い指で撫でられて、また、甘い何かが腹部に熱をもたらす。

「丸。不二丸……」
「ん?」
「お前はあったかいな」

丸の冷たくなって行く躰を覚えてる。
無意識に、空いた手で不二丸の頬に触れた。

「生きてる」

俺の呟きに、目を丸くした不二丸が、ふと優しく微笑んだ。不二丸の手が頬に当てた俺の手を取りその唇に寄せ口付ける。

「そうだな。今までで一番生きてる」

その押し当てられた薄い唇からじわりと熱が浸透して来る。

「ねえ。俺を選んでよ」

手の平に当たる唇から紡がれる言葉が、その熱と共にココロまで届いて、閉じられた扉をノックする。

「ねえ。俺を見て?」

不二丸が、その美しい狼の瞳を細め俺を見つめる。互いの呼吸が肌に感じられるほど近くで懇願された。
不二丸の、いつものヘタレな部分はなりを潜め、その匂い立つほどの色香にくらりと目眩がする。

「ふ、不二丸。や、やめっ……」

いつの間にか上から見下ろすように俺を見つめる狼の瞳が、獲物を捉えたようにキラキラと、いや、ギラギラと煌めいて、俺、俺は……

「ちょろインか」

て、誰かの声が室内に響く。
不二丸の肩越しに光が見えた。

響く足音、俺たちに被さる影。

「ちょろすぎて笑えちゃう」

はっと声を立て、嫌味な笑顔を浮かべた地雲がドアを開けてこちらを見ていた。

で、この状況を理解して冷静になった。
どっと脂汗が吹き出る。

「ちっ。お前はちったあ協力してやるって気持ちないのかよ」
「馬鹿言うな。は未だに犬飼のことを想ってるんだよ?」

そうだ。
地雲。彼女の変化をもう一度目の当たりにして、何とも言えない雰囲気から脱したと不二丸を押しのけ地雲に向き合う。

「ねぇ。 。流された想いは後悔しか生まないよ?」

柔らかな笑顔を浮かべた誰かが語る。

「……地雲?」
「そうだよ。僕は“地雲”だ。何者でもない僕は僕だ。」

短い黒髪の、顔立ちは美しい彼女のままの、それでも俺の見知っている地雲とは全く違う人物がそこに居た。

「僕は僕として生きて行こうと思ってるんだ。父の、母の傍で流されて過ごしてた“君子”は運良く捨てられたからね。」

まるで何もかも知っているような口ぶりで、

「“前世むかし”がどんなだったか“誰”だったかなんて“現世いま”は関係ないでしょう?」

ストンと、その言葉は俺のココロに届いた。

宗寿で在った。
羅刹が好きだった。

不二丸は丸で在った。
狼だった。

それは全て過去だ。
終わったことだ。
全てが流れ過ぎた日々のこと。


「桃。俺は“不二丸”として“桃太郎”を好きになったんだ。そりゃあ、その好意が何であるかとか本当の気持ちに気付くのが遅くなったけどさ。
好きなんだ。ただ、好きなんだ。
もしかしたら、気持ち悪いって思うかもしんないけどさ……その、キスしたりとかさ、その他の云々とかしたいって思うくらいの、好きなんだ」

不二丸は、過去も全てを呑み込んで現在を見据えてる。

桃太郎現世はそうじゃないのか?
宗寿前世はほんの少し前に思いした。
ただの“思い”なんだ。

そう考えが、視点が変わるだけでココロがクリアになって、目の前の“個”が見えて来る。
“視える”んではない、“見える”だ。

「そうだな。何もかもとっぱらえば見えるのは不二丸だけだな」

それが答えなんだな。


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