鬼を継ぐ者

なぁ恋

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鬼のゆくえ

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母ちゃん。
何度も何度も考える。
母ちゃんは、何を思ってた?
死ぬと解ってて妊娠を隠してた。
その決意はお腹の子どもを守る為だったけど、鬼に成れば死ぬ事はないって事も解ってた筈なのに、頑なに人間で在ろうとした。
それが私には最後まで理解出来なかった。
              
私もは“人間”だったけど、守る為に鬼に成る事に迷いはなかった。
        
私と母ちゃんの、考え方の違いって何なんだろう?
            
に居るこの母親は、簡単に鬼に成った。
それも自分の為に。
人間ココロが死んで、邪悪に生まれ変わった。
見た目は人間に戻ったけど、眼球の赤さが鬼である事を知らしめてる。
 
私は鬼だけど……
“朱色の悪鬼”じゃない。
 
悪鬼じゃない。
 
私を見る赤い瞳に姿が写る。
 
私が写る赤い瞳。
 
私は……私の目は赤くない。
私は、
 
胸が痛い。
 
何かを忘れているみたいで、思い出そうとすると、いつも苦しくなった。
 
母ちゃんは、私を知っていた。
私の何かを知ってて黙ってた。
それを知ったのは、母ちゃんが双子を生む直前。
固く閉じられてた母ちゃんのココロの蓋が、少し緩んだ瞬間。
何かが見えた気がしたけど、それを見たくなくて私が目を瞑ったんだ。
 
私の秘密。
私の……。
 

 
† 桃太郎side
 
羅刹の後ろからいきなり現れた二人。
黒と白の髪に、蛇たちだと判った。
羅刹を守る為に変化したのだと、白が俺を睨んで訴えて来た。
 
何故かと頭を傾げる。
考えている内に、鳥の鬼よりも強い鬼気を感じてハッとする。
 
おじさんと羅刹の繋がりを絶ち切った。
だから羅刹が不安定なんだ。
強い鬼気は羅刹のもの。
鳥の鬼が恐れ、後退る程に。
   
それを、をおじさんは吸いとる役目も担っていたって、今気付いた。
 
「「眠れ」」
 
黒と白が声を揃えた。
言葉は括る。
柔らかい声が羅刹を眠りに誘う。
それは“言霊”。
 
「おやすみ……黒の、白の」
 
羅刹は抵抗せずに目を閉じ、二人の腕の中に収まった。
 
「まだ羅刹は思い出したらいけないんだ」
「母親が意図せず不安定要素を遺してしまったから」
 
黒と白がそれぞれに言葉を紡ぐ。
言葉の端々に羅刹を守りたい気持ちが見てとれる。
 
「繋がりを、安定を切ってしまった事は仕方がありません」
「今ここで貴方が出来る事をして下さい。皆を守りたいなら」
 
白の指摘にやっぱりそうかと不安になった。
黒が言いながら指を指した先には、恐れが切れた鳥の鬼が立ち上がる所だった。
そう。してしまった事は後から考えよう。俺が今出来るのは、鬼退治。
 

 
「母さんっ」
 
地雲が母親に駆け寄ろうとした。
これが最期だと、娘の直感で気付いたのかもしれない。
それを制したのは不二丸。
 
「ダメだ」
 
そう言って、抱き締めた。
不二丸は気付いてる。もう、助ける事は出来ないのだと。だから、見ないですむ様に視界を隠したんだ。
目の合った不二丸が小さく頷いた。
俺も、頷き返した。
 
出来る事をする。
 
「「ふふふ、ふふ。小さな私。私はキミコなの。ねえ? 今まで通り、二人で暮らしましょう。その方が、幸せ。私は、シアワセ」」
駆け寄ろうとした娘を見て確信した様にほほ笑み、手招きする。

「独りよがりの幸せは、偽物だ。ただの、自己満足でしかない」
 
「「はっ! “男”に、何が判ると言うの?」」
 
男への憎悪。
目に見える程に膨らむ鬼気が、憎悪の深さを知らしめる。
黒く、暗い、想い。
それが形と成す。
黒髪がうねり、折れた腕にまとわりついて、硬く、黒い、一点の槍と化す。
鳥の鬼は、真っ赤に染まった両眼を見開き、俺に突進して来た。
 
怒りの中に、救いを求めている様にも見えた。
 
出来る事を、すべき事をする。
 
額に掲げた角に熱が集まる。
それは雷。
鬼気を纏った雷は尖った槍の先に音もなく落ちた。
 
 
“鬼退治”が終わった。
  
雷がを跡形もなく消し去ってしまった。
後に残ったのは何粒かの真っ赤な珠。朱色の鬼の血珠。
 
地雲は不二丸の腕の中で気を失っていた。
そして羅刹は、黒がしっかりと抱き抱えて静かに眠ったままでいる。
 
「さあ、戻りましょう」
白が口火を切り、羅刹の繋げた扉を開ける。
そこは先程居た地雲のアパート。
血溜まりと死体がある筈の場所に、男二人が立っていた。
 
あらた兄ちゃん!」
 
一人は、父方の従兄弟だった。
 
「おう! 桃太郎、久方ぶりだな」
「何でここに……」
て、そうか。新兄ちゃんも鬼退治側の……。
 
「そうだよ。“仕事”だ。俺は父さんの仕事を引き継いだ」
一重の瞳が細く笑みを浮かべた。
「そこの親子を引き渡してもらうよ」
 
地雲の弟と母親。
この親子は訳も判らず戸惑っていた。
 
「あなた方は?」
おずおずと、それでも疑問を口にした母親に、新兄ちゃんは笑顔のまま手招きする。
 
「安心して、悪いようにはしないから」
 
並んで立つ親子に目線を向け、声を掛けた。
 
「眠れ」
 
途端に二人は目を閉じた。
それも、立ったままで。
 
 
新兄ちゃんは、右手の平を親子に向けて言葉を続ける。

「あなた方は安全です。けれど、父親は、 残念ですが事故で亡くなりました。
家でガス漏れがあり、父親が換気扇の下でタバコを吸おうと火を点けたところ、ガスに引火した様です。即死でした。」
 
うっ と、涙を流し始めた母親。
息子も母親の手を握り泣いている。
 
「家屋も、半壊しています。けれど、保険で直せますから安心して下さい。今後の生活も、父親の生命保険で息子さんが成人するまでは生活して行けるでしょう」
 
「私の存在を消して」
 
声の主は地雲。
手を上げたままの新兄ちゃんが、右眉を上げ視線を俺に寄越す。
 
「弟に、私の存在を、少しでもその記憶を残さないで……」
 
意識を戻してすぐ、この光景に記憶を操作してると理解したんだ。その順応能力に素直に驚いた。
 
「……家に知らない女性が居たのを覚えている?」
新兄ちゃんが訪ねる。
 
「うん。……鳥が、解らないものが来て、怖くて、でも、髪の長い綺麗なお姉ちゃんが助けてくれた」
そう言った男の子が、にこりと微笑んだ。
                 
「そこに、何も居なかったんだよ。鳥も、お姉ちゃんも。居たのは、君と、ご両親の三人。そして、事故が起きたんだ」
 

 
新兄ちゃんの能力はすごいもので、すっかり鬼の事を忘れさせ、違う記憶を植え付けた。
記憶が戻る事があるのかと訊くと、それは全くないと断言された。
 
「何なら友達の記憶も取り払ってやれるぞ」
兄ちゃんが顎で示したのは不二丸と地雲。
 
「俺は、もう選んでる」
不二丸が言い切った。
その瞳は本気だと物語っていたから、新兄ちゃんは小さく頷いて、地雲に矛先を変えた。
 
「優しく、忘れさせてやれるぞ」
静かな廊下に声が響く。
 
「嫌よ。私も、私も……仲間に入れて」
地雲の声には必死さが滲み出ていた。
「仲間?」
「“鬼退治”よ」

「能力者か。……能力なら、取り去る事も出来る」
「嫌よ」
「普通の生活に戻れる」
「そんなの……あり得ない。」
凛と一人佇んだ地雲の頬を伝う涙。
「普通の生活って何? 私の全てだった母親は死んだのよ。例えば貴方の言う優しい記憶を貰ったとしても、私は納得して“普通の生活”なんて送れない」
 
新兄ちゃんが地雲に静かに近付いてその涙をそっとハンカチで拭った。
        
綺麗だね。それだけでも生きていけると思うけど、君は誰かに依存する生き方はしたくないんだね」
うん。と頷いた新兄ちゃんが俺を見る。
「桃太郎。この子はお前に任せるよ」
目を細め小さく笑って、もう一人のスーツの人と親子を連れてその場を後にした。
俺たちも羅刹の扉を使って羅刹島に移動した。
 
羅刹は黒が抱え、地雲は不二丸が寄り添って、元居た洞窟の部屋へ戻ると、白が羅刹の扉を閉じた。文字通り、続く道を閉じたみたいだった。

 




 


 



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