鬼を継ぐ者

なぁ恋

文字の大きさ
上 下
29 / 36
鬼の血珠

しおりを挟む
 
赤く美しい色が魅力的な丸い珠。
どうして禍々しいものだと決めつけられるのか。
 
俺には未知の力を生み出す可能性の珠。
 
研究すればする程にその魅力にとり憑かれて行く。
 
“鬼”は、必ずしも悪いものではない。
鬼に成りたいと願う者も居るのだから。
 

***


 
†  とある女性の事情。

お金がない。
そう気付くのに一年かかった。
 
ポイントがつくからと勧められたクレジットカードを作った。
それで支払って、リボ払いにして毎月の支払いが少なくていい事に錯覚をした。
気付けば毎月の支払額が二桁になっていた。
 
怖かった。
旦那に知られるのが。
怖かった。
子どもと離れなければならなくなるのが。
 
だけど、今夜。
知られてしまった。
支払いが遅れて封書が届いて、私がお風呂に入ってる時に旦那がそれを読んでしまった。
 
目が合った。
怖い。
恐怖で一瞬息が止まった。
旦那が口を開いた。
きっとなじられる。
聞きたくなくて、背を向けて走り出した。
スマホとそこに入れてたカード一枚と、素足にクロックスを履いて家を飛び出した。着の身着のままのパジャマ姿で。
春の終わり、だけど素肌にはまだ冷たい夜風が身を切る。
どこに行けばいい? 何も考えられず。ただ走った。
 
走りながら思い出すのは、なじる旦那の声。
私は太っている。
それはどの人よりもはるかに重く。
走りながら丸いお腹の揺れが気になり始めた。
息も切れ始める。
 
―――なんでおまえはそんなにふとっているんだ!
 
そうなじられた。
言われる度に傷付いて。
痩せようと思った。
だけど、そう思うのに食欲は衰えるどころか旺盛になった。
 
走る速度が落ちていく。
息苦しさに耐えられなくなって立ち止まる。
そこは行きつけのコンビニだった。
 
 
コンビニに入ると店員は見知らぬ顔。私がよく行くのは夕方で、ほとんどが学生らしき若い子達。
 
カゴを持ち、いつもの様に袋菓子を入れ、ペットボトルのジュースを入れ、おにぎりを三個。私と子どもと旦那の分。
レジにカゴを置いて、精算の為にカードを渡す。
 
「あぁ、お客さん。これ、使えないよ」
 
何の気遣いもなく言い放たれた言葉に凍りつく。
 
それは最後通告。
私の世界が終わった。
その瞬間。
 
私に見えたのは三個のおにぎり。
私、子ども、旦那。
 
私の全て。
 
気付いたら三個おにぎりを握って駆け出していた。
 
万引き。
 
生まれて初めて犯罪を犯した。
 
泣きながら暗い道を走る。
泣きながらなんて、さらに苦しくて。
暗闇に紛れて川沿いを走る。
知ってる道。子どもとよく来る公園に着いた。
息を切らしながら周りを見渡し、川に続く道を見つけた。
高架下へ腰を落ち着ける。
暗い。橋の下は闇に包まれていた。
 
頭を抱える。
お腹が邪魔になって体操座りも出来ない。
 
そう。
寂しかった。
元々ふくよかな方ではあったけれど、妊娠中、徐々に太って来た。
その頃からなじられる様になった。その頃から夫婦は平等でなくなった。
何をするにも旦那の許可がいる。
子どもの名前も旦那が決めた。
生んだ後も、育児と家事が全て。

カードは私の自由の象徴。
“現実逃避”だったと今なら解る。

 
きっかけは、よく行くスーパーで買い物全てにポイントが付くクレジットカードの宣伝が来ていた。
主婦でも契約出来るからと。
 
そこから転落して行く。
結婚前の貯金から引き落とせる様にした。
そう。貯金があるのに
カードは便利でポイントが付くからって届いてから、全てを。私の買い物の。お菓子の、おにぎりの、全てに使った。
 
自業自得。
 
誰かがそう言った気がした。
 
涙が止まらない。
握りしめたおにぎりは形を変えて、何の音もしないスマホに絶望感が胸を詰まらせる。
結局は誰も私を必要としていないのだ。
孤独が極限に達したその時、
 
「ねえ、君?」
柔らかい声が私を呼んだ。
暗闇から現れたのは若い男性。

「貴女に“能力"をあげようか?」
優しい話し方に安心感を覚え、差し出された手を取る。
彼は軽々と私の手を引き、立たせてくれた。
 
「ちから?」
暗闇から現れた男性は優しい笑顔を見せた。
害の無さそうな笑顔。
一重の目が開き、私を見つめる。驚いた。その瞳が赤い色をしていたから。
 
有り得ない色。だけど、綺麗だと思った。
 
「貴女の望みが叶うよ?」
―――痩せたい。
「何でも出来る」
―――お金が欲しい。
「全てが貴女の思うまま」
―――愛情を取り戻したい。
 
能力をあげると、男性は囁いた。
私を必要としてくれている。
そう思えた事が初対面の男性を信じる理由になった。

私はただ頷いた。

私を見つめる赤い瞳はゆっくりと閉じられ、男性が笑った。

* 
 
ところ変わり、羅刹島。

†  桃太郎side

白と黒に連れられて来たのは風薫丘の上。
空羅寿おばさんの墓の前。

俺の隣には不二丸。
並んで島を見渡せる場所に立つ。

「解っていると思うが……」
口を開いたのは白。
「我らは羅刹の“守護獣”だ。だが、ただ見護るだけ。羅刹の“毒”を中和出来るのは今の所、元気だけだ」
 
その繋がりを断ち切ったのは俺。
 
「無意識での中和で上手くいっていた。元気が半分悪鬼だったからな。今回からはそうはいかない。お前は元気を戻してしまったから」
 
「あんな不自然な関係……」
「あれで上手くいっていたんだよ」
黒が不貞腐れた様に俺を睨む。
「お前はヤキモチを妬いただけだ」吐き捨てられた言葉が胸に刺さる。
 
「そうは言っても、最早後の祭り。それに、元気も限界だった」
白が溜め息混じりに言った事は事実。
 
「そうでしょう? 空羅寿」
墓石に声を掛けた白は、そこに在る存在を判っていた。
 
揺らぐ霞が女性の形を成し、現れたのは、空羅寿その人。
 
「ええええっ!」
不二丸は素直に反応する。
 
簡単に言えば、空羅寿おばさんは“幽霊”そのものだから。
 
「「もう……許して欲しい」」
霞の姿がゆらゆらと歪み、声は震えている。
「「羅刹は……自分自身を許して、幸せになって欲しい」」
 
ココロからの言葉。
 
空羅寿おばさんと羅刹の前世。
そこに絡む影。
 
“愛”は“憎悪”になり得て、“憎悪”は“愛”にはなり得ない。
 
羅刹の中に渦巻くのは自分に対する“憎悪”だ。
自身を憎んでる。
自身を許せずにいる。
 
大本は羅刹に罪は無い。多くの“男”が羅刹に遺した傷は、塞がれないまま血を流している。
 
白い大蛇の羅刹は、男(罪)を呑み込み、子ども(自身)を喰らっていた。
それは永遠に続く生き地獄。
 
だから記憶は封じられた。
それは固く固く何重にも閉じられた封印。
だけど、綻びが出来た。
そこから顔を覗かせた憎悪は、薄い殻封印にひびを作る。
 
綻びは愛ゆえに出来た。
―――元気おじさんを助ける為に。
きっかけは母親の死。
―――その死は前世の業から……。
 
負のループは続いている。
何故?
 
「「自分自身を許して、幸せになって欲しい」」
母親の言葉はココロからの想い。
 
それは、空羅寿おばさんにも当てはまる事だった。
“思い”──後悔、或いは懺悔──は残る。
“想い”──双子──は生まれる。
 
全ては愛ゆえに。
 
他者を想って成された事柄。
自身の事は全くの蚊帳の外。
 
二人は愛が深すぎる。
だから自身を蔑ろにし過ぎて壊れてしまう。
 
結果、肉体を失ってしまった母親と、ココロが壊れそうになっている娘。
 
本人のココロは誰にもどうにも出来ない。
 
 
「自分を許す事が一番難しい。どこでそう切り替えられるか……自分では分からない」
不二丸が呟いた。
 
「そうですね。永遠に許せない事も有り得る」
白が瞼を閉じた。

ココロは他人がどうこう出来るものじゃない。
 
「人間は馬鹿だ」
黒が表情を歪めた。
「けれども、そこが愛すべきところでもある」
白はほほ笑んだ。
 
自分をイジメ抜いても、そこに救いはない。
自身の忘れられない“罪”を“封印”した銀の人判断は適切だった。
だけど、そこにひびが入った。
このままだと、羅刹は……壊れてしまうかもしれない。
 
「「私が……代わりになれたらいいのに……」」
空羅寿おばさんが呟く。

後悔、懺悔。そんな塊で出来た魂は、少し赤みを帯びていた。
揺らぐ魂が"鬼に成る"ことがあるんだろうか?

「成らないよ」
 双子がさざめく草の間から顔を覗かせた。
「私たちが母ちゃんを留めてるんだから」

双子はにこやかに母親を見つめた。

「「鬼に成りたくないって、ずっと願ってた」」

鬼の子どもたちは、静かにほほ笑んで、母親を左右から抱き締めた。
形の無い、霞みの様な母親の躰を……。

空羅寿おばさんは、安堵した様にほほ笑んで、フッと、その姿を消した。

「全部覚えてるよ。僕たちは。"前世"の事」
「私たちは、ずっと家族だった」
「「守ってもらっていたから、今度は守る番」」
結歌と結愛は手を握り合い、その歳に似合わない表情をした。
 
二人は、生まれた時からそれが使命──守る事──だと思っていたのがしっかりと伝わって来た。
 



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

思春期のボーイズラブ

ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。 作品説明:幼馴染の二人の男の子に愛が芽生える  

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

「どスケベ変態おじさま(40↑)専用ボーイ♂ハメハメ店『あましじょ♡』へようこそっ♪」~あやくん(22)とたつみパパ(56)の場合~

そらも
BL
四十歳以上の性欲満タンどスケベ変態おじさまであれば誰でも入店でき、おじさま好きの男の子とえっちなことがた~っぷりとできちゃうお店『あましじょ♡』にて日々行われている、お客とボーイのイチャラブハメハメ物語♡ 一度は書いてみたかったえっちなお店モノ♪ と言いつつ、お客とボーイという関係ですがぶっちゃけめっちゃ両想い状態な二人だったりもしますです笑♡ ただ、いつにも増して攻めさんが制御の効かない受けくん大好きど変態発情お猿さんで気持ち悪くなっている他、潮吹きプレイや受けくんがビッチではないけど非処女設定とかにもなっておりますので、読む際にはどうぞご注意を! ※ R-18エロもので、♡(ハート)喘ぎ満載です。 ※ 素敵な表紙は、pixiv小説用フリー素材にて、『やまなし』様からお借りしました。ありがとうございます!

旦那様、お仕置き、監禁

夜ト
BL
愛玩ペット販売店はなんと、孤児院だった。 まだ幼い子供が快感に耐えながら、ご主人様に・・・・。 色々な話あり、一話完結ぽく見てください 18禁です、18歳より下はみないでね。

部室強制監獄

裕光
BL
 夜8時に毎日更新します!  高校2年生サッカー部所属の祐介。  先輩・後輩・同級生みんなから親しく人望がとても厚い。  ある日の夜。  剣道部の同級生 蓮と夜飯に行った所途中からプチッと記憶が途切れてしまう  気づいたら剣道部の部室に拘束されて身動きは取れなくなっていた  現れたのは蓮ともう1人。  1個上の剣道部蓮の先輩の大野だ。  そして大野は裕介に向かって言った。  大野「お前も肉便器に改造してやる」  大野は蓮に裕介のサッカーの練習着を渡すと中を開けて―…  

食事届いたけど配達員のほうを食べました

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか? そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。

高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる

天災
BL
 高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる。

処理中です...