鬼を継ぐ者

なぁ恋

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鬼の血珠

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 † 元気side

腕に抱えた羅刹の肌は異様に冷たい。
不安に押し潰されそうになる。

自分の部屋に連れ帰り、万年床の上に横たえる。
羅刹が苦しそうに小さく唸った。

立ち上る朱色の湯気が羅刹の小さな体にまとわり付いている。はじめてそれが視えた。

以前は無自覚で羅刹の"毒"を吸い上げていた。視えずとも、まるで食事をする様に"毒"を食らっていた。

まとわる朱色の湯気は"蛇"の形になり、羅刹を締め上げる。
初めて視覚に捉えた毒の形"蛇"は羅刹を未だに苦しめている。
前世の業は根深く、魂を蝕む。

ライが忘れさせた記憶。
白と黒が守って来た世界。
全てが護る為だった。

この無垢な魂を……。
羅刹を。

「……う、ん」
「羅刹?」

羅刹がうっすらと目を開ける。
その瞳は赤く色付いていた。
躊躇している暇はない。

「羅刹」
魂に深く刻まれた名前を呼ぶ。
赤い瞳が俺を見る。片眼が、俺とは反対側の瞳が赤く色付いていた。
「いたい……」呟き、苦しそうに息を吐く。顔を歪める羅刹の体を骨が軋むほど蛇が締め上げていた。

「羅刹……」
愛し娘の名前を呼ぶ。

"娘"そう。羅刹は俺の養い子。
血の繋がりは無くとも、生まれた時から育てて来た。

痛みに歪む羅刹の顔。その頬に触れる。

「父ちゃん……父……ちゃん。羅刹を、嫌いにならないで……」
その赤い瞳から滲むように涙が浮かんだ。

もう、気持ちを化すのは限界だった。
気付くと、羅刹の唇に触れていた。
そんな生半可な言葉では収まらない、口付けを交わしていた。

想いが絡んだ口付けから、羅刹の毒を吸い上げる。

そうだ。
俺は。

その華奢な躰を抱きしめる。

俺は、羅刹を―――……

毒を吸い上げる度に身体が軋む。
羅刹の毒は呪いだ。
自分自身で己に攻撃をしている。その毒に犯されれば、朱色の悪鬼と成る恐れもある。
半身が朱色に染まっている間は無意識下で身に取り入れていたとしても平気だったのだろう。
今は強すぎる毒は、俺の身体を攻撃する。それでも体内に取り入れ癒しの能力で浄化する。
桃太郎の様にうまく血珠を抜き取ることも出来ない……今までのことを考えれば、こんな痛みくらい。

"毒"を吸い上げ、幾分か症状の和らいだ羅刹が目を覚ましたのは、俺がその唇に触れていた時。
震える長い睫毛が動き、黒く輝く瞳が花と開く。
見惚れる程に美しい女性がそこには居た。

組み敷いた躰は柔らかく、擦れる布の乾いた音が耳に付く。
本当に、何も考えることなく、ただ惹きつけられる様にその唇に唇を落とした。

「んぅ……」
羅刹の吐息が甘く口端から零れ、
そこで我に返り、勢いよく体を起こし、その反動で床に落ちた。

「いた……」
立ち上がると、俺の寝床で身を起こした羅刹が両手で口元を隠し、真っ赤な顔で震えていた。

「とうちゃ……??」
肩を震わせ見る見る肩まで赤く色付いた。

「羅刹。痛くないか?」
傍に座り、右手を伸ばし頬を撫でる。
その言葉に一瞬肩を震わせ、小さく頷いた。

「そか。父ちゃんが楽にしてくれたのか」
手を下ろし、おずおずとほほ笑んだ羅刹。
ただ、愛しいと想う。
頬を包んだ右手親指をその唇に移動させる。柔らかい感触。ゆっくりと撫でると、小さく唇が開く。
……ぞくり。とした。
艶かしく柔らかい唇が、まるで誘っている様に震えた。

喉が鳴る。
柔らかな唇の艶めかしい色香も、温かさも、羅刹その者が愛しいと自覚する。
どんなに隠しても、いずれは溢れ出す。隠し通すことなど、無意味。

沢山の過ちを犯してきた。
どんなことにも負けずに前を向いて乗り越えて来た。
何度も絶望して、自暴自棄になって、だけど、どんな時にも支えてくれる手があった。

俺はいつも受け身でしかなかった。

空罹寿のことも。
強引にでも、鬼にすることも出来たはずなのに、受け身でいた為に見誤った。
恨まれようが、嫌われようが、そうすればよかったんだ。

もう、これ以上、大切な者を失うのは耐えられない。
ココロに嘘をついても、歪み、結果、誰かを傷付ける。

空罹寿。俺はお前を愛していた。
ココロからお前の全てを愛していた。
目尻が熱くなり、零れる涙で視界が曇る。

嗚咽していた。
気付いた時には温かで、柔らかな優しい口付けに、そこから広がる優しさに、涙が止まらず、腕にある温かな愛しい者に抱き包まれていた。

「羅刹……お前を愛している」
俺のココロを包み隠さず言葉にする。
溢れ止まらない涙と共に吐き出した本音。
「とうちゃ……「"元気"だ。俺は一人の男として、羅刹を愛している」
"想い"は溢れる。

もう止めることが出来ない。
俺はもう、自分のココロを誤魔化すことも、隠すことも出来ない。

前に進む。
愛しい者と。
共に未来へと―――……




† 羅刹side


ゆらゆらと揺れる。
まるで宙に浮いている様に。
身体全体が締め付けられて痛い。
どうしてなのか判らない。
苦しい息の下、頭に浮かぶのは父ちゃんのこと。

深い黄金の瞳に浮かぶ憂いと優しさ。
ずっと傍に居た。
生まれてからずっと。
血が繋がってないのを知ってる。
母ちゃんの愛した人。
弟と妹の父ちゃん。
私だけ宙に浮いた存在。

母ちゃんが死んだ時の絶望感。
私の好きな綺麗な瞳が染まって行く。
生命の色。
綺麗なはずのその色は、不吉な色だと私は知っていた。

父ちゃんが父ちゃんでなくなるのは嫌で、私は私を解放した。
成りたくなかった自分に、

―――……父ちゃん……父……ちゃん。羅刹を、嫌いにならないで……

嫌だ。
離れたくない
離したくない
この独占欲きもちはなんなんだろう。

知りたくない感情。
解ってはいけない感情。

身体の痛みが少しずつ薄れて行く。
だけど、ココロの鈍い痛みは無くならない。

ココロがどこにあるかなんて分かんないけど、胸の真ん中辺り、心臓が ぎゅうっ とする。

父ちゃんのことを考えると。
胸が痛くなる。

生まれた時から、鈍い痛みをココロに抱えて居た。
それを自覚するには小さすぎる痛みで、だけど、それが膨れ上がると身体中が締め付けられて苦しくなる。

息が出来なくなる。


母ちゃんと居る父ちゃんはいっつも笑ってた。
柔らかな笑顔が太陽の様で、傍に居られるだけで幸せになった。

私に向けられた笑顔。
それが母ちゃんの"おこぼれ"だとしても、ほっかりとココロは温かくなった。

母ちゃんが死んで、父ちゃんの温かな笑顔も死んでしまった。笑ってても目の奥には暗い闇が広がってた。誰も寄せ付けない。閉じてしまったココロ……。
 
綺麗な黄金の瞳も私を見る時々、赤い色が垣間見える。
それでも、私には父ちゃんだけ。
すがりついてでも一緒に居たい人。
父ちゃんだけが母ちゃんと私を“愛してくれた”
 
身体が寒い。
ココロが痛い。
 
ずっと、ずっと。私には痛みが身近で当たり前だった。
助けを求めた手を誰も取ってはくれなかった。
 
諦めていた。
だけど、諦めきれなかった。
 
「羅刹」
何度も。
「羅刹」
何度も。
 
私の名前を呼んでくれるのは……
 
寒い身体がほっこりとあったかくなって来て。
重い瞼がゆっくりと開く。うっすらと見えて来た光は、黄金の瞳……。目の前と言うには近すぎる、父ちゃんの黄金の瞳に私の瞳が映ってた。

に、その触れなれた感触が、父ちゃんとキスしてると解って身体が固くなる。
 
「……!」
驚いた父ちゃんが思いっきり体を起こして転げ落ちるのが見えた。
 
口が唇に残った感触が、桃ちゃんの言ってた言葉を思い出させた。
 
「キスはっ! これからは本当に好きなやつとするんだ」
 
好きな人。
変なことを言うと思った。だって桃ちゃんのこと私は大好きだったから。
だけど。
 
好きな人。
父ちゃんと触れた唇が震える。
好きな人。
その言葉が一人歩きして、思わず両手で口をガードする。
 
「いた……」
父ちゃんの声。父ちゃんが私を見る。
それだけで身体が熱くなって来た。
「とうちゃ……??」
何で? なんでキス?
 
「羅刹。痛くないか?」
隣りに座った父ちゃんが頬を撫でながら訊いて来たことで、ああそうか。
羅刹の“痛い”を父ちゃんが吸い出してくれたのか。
 
「そか。父ちゃんが楽にしてくれたのか」
落ち着いて、父ちゃんを見上げると、頬にあった手が、指が唇をくすぐる。
ぞくりと、感じたことのない感覚が背筋を通り抜けた。
何が起こっているのか判らない。
ただうるさいくらい心臓がドキドキ鳴ってて、どうしたらいいのか解らない。
いきなり、本当にいきなり、すすり泣く声が聞こえて顔を上げると、父ちゃんが顔をしかめて泣いていた。吠えるように声を上げながら、涙を流していた。
泣かないで!
悲しまないで!
私が出来ること。
父ちゃんにキス。そして、力一杯抱きしめる。
そしたら、抱き返されて。
 
「羅刹……お前を愛している」
「とうちゃ……「“元気”だ。俺は一人の男として、羅刹を愛している」
信じられない言葉が降って来た。
 
「一人の女として、羅刹を愛している」
抱きしめられた耳元で囁くような告白をされた。
ココロが震えた。
嘘?
夢?
 
夢見心地のまま押し倒されて、優しく触れるようなキスをされた。
 
愛している
 
そう言い続ける父ちゃんは、顔中にキスを落として、さらに唇に深く押し付けるようなキスをして来た。
 
怖い。
怖い。
ただ、男は誰であれ、恐怖の対象だった。
だけど、父ちゃんは、“元気”は、違う。触れられても怖くない。
それどころか嬉しくて、嬉しくてっ
あぁ。
ただ、降り続ける“愛”に満たされる。
私は私でいいんだと、
 
「とう……元気。私は愛してもいいのかな?」
私の“全て”を知っている貴方は、
「当たり前だ」と、黄金の瞳に光を灯した。










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