鬼を継ぐ者

なぁ恋

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鬼の血珠

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長い草に足を取られながら、よろよろと走る。
何が何だか判らずに、混乱するだけのココロが思考を妨げる。
 
「もも」
聞きなれた声が、俺の背後から聞こえて来て、あっと言う間に腕を掴まれて、引き寄せられた。
背中から回された腕が、俺を包み込む。
 
「……丸はしゃべれない」
「一生懸命話してたよ」
「……丸は、こんな手を持ってない」
「ココロから、人間になりたかった」
 
痛いほどに抱きすくめられて、耳元で、震える声がささやく。
 
「桃。俺は、俺は、ずっとお前のことが好きなんだ」
 
顎を掴まれ上向かされて、乱暴に唇を押し付けられた。
直ぐに離された唇が、名残惜しいと思うのは錯覚だろうか?
           
「前世は前世だ。俺は、は、桃太郎が好きで、もう自覚してしまってからは苦しくて、苦しくて。けど、告白しようなんて思ってもなかった。だけど、もうこの気持ちを抑え込むなんて出来ない……受け入れてもらえるなんて夢みたいなことは思ってないけど、誤魔化すなんて出来ない」
 
ひゅっ と、息を吐き出す。
呼吸が上手く出来てなかったことに気付き、大きく息を吸うと、背中の触れた箇所から激しい鼓動が伝わって来た。俺の心臓も同じくらいうるさかった。
合わさった呼吸と鼓動が徐々に落ち着いて来て、
 
「桃……好きだ」
嘘偽りのない言葉は言霊となる。
「うん。」
だけど、前世の関係で縛り付けたくない。
「錯覚かもしれないよ?」
「違うね」
「何で言いきれるんだよ?!」
語尾が強くなる。
「俺は、俺の気持ちを誤魔化さないって覚悟したんだ」

不二丸に背を預け目を瞑る。
 
少しひんやりとした風が頬を撫でて吹き抜けて行く。
 
どこからか遠吠えが聴こえた気がする。
瞼の下に“前世”の俺たちが視える。
 
二人が、二人だけが世界の全てで……あぁ。確かに俺は、、彼を、丸を愛していた。
 
月に映える灰色の毛皮は銀色に輝いて、黒い瞳に銀色の輝きが煌めく。
野生の獣の熱い眼差しは、私だけを見ていた。
私だけを、私だけが彼の全て―――……
 
ぞわりと、腹部から頭上にかけて快感が走り抜けた。
目の前にチカチカと見えない光が点滅する。
足元が、地面が消えたみたいに不安定になり身体中の力が一気に抜けて、腹部に回された腕の感覚だけが妙にリアルに感じられた。
 
「桃!?」
俺を呼ぶ声が耳に響いて、だけど、何が起こったのか分からぬまま、暗い闇に意識を手放した。
 
“愛”って何?
それは―――……“独占欲”
 
誰かが呟いた。
愛なんて幻。不確かで確信のない、手には残らない。形のないもの。
 
愛してる
あいしてる
アイシテル
 
ただ、あなたが欲しい。
ただ……ただ、
あなただけが私の全て―――……

 
 
ココロを乱す“想い”
“怒り”は単純だ。
“寂しい”も解りやすい。
 
だけど……
 
“愛情”とは何か?
それを本当に理解している?
“感情”の伴うもの。
“好き”とは違う?
何故“好き”になりたかったの?
何故“愛”を求めるの?
 
何故?
何故?
 
謎だらけの“想い”は“ココロ”が感じるもの。
 
何故求めるの?
 
誰もが誰かを求めている。
だからと言って誰でもいい訳でもなく、特定の誰かを求めてしまう。
 
好きと言われて好きになれるなら簡単なのに……
 
沈みかけた意識の縁で温かな声が聞こえて来た。
「もも」
閉じた視界のせいか、耳元で響く不二丸の声がはっきりとした形を持ってココロまで浸透する。
「―――……もも」
俺を呼ぶ声は切なく、確かに不二丸のココロが俺のココロまで到達する。
 
俺を抱き留めた腕が震えてる。
何でお前はそんなにも俺を求めるんだ?
 
前世の“呪い”なのかもしれない。
と、疑う。
 
「もも……」
それでも俺を呼ぶ不二丸の声に、俺を求める想いは本物だと感じられ……一縷の望みがココロに灯される。
それは小さな炎。
 
「桃太郎」
不二丸は優しく俺を呼ぶ。
その声色はまるで子守唄の様で、堂々巡りの思考は停止し、そのままプツリと意識を失った。
今度こそ、真っ黒な闇の中へと落ちて行った。
 
「愛してる」
温かな声がそう言って、ココロの炎を煽ったのを微かに感じながら……。
 



✝ 羅刹side
 
ふわふわ、ふわふわと、身体が軽い。
今までに感じたことのないくらいの眠りを貪っていた。
 
「ん……」
 
ツキン と、一瞬、頭に響いた痛みに目を覚ます。
あんなに気持ちいい眠りは初めてで、まだ眠っていたかったのに。
なんで目が覚めたの??
 
「あれ?」
目覚めてすぐの違和感。
胸に手繰り寄せていた毛布、その下。
何も身につけていない現実。
 
「え……えぇ?!」
毛布から立ち上る匂い。嗅ぎなれた父ちゃんの匂い。
瞬時に顔が熱くなる。
嘘でしょ?
嘘じゃなければいいのに……
 
私は確かに父ちゃんの腕の中にいた。
 
―――元気だ
 
父ちゃんの声が耳に残ってる。
 
―――愛してる
 
ポツポツ と、雫が手の甲を濡らす。
暖かい涙が頬を流れる。
私は確かに愛されていた。
 
男が怖い。
 
それは魂に刻み込まれた呪い。その理由は解らないままだけど、ただ、愛してくれる相手おとこがいた。
それだけのことなのに、何でこんなに救われた気持ちになるんだろう?
それが父ちゃんで、元気で嬉しい。
私を娘じゃなくて女として好きだと言ってくれた。
そして、あんなにしていた行為でさえ、満たされて、ただ幸せで……ぎゅうっと、握りしめていた毛布を更に握り込む。
なのに、幸せに充たされてたのに。 
に、いきなりドアが開いて、ワンちゃんが顔を覗かせた。
ワンちゃんは元気しか目に入ってなかったみたいで、
そのまま元気は連れて行かれたのだ。
熱かった顔が一気に冷める。
 
あんなに幸せだったのに、水をさされた。
握りしめていた毛布を胸元まで引き寄せる。
何よりも、まで出来なかった行為に もんもん として来る。
 
ワンちゃんは、どこまでも気に入らない男だ。
今一番憎たらしい男はあの男だけ。
 
他人なんて、大好きな男たち以外はどうでもよかった。
だけど、あいつはももちゃんのだから……
 
 
ももちゃん。
桃太郎。
 
彼と初めて出逢った日のことを覚えてる。
感動した。
愛おしいと思った。
あの日は特別だった。
に、赤子が可愛いと思えて、手放しでんだとココロが、……私の中の……が、軽くなったんだ。
 
ふと、思い出すのは弟と妹のこと。
彼らが生まれた時はまた違う感覚だった。
 
母ちゃんが死んで、生まれた命。
だけど、すぐに父ちゃんがおかしくなって、私は父ちゃんを留めることに精一杯で……彼らは生まれ落ちて、それからどうしてた?
 
すうっと、ココロが冷たくなる。
その時のことを思い出して、
 
私は父ちゃんと対峙してた。
けど、目の端には“愛しいあの娘”と、あのの大切な者らが視えていた。
 
“影”と成ったあのと、産声も上げずに静かに見つめ合う双子。
“影”では子どもに触れることも叶わず。そして、六つの眼は私を見た。
 
あのの愛おしさが滲む、双子の恐れの感情の混ざった視線が、私に刺さる。
 
何故か知っている。と、感じた。
この六つの眼を、
 
ツキン と、目覚めた時と同じ痛みが一瞬走り抜け、ため息を吐く。
 
トントン
扉を叩く音。
 
「羅刹、入ってもいい?」
弟の声だった。
 
「羅刹、開けるよ」
妹の声。
 
答える前に扉が開いた。
縦筋の光が、暗闇に居た目に眩しく飛び込んで来て、すぐに閉じられる。
 
「「羅刹?」」
双子はたまに声を重ねる。
 
暗闇にうっすらと全身に光を灯した双子が近付いて来て、
 
「「羅刹? 苦しくなくなった?」」
 
二人の視線はあの時とは違って、心底心配だと物語ってる。
 
生まれたばかりの双子を誰も抱いてはやらなかった。
そのことに、胸が痛くなる。
何も考えず、二人を抱き寄せていた。
 
結歌、結愛。
 
抱きしめて、改めてその小ささに驚く。
二人は、産まれ落ちた時から泣いたことがない。産声さえ上げなかった。
あの混乱した中で、私は父ちゃんのことしか頭になくて……母ちゃんが、命をかけて産み落とした子達。
二人は、産まれてすぐ母親を亡くした。あの混乱した日、二人を抱き留めたのはこの島……それ以降、二人はただ育った。
 
私は愛おしさでももちゃんを抱きしめた。
私は当然の様に父ちゃんを抱きしめた。
二人を抱きしめたことなんてなかった
私も、父ちゃんも!
その事実に愕然とした。
二人は、誰にも、抱きしめて貰ったことがなかったんだ。
 
小さな二人の体が震えた。
小さな二人の声が聞こえる。
 
「「ああん……うえぇーん」」
 
素肌に落ちる涙は温かくて、
 
「結歌、結愛。生まれてきてくれて、ありがとう」
 
泣きじゃくる二人が、ただ愛おしくて、二人は、こんなにも小さく、守られなきゃならない存在なのに、私は守られていたんだと、
 
この込み上げる想いはなんだろう。
胸があったかくて、
ただ、愛しさだけがココロに広がる。

イトシイと言う気持ち。

私は愛してもいいのかな?
誰かを愛しいと思っていいのかな?
誰かを願ってもいいのかな?

震える二人を強く強く抱きしめた。祈るように自分をも抱きしめた。

「愛してる」

ただ、漠然と零れた言葉は、誰に向けたものなのか。
今はまだ分からないでいいと思った。

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