鬼を継ぐ者

なぁ恋

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鬼の血珠

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赤く美しい色が魅力的な丸い珠。
どうして禍々しいものだと決めつけられるのか。
 
俺には未知の力を生み出す可能性の珠。
 
研究すればする程にその魅力にとり憑かれて行く。
 
“鬼”は、必ずしも悪いものではない。
鬼に成りたいと願う者も居るのだから。
 

***


 
†  とある女性の事情。

お金がない。
そう気付くのに一年かかった。
 
ポイントがつくからと勧められたクレジットカードを作った。
それで支払って、リボ払いにして毎月の支払いが少なくていい事に錯覚をした。
気付けば毎月の支払額が二桁になっていた。
 
怖かった。
旦那に知られるのが。
怖かった。
子どもと離れなければならなくなるのが。
 
だけど、今夜。
知られてしまった。
支払いが遅れて封書が届いて、私がお風呂に入ってる時に旦那がそれを読んでしまった。
 
目が合った。
怖い。
恐怖で一瞬息が止まった。
旦那が口を開いた。
きっとなじられる。
聞きたくなくて、背を向けて走り出した。
スマホとそこに入れてたカード一枚と、素足にクロックスを履いて家を飛び出した。着の身着のままのパジャマ姿で。
春の終わり、だけど素肌にはまだ冷たい夜風が身を切る。
どこに行けばいい? 何も考えられず。ただ走った。
 
走りながら思い出すのは、なじる旦那の声。
私は太っている。
それはどの人よりもはるかに重く。
走りながら丸いお腹の揺れが気になり始めた。
息も切れ始める。
 
―――なんでおまえはそんなにふとっているんだ!
 
そうなじられた。
言われる度に傷付いて。
痩せようと思った。
だけど、そう思うのに食欲は衰えるどころか旺盛になった。
 
走る速度が落ちていく。
息苦しさに耐えられなくなって立ち止まる。
そこは行きつけのコンビニだった。
 
 
コンビニに入ると店員は見知らぬ顔。私がよく行くのは夕方で、ほとんどが学生らしき若い子達。
 
カゴを持ち、いつもの様に袋菓子を入れ、ペットボトルのジュースを入れ、おにぎりを三個。私と子どもと旦那の分。
レジにカゴを置いて、精算の為にカードを渡す。
 
「あぁ、お客さん。これ、使えないよ」
 
何の気遣いもなく言い放たれた言葉に凍りつく。
 
それは最後通告。
私の世界が終わった。
その瞬間。
 
私に見えたのは三個のおにぎり。
私、子ども、旦那。
 
私の全て。
 
気付いたら三個おにぎりを握って駆け出していた。
 
万引き。
 
生まれて初めて犯罪を犯した。
 
泣きながら暗い道を走る。
泣きながらなんて、さらに苦しくて。
暗闇に紛れて川沿いを走る。
知ってる道。子どもとよく来る公園に着いた。
息を切らしながら周りを見渡し、川に続く道を見つけた。
高架下へ腰を落ち着ける。
暗い。橋の下は闇に包まれていた。
 
頭を抱える。
お腹が邪魔になって体操座りも出来ない。
 
そう。
寂しかった。
元々ふくよかな方ではあったけれど、妊娠中、徐々に太って来た。
その頃からなじられる様になった。その頃から夫婦は平等でなくなった。
何をするにも旦那の許可がいる。
子どもの名前も旦那が決めた。
生んだ後も、育児と家事が全て。

カードは私の自由の象徴。
“現実逃避”だったと今なら解る。

 
きっかけは、よく行くスーパーで買い物全てにポイントが付くクレジットカードの宣伝が来ていた。
主婦でも契約出来るからと。
 
そこから転落して行く。
結婚前の貯金から引き落とせる様にした。
そう。貯金があるのに
カードは便利でポイントが付くからって届いてから、全てを。私の買い物の。お菓子の、おにぎりの、全てに使った。
 
自業自得。
 
誰かがそう言った気がした。
 
涙が止まらない。
握りしめたおにぎりは形を変えて、何の音もしないスマホに絶望感が胸を詰まらせる。
結局は誰も私を必要としていないのだ。
孤独が極限に達したその時、
 
「ねえ、君?」
柔らかい声が私を呼んだ。
暗闇から現れたのは若い男性。

「貴女に“能力"をあげようか?」
優しい話し方に安心感を覚え、差し出された手を取る。
彼は軽々と私の手を引き、立たせてくれた。
 
「ちから?」
暗闇から現れた男性は優しい笑顔を見せた。
害の無さそうな笑顔。
一重の目が開き、私を見つめる。驚いた。その瞳が赤い色をしていたから。
 
有り得ない色。だけど、綺麗だと思った。
 
「貴女の望みが叶うよ?」
―――痩せたい。
「何でも出来る」
―――お金が欲しい。
「全てが貴女の思うまま」
―――愛情を取り戻したい。
 
能力をあげると、男性は囁いた。
私を必要としてくれている。
そう思えた事が初対面の男性を信じる理由になった。

私はただ頷いた。

私を見つめる赤い瞳はゆっくりと閉じられ、男性が笑った。

* 
 
ところ変わり、羅刹島。

†  桃太郎side

白と黒に連れられて来たのは風薫丘の上。
空羅寿おばさんの墓の前。

俺の隣には不二丸。
並んで島を見渡せる場所に立つ。

「解っていると思うが……」
口を開いたのは白。
「我らは羅刹の“守護獣”だ。だが、ただ見護るだけ。羅刹の“毒”を中和出来るのは今の所、元気だけだ」
 
その繋がりを断ち切ったのは俺。
 
「無意識での中和で上手くいっていた。元気が半分悪鬼だったからな。今回からはそうはいかない。お前は元気を戻してしまったから」
 
「あんな不自然な関係……」
「あれで上手くいっていたんだよ」
黒が不貞腐れた様に俺を睨む。
「お前はヤキモチを妬いただけだ」吐き捨てられた言葉が胸に刺さる。
 
「そうは言っても、最早後の祭り。それに、元気も限界だった」
白が溜め息混じりに言った事は事実。
 
「そうでしょう? 空羅寿」
墓石に声を掛けた白は、そこに在る存在を判っていた。
 
揺らぐ霞が女性の形を成し、現れたのは、空羅寿その人。
 
「ええええっ!」
不二丸は素直に反応する。
 
簡単に言えば、空羅寿おばさんは“幽霊”そのものだから。
 
「「もう……許して欲しい」」
霞の姿がゆらゆらと歪み、声は震えている。
「「羅刹は……自分自身を許して、幸せになって欲しい」」
 
ココロからの言葉。
 
空羅寿おばさんと羅刹の前世。
そこに絡む影。
 
“愛”は“憎悪”になり得て、“憎悪”は“愛”にはなり得ない。
 
羅刹の中に渦巻くのは自分に対する“憎悪”だ。
自身を憎んでる。
自身を許せずにいる。
 
大本は羅刹に罪は無い。多くの“男”が羅刹に遺した傷は、塞がれないまま血を流している。
 
白い大蛇の羅刹は、男(罪)を呑み込み、子ども(自身)を喰らっていた。
それは永遠に続く生き地獄。
 
だから記憶は封じられた。
それは固く固く何重にも閉じられた封印。
だけど、綻びが出来た。
そこから顔を覗かせた憎悪は、薄い殻封印にひびを作る。
 
綻びは愛ゆえに出来た。
―――元気おじさんを助ける為に。
きっかけは母親の死。
―――その死は前世の業から……。
 
負のループは続いている。
何故?
 
「「自分自身を許して、幸せになって欲しい」」
母親の言葉はココロからの想い。
 
それは、空羅寿おばさんにも当てはまる事だった。
“思い”──後悔、或いは懺悔──は残る。
“想い”──双子──は生まれる。
 
全ては愛ゆえに。
 
他者を想って成された事柄。
自身の事は全くの蚊帳の外。
 
二人は愛が深すぎる。
だから自身を蔑ろにし過ぎて壊れてしまう。
 
結果、肉体を失ってしまった母親と、ココロが壊れそうになっている娘。
 
本人のココロは誰にもどうにも出来ない。
 
 
「自分を許す事が一番難しい。どこでそう切り替えられるか……自分では分からない」
不二丸が呟いた。
 
「そうですね。永遠に許せない事も有り得る」
白が瞼を閉じた。

ココロは他人がどうこう出来るものじゃない。
 
「人間は馬鹿だ」
黒が表情を歪めた。
「けれども、そこが愛すべきところでもある」
白はほほ笑んだ。
 
自分をイジメ抜いても、そこに救いはない。
自身の忘れられない“罪”を“封印”した銀の人判断は適切だった。
だけど、そこにひびが入った。
このままだと、羅刹は……壊れてしまうかもしれない。
 
「「私が……代わりになれたらいいのに……」」
空羅寿おばさんが呟く。

後悔、懺悔。そんな塊で出来た魂は、少し赤みを帯びていた。
揺らぐ魂が"鬼に成る"ことがあるんだろうか?

「成らないよ」
 双子がさざめく草の間から顔を覗かせた。
「私たちが母ちゃんを留めてるんだから」

双子はにこやかに母親を見つめた。

「「鬼に成りたくないって、ずっと願ってた」」

鬼の子どもたちは、静かにほほ笑んで、母親を左右から抱き締めた。
形の無い、霞みの様な母親の躰を……。

空羅寿おばさんは、安堵した様にほほ笑んで、フッと、その姿を消した。

「全部覚えてるよ。僕たちは。"前世"の事」
「私たちは、ずっと家族だった」
「「守ってもらっていたから、今度は守る番」」
結歌と結愛は手を握り合い、その歳に似合わない表情をした。
 
二人は、生まれた時からそれが使命──守る事──だと思っていたのがしっかりと伝わって来た。
 



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